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ピーターラビット生誕120年・作者ビアトリクス・ポターの家ヒルトップへ!

青い上着を着たイタズラっ子の子ウサギ、ピーターを主人公とした絵本が初めて出版されたのは1902年。今年は彼の生誕120年ということで英国内はもちろん、日本など海外でもイベントが企画されていますよね!

今でも世界中で愛され続けている、ピーターラビットとその仲間たち。彼らを活き活きと描いた作者ビアトリクス・ポターは、イングランド北西にある湖水地方で人生の後半を送りました。

だから彼女とピーターたちの世界をよりよく知るには、湖水地方を訪ねるのが一番。なかでもビアトリクスが湖水地方で初めて買った農場つきの家「ヒルトップ」は、ピーターラビット・ファンの聖地と言って過言ではありません。

私も以前2度ほど訪ねたことがあるので、家の様子などをご案内しましょう!

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この写真は7月だったので花が終わっていたけれど、正面入口を囲むのは見事な白藤。満開時の美しさが想像できますね♪

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1913年に同じ場所で撮影されたビアトリクスの写真を見ても、当時の面影をちゃんと残したまま保存されているのが分かります。

さて彼女がこの農家を購入したのは、まだロンドンに住んでいた頃に婚約したノーマン・ウォーンが白血病で急死した1905年のことでした。

ノーマンを失い悲しみに暮れる彼女の様子は、2006年に公開された伝記映画「ミス・ポター」でも切ないほどに描写されています。

それぞれ実力派のレニー・ゼルウィガーがビアトリクスを、ユアン・マクレガーがノーマンを演じ話題となった作品なので、ご覧になった人も多いことでしょう。

そしてビアトリクスは彼の死という非情な現実から逃れるかのように、そのころ伯母から譲られた遺産と絵本によって得た収入をあわせ、湖水地方で最初に買った家。それが農場つきの一軒家「ヒルトップ」なのです。


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家と農場の間には、うっとり見惚れてしまうほど美しいカントリーガーデン。でも、ただ綺麗に整備されているだけじゃありません。

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現在の所有者であるナショナル・トラストご担当さんのお話によると、この家の前や周辺でビアトリクスを撮った写真や彼女の書き残した記述を資料として、花や果樹など当時と同じものを植えているのです♪

だから私たちが「ヒルトップ」を訪ねて目にする風景は、ビアトリクスが生きていた頃の様子をなるべく再現したもの。

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そして彼女は、こよなく愛するこの家の中を描くことも多く、絵本の背景にも多用しているんですよ。

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玄関口、暖炉、チェスト、階段、調理用ストーブ・・・これら背景の多くが、ビアトリクスが家の中を描いたもの。ねっ、やっぱりここはピーターラビットの世界でしょう?

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やがてビアトリクスは、地元の弁護士ウィリアム・ヒーリスと結婚。それを機に少し離れた所にある別の家を買い、夫妻はそちらに住むようになります。

そして「ヒルトップ」は創作活動や農場経営の事務・商談のためのオフィスとし、ビアトリクスは昼間こちらに通ったのです。

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だからこの寝室はお客様用。でも仕事の合間に、ビアトリクスがつかのまの午睡を楽しんだかもしれません。

執筆や作画という創作活動だけでなく、農場経営や著作権ビジネスなど精力的にこなしていた彼女。商談もこの家で日中に済ませ、弁護士である夫との家庭には仕事を持ち込まないよう気を使っていたんですね!

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食器棚の中にあった子供用食器セットの横には、「昨日、陶器が届きました。本に印刷されたのより美しくて、素晴らしい仕上がりです」という内容で、彼女がその陶器メーカー社主に宛てた手紙の文面が添えられていました。

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ピーターやジマイマさん達のミニチュア・フィギュアーも、ビアトリクス本人が所蔵していたもの。

彼女は絵本を出版し始めた当初から著作権の管理には非常に熱心で、本の印税だけでは到底なしえない収益を得ました。そして愛する湖水地方の自然を守るため、積極的に農地を購入。その遺志によって、没後は大部分がナショナル・トラストに寄贈されたわけです。

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富裕な良家の子女としてロンドンで育ちながら、自然に溢れた湖水地方で自立した生活を選んだビアトリクス・ポター。

そんな彼女が世に送り出したピーター達は、これからも世代を超えて愛され続けていくでしょう。

そして「ヒルトップ」は、ビアトリクス自身が歩んだ人生とその凛々しい姿勢を象徴する場所として、いつまでも私たちを魅了するのです!


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