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銭湯(戦闘)行為

いつも、いつも、正解が分からない。
なにが答えなのか。
ここで時間を掛けてはいけない。絶対にダメだ。それは意味がない。理想は迷わない。即決。でもいつも悩む。前は二択だったのに、三択になり、四択になった。迷ったらダメ。格好つかない。
小銭を入れてピッと押してガコン。ビニールを取り、腰に手を当ててグビッ と。
それが格好いいんだ。瓶ケースに飲み干した瓶を入れさっさと食堂に行きビール、は飲まなくてもいい。そのまま帰ってもよし。

だが牛乳は外せない。銭湯あがりは牛乳、それは絶対だ。
問題は、四種類あることだ。
牛乳。スタンダード。基本だ。シンプルイズベスト。おいしい。
コーヒー牛乳。カフェインもとれる。苦味と甘味のハーモニー。おいしい。
イチゴ牛乳。優しい甘さ。おいしい。
フルーツ牛乳。フルーツの酸味と甘さ。おいしい。

ぜんぶおいしい。迷ってしまう。でも最高の状態で飲むには迷う時間はないんだ。事前に買うのを決めて飲む?そんなのつまらないじゃないか。銭湯には牛乳。じゃあ味付きは邪道?分かってないな。遊び心というものが。
銭湯ではな、渋いジジイが風呂上がりに甘い牛乳を最高に格好よく飲めるんだぜ。こんな場所は他にない。
私が素の牛乳が絶対という思考に縛られていた酒を飲めるまであと三か月だった十九の春。
股引履いたジジイがコーヒー牛乳を迷うことなく即決し一息で。あぁと唸り瓶ケースに瓶を突っ込んで脱衣所を去るジジイ。
痺れたね。
その瞬間で体が、心が求めるものを飲む。
その一週間後、初めてフルーツ牛乳を飲んだ。体に電流が走った。
二十歳になり、酒を口にしたがあの衝撃には勝たなかった。

じゃあ牛乳以外も飲めと。ヨーグルト飲料だと。なんてことを考えるんだ。
僕は最高の状態で牛乳を飲むために銭湯に来ているんだ。そう、「牛乳」を飲むという行動は銭湯と紐づけられた確定されし行動である。
風呂上がりの牛乳を飲まずして、銭湯を語れるのか。
僕は思わない。それぞれの楽しみ方があるのは承知している。
だが僕は牛乳を飲みに来ている。
まぁしかし、最近若者が増えた。サウナが人気らしい。サウナに入りに来ているとな。
サウナ? はっ。笑わせる。それは牛乳を楽しむための準備運動だ。目的ではない。
若者よ。牛乳を飲め。

風呂に浸かり、余計な思考を削ぎ落し、サウナに入りさらに削ぎ落し、水風呂と外気浴で研ぎ澄ます。
風呂上がりの牛乳の一本。その一本を最高の状態で楽しむ。
最高の一本のために仕上げてきたというのに脱衣所の自販機の前で伸ばした人差し指が止まる。
思考を削ぎ落したはずなのになぜ指は迷う。研ぎ澄ました思考に贅肉がつく。
あぁ、あぁ牛乳のために仕上げてきた体のコンデイションは下がり舌はビールを求めだす。
あぁ、ダメだ。それは二次的な楽しみである。牛乳を経由しないと心にシコリが残る。喉は潤うだろう。うまいだろう。でも後悔が残る。例えるなら相手の反則で得たメダルだ。うれしいが手放しでは喜べない。

迷う指。刹那に思考を巡らせる。実際はもう十数秒経っている。
なぜ迷う。
浮気をするな。一つに絞れ。その日の相手を事前に決めておけ。
僕が優とする思考の排除という面では一理ある。
だが、粋じゃない。
その日、その場、気分で。いや気分ではない。知っているんだ。欲しているものを。
精進が足りない。
ここで躊躇なく番号を入力できるジジイになるには何年かかる。

くそう。もう適当に。
焦り番号をランダムに入力する。

しまった。迷い、思考にも頼らずなんという愚行を。
無作為とは。
自販機のなかで動くリフト。
まぁ、いい。無作為の抽出行為が正解を導き出す確率もゼロではない。
目を閉じて牛乳瓶が受け取り口に落ちるのを待つ。
ゴトン
『ヨーグルト飲料』
しまった。やってしまった。いつからこの自販機には牛乳しか入ってないと錯覚していた?これだから無作為は。
だめだ。もう時間が経ちすぎた。この後また牛乳を買って飲んでもそれは僕の求める「牛乳」ではない。
仕方ない。無駄にするのも気が引ける。
あぁ、背信行為。
飲み口のビニール包装を破り蓋を開ける。
せめて形だけでもと腰に手を当て瓶を口に当て、喉を鳴らす。
「ん」
衝撃。
喉を下る爽やかな乳酸菌飲料独特の酸味と甘さ。
飲み干し、瓶を見つめる。
「うまっ」

体に嘘はつけない。浮気者は瓶ケースに瓶を入れる。
五択になってしまった。
あぁ、僕はいつになったら牛乳が似合う銭湯のジジイになれるのだろう。

迷うのも若さだと今日は食堂でビール飲んでモツ焼きを流し込むか。
どうせなら、ラーメンも食っていこう。
うむ。なぜ酒が絡むとこんなにも思考は滑らかになるのであろうか。

銭湯。あぁ愛しきスーパー銭湯。

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