双子

 

 トイレで用を済ませ、部屋に戻ると、理科準備室のにおいがした。理科室と理科準備室では空気の質が違う。薬品のにおいではなく、積もり積もった時間が発酵し、腐ったようなにおいだ。セミがベランダの鳥除けに引っかかっていた。透明なミントグリーンの羽は葉脈を模倣している。僕たちは、人体模型のふりをしてオーストラリア先住民を「騙った」。毒百足は快速列車を違法コピーした。太平洋に生息するシロナガスクジラのおよそ八〇パーセントが乳牛の横隔膜を軍事利用しているのは、主に、そういう事情があったからだ。

 雨が降ると、双子の兄はすべての雨粒を数えようとし、しかし数えられず、錯乱した。オブラートは体内に溶け残り、「助けて」とどこかで声がするたび、凍りつくようなビブラートを形成する。窓の外を見る。倫理道徳のケモノが横断歩道を横切ろうとしていた。僕は、y軸方向からそれを見守っていた一匹のカラスが、x軸方向へ飛び去っていくさまをはっきりと目撃した。しなかった。見逃したのだ。直視できなかった。カラスは、くちばしに三億円事件の犯人を咥えていた。

 そうしているあいだにも、スクールカーストは盤石だった。裕福な学級委員らによって、組織的に傍観された。冷蔵庫を開ける。痩せこけたスズメが自分より何倍も大きなカラスを生きたまま丸呑みするシーンが脳裏にフラッシュバックする。それは芸術の一種だと僕は思う。一方で、鳥の言語を理解するには、愛してやまない大切な近親者を少なくとも五人以上殺さなければならなかった。

 だから殺した。学級委員長の脇腹はシュークリームのように柔らかかったので、引き裂くのは容易だった。汚れたナイフを溜池に捨てる。銀のエンゼルを五枚集め、生き別れた本物の両親と交換するために。いまなら本当のことが言える。そもそも、雨粒を数える双子の兄は存在しなかった。虐待に耐え切れず作り出したイマジナリーフレンドだった。

 

 

 

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