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小説「オレンジ色のガーベラ」第10話

これまでのお話はこちらに全話収録してあります。


第10話

「ねぇ、やっぱり薬止めるのは良くないのかしら?
 お医者さんも『まだ続けたほうがいいですよ。様子みましょう』っておっしゃっていたし……」

 母正子が真也に言った。正子は自分で決められずオロオロしているようだった。

「あのね、母さん。薬止めたほうがいいと思って、中川先生のカウンセリング受け始めたんでしょ?保険きく訳じゃないから、安くないじゃん。それにせっかく始めたんだから、とりあえず続けてみようよ」

「でも、今までお世話になっていたお医者さんの言うことを聞かなくていいのかなと思って……」

 優柔不断な母を見て、真也は少しイラッとした。

「だから!薬止めたほうがいいんじゃないか、と言い始めたのは母さんだろ?なんでそんなこと言い始めるんだよ!」

 目の前の正子はビクついている。
 いつもそうだ。父親から僕の教育がなっていないと怒られているときと同じようにうなだれている。

 子鹿のような目で僕を見つめる。

「どうしたらいいのかしら?」

「今まで言ったことなかったけどさ。母さんは僕の飲んでいた薬の成分や効果、副作用の危険性を調べたことある?」

 正子は黙って首を横に振った。

「向精神薬、エビリファイに書かれていた警告文があってね、それをメモしたから、読むよ。

1.1 糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡等の死亡に至ることもある重大な副作用が発現するおそれがあるので、本剤投与中は高血糖の徴候・症状に注意すること。特に、糖尿病又はその既往歴もしくはその危険因子を有する患者には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合のみ投与することとし、投与にあたっては、血糖値の測定等の観察を十分に行うこと。

1.2 投与にあたっては、あらかじめ上記副作用が発現する場合があることを、患者及びその家族に十分に説明し、口渇、多飲、多尿、頻尿、多食、脱力感等の異常に注意し、このような症状があらわれた場合には、直ちに投与を中断し、医師の診察を受けるよう、指導すること。

 ね、これを母さんと僕は説明を受けたかな?もちろん僕は糖尿の可能性なんて無いよ。でも、子供でも1型糖尿病の子も居れば、小さいころから大量に甘いものばかり食べていたら2型の糖尿病の子もいるよね。でも、あのクリニックでは、血液検査なんてしなかった。そうでなくても、薬で血糖値が上がることもあるのに、なんの説明もしていないよね。はい、これ飲んでください、って。

 薬の成分は有効成分としてアリピプラゾール。添加されているのは乳糖水和物、トウモロコシデンプン、結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、三二酸化鉄、ステアリン酸マグネシウム。

そして、たくさん副作用が添付書類に書かれていて、5%以上の副作用として『不眠・神経過敏・不安』うつらうつら眠いことを指す『傾眠』。
 そのほかに足がムズムズする『アカシジア』とか。これ、実は結構つらかったんだよね、僕も。
 あとは、肝臓の数値、『ALTの上昇』が多いらしい。この数値が上がると何の病気になるか、知っている?女性だと『原発性胆汁性胆管炎』って病気だよ。原因不明の病気で治療法の無い国の難病指定の病気。男性はあんまりこの病気にならないみたいだけどね。知らないなら調べてみるといいよ。そのほかに……」

 黙って聞いていた正子は目を瞠る。そんな危険を伴う薬を息子に飲ませていたのか。

「『薬』っていう字ってさ、草かんむりにラクって書くんだよね。『草、つまり植物の効能で身体がラクになる』という字なんだ。さっきのエビリファイの中に草が入っていた?
 例えば、精神的に落ち着かせる作用のあるハーブってあるじゃん。カモミールとか。あとは日本古来だと松葉もそういう成分が含まれている。
 でも、そんなの1ミリグラムも入ってないよ。全然身体が楽になる訳ないじゃん」

 正子の肩が震えている。

「僕に毒を盛りたかったの?医者が飲んでくださいっていうものは安全で効果あるものだと思ってた?知っていても、そのまま飲ませたい?偉いお医者様の言うことを聞くことがベストな選択なの?」

 畳み掛けるように真也は言った。

「し、真也の莫迦ぁ〜!!!」
 うわ~ん、と泣きながら部屋を飛び出して行ったしまった。

 ああ、やっちまった。真也は後悔した。

 でも、このくらい言わないと伝わらないんだよな。オブラートに包んだ表現だと、きちんと受け取ってもらえない。

 それにしても、母さんは精神年齢低いよな。魂の修行が足りないというか。どっちが親なのか、と思っちゃうよ。
 あそこまで言ったけどエビリファイなんて、3回飲んで、あ、これ、絶対やばい薬だと思ったんだよね。母さんが心配すると思って飲んでる振りしていたけど、全部捨てていたんだ。

 さて、次回中川先生のカウンセリングで、母さんを泣かせたことを言わないとなぁ。

(1,966文字トータル23,217文字)


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