小説「オレンジ色のガーベラ」第11話
これまでのお話はこちらです(全話収録してあります)
第11話
「中川先生、うちの息子が……」
鈴木正子が電話口の向こうで泣くじゃっている。聞けば、真也とぶつかってしまったらしい。
「でもね、先生。わたし、知らなかったんです。息子にそこまで危険な薬を飲ませていたなんて。お医者様に言われた薬を飲ませていれば、真也はきっと良くなるって思っていたんです。でも、飲んでものすごくぼーっとしているのを見て、なんかおかしい、って。
だから、先生のオフィスを伺ったんです」
「正子さん、ご自分の直感、違和感を大切になさって、よかったです。そのお陰でわたしのところに来ていただけたのですから。そして、真也さんが正子さんの本心を語ってくれたのですよね。それは素晴らしいじゃないですか。
それまで真也さんが心のうちを明かしてくれたことはありますか?」
「そういわれると……。今まで本心を言ってくれたこたは無かったかもしれません。なんとなく、適当な会話しかしてこなかった氣がします」
「これは大きな変化ですよ、正子さん。実際には薬はもう飲んでいなかったことも判明しましたし。あとは病院とどのような対処するかだけですね」
「その点、どうしたらいいでしょうか?」
「もう一回真也さんとご一緒にオフィスに来られる予定がありますね。それまでにご自身でどうしたいのか、考えておいてください」
「はい、分かりました。ありがとうございます。次回、よろしくお願いいたします」
あんなに動揺していた正子だったが、最後には落ち着いていた。真也の件はこれで粗方落ち着くだろう。あとはみずほのほうだ。
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「ちひろさん、こんにちは!」
元氣な声と共にみずほが入ってきた。みずほのカウンセリングは久しぶりだ。
「さて、自分を見つめるワークを繰り返しやってきた訳だけれど。自分で何か変化は感じるかしら?」
ゆっくりとお茶を飲みながら雑談した後に、ちひろが話し始めた。
「そうですね。父に対して素直に感謝を感じられるようになってきました。前は感謝しているつもりでも、イラッとくることが多くて。なんで本音を父に伝えられないのだろう、と自分を責めていました。
でも、今は違うんですよ。
本音から感謝できるというか。以前だったら父に言われてイラッとした言葉に苛つかなくなったんです」
「それはものすごく大きな変化だわね。相手の意見を尊重出来るようになった、ということよ。そして、お父様という存在に対して優しく接することが出来るようになってきたからこそ、自然と感謝を感じられるようになったのではないのかしら?
言葉にすると当たり前でありきたりなんだけど……」
「分かります。以前と比べると自分の心持ちが変わってきているというか。穏やかな状態が多くなってきて……」
「顔見れば分かるわ。初めて会ったときより、柔和な顔しているもの」
「そんなに変わるものなのですか?」
「顔に出るのよ」
みずほは頬を赤らめながら、はにかんだ。
「全てちひろさんのお陰です。わたしのことを理解してくださって。それで自分では避けていた父との問題に対して正面から向き合う機会を与えてくれたんですから」
「正面から向き合う?たしかに捉え方を変えるワークはしたと思うけど」
「あ、そうでしたね。最近、毎朝、書いているものがあるんです。ノートに3ページくらい、その時思いつくままに文章を綴っているんです。そうしたら、父に対して思っていることがどんどん文字化されてきて。自分の気持ちを吐き出したら、次第に嬉しかった思い出が山ほど出てきたんです。
本当に大事にしてくれていたんだなぁ、ってしみじみ味わったんです。しつけは厳しかったですよ。でも、それもわたしのことを思ってくれたからこその愛情表現だったんだと。
ありがたいですよねぇ……」
久しぶりにみずほの「ありがたい」というフレーズを聞いた。この子が言うと、本当にありがたいんだなぁと感じる。言葉を上っ面だけではない、心の奥底からの感謝を。
「やっぱりしみじみありがたいと思えたら、父とわだかまりがあるのって、おかしいじゃん、と思えてきて。
だから、わたしの中では問題解決したんです」
嬉しい報告だ。みずほの父親、岸本徹に連絡を入れてみよう。あ、その前にやることがあった。
「みずほちゃん、お父様は靈が見えるとTwitterなどに書いていることを心配されているの。そのあたりはご自身でどう解決すればいいと思うのかしら?」
「そうでした!そもそも常識バリバリのお父さんを安心させることが問題だったんでした!」
不二家のペコちゃんのような舌をペロッと出す。
「多分なんですけど。わたしがお父さんに対して絶対の信頼を感じて感謝していれば、わたしが何をしても心配しないのではないのでしょうか?」
「それは『鏡の法則』ね。自分が相手を信頼していれば、相手を自分を信頼する、ということね」
「相手を呪えば、相手から呪われる。相手を愛せば相手から愛される、ということです!」
「そうそう!」
「だから、大丈夫ですよ、ちひろさん!」
……とはいうものの、これで問題解決なのだろうか。でも、一旦みずほの意見に乗っかってみることにする。
みずほが帰ってすぐにデスクの電話が鳴った。
「はい、断薬サポート 勇氣です」
「岸本です。娘がお世話になっております」
「まぁ、岸本さん。こちらからお電話差し上げようと思っていたところです」
「それはそれは。ありがとうございます。
お話しさせていただかったことなのですが。最近娘がとても明るくて。なんというのでしょうか、穏やかになったというか。前から良い子だったんです。退院して薬を止めることができてからも、どんどん良くなってきていたんですが。
格段によくなったというか。いや、精神病とかそういうことではなく、人間として著しく成長した感じを受けるんです。
そうしたらですね。自分でも分からないのですが、みずほのTwitterでの発言はどうでもいいような氣がして。お恥ずかしい話しなのですが、少し神経質になっていたなぁと反省しました。
いい大人が恥ずかしいですね。
いや、本当に恥ずかしくて……」
岸本はよほど恥ずかしいのか、「恥ずかしい」を連発した。
「岸本さん。大人も間違うことはあります。恥ずかしいことは全くないのです。経験は全て学びなのですから」
「そうですか。中川先生にそう仰っていただけると、安心します。リスキングなんて言葉があるように、大人も学ぶことがまだまだあるのですね」
「岸本さん、御もっともです。死ぬまで勉強なんて言葉もあります。わたし達は、まだ知らないことだらけです。知っていると思った時点で、その人は成長しなくなりますから」
「今回こちらにみずほのことをお願いして、本当に良かったです。ありがたい限りです」
父親もみずほと同じくありがたいという言葉を口にした。みずほも変わったが、父親である徹もいつの間にか変わったようだ。
「質問させて下さい。みずほさんのTwitter問題は……」
「あの娘に任せます。良識の範囲内で発言するでしょうから」
ちひろさんはたじろいだ。正直ここまで岸本が変わるとは思っていなかったのだ。
みずほと話した『鏡の法則』。ここまで効果があるとは……。気持ちを立て直してからちひろは口を開いた。
「ありがとうございます。ではみずほさんには最後に総復習のような時間を受けて頂いて、終了とさせて下さい」
「ありがとうございます。娘に関わってくださり、感謝しております。では、失礼いたします」
岸本の口調もかなり柔らかくなったなぁと感じながら、ちひろは受話器を置いた。
(3,104文字トータル26,321文字)
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