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愛する人を偲ぶ寄贈ベンチ「故人は今、釣りに出かけています」

イギリスの街角や公園を歩いていると、色んな所でよく見かけるのがメモリアル・ベンチ。

これは公共ベンチの一種なのですが、特定個人の名前や生年・没年とともに、その人への追悼メッセージなどが刻まれているものです。

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多くは背もたれ部分に取り付けた金属板に刻印されていますが、なかには木材に直接刻まれたメッセージも。

メッセージの代表的なものは「最愛なるジョン・スミス、1930年1月1日~2010年12月1日 良き夫、良き父親、良き祖父を偲んで」といった文面。残された家族が、その人の想い出にと設置したことが伝わってきますね。

そんなベンチが設置されている場所は、多くの場合その故人が愛していた公園や街の一角、よく行った公共施設の庭など。

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メモリアル・ベンチを設置するためには、まず最初にその希望場所を所有する行政区や企業・団体に相談のうえ申請します。

設置費用はイギリス国内さまざまで、数百ポンドから数千ポンドまで幅があります。またサイズや材質を統一した専用ベンチのみ許可する所もあれば、希望者が自由に選んで購入したベンチを使用できる所もあります。

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英国内に数あるメモリアル・ベンチの中で私が最も感動したのは、ナショナル・トラスト所有のバズコット・パークにあったベンチ。

これは釣り人に人気がある、大きな池のほとりにありました。

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そのベンチに座って、池を眺めたところ。大きな柳の木が素敵な日陰を作ってくれて、ほっと心地よく休憩できるスポットです。

もちろん、このベンチにも故人にちなんだ文面が刻んであったのですが・・・まずは背もたれ部分に、2人の男性の名前とそれぞれの生年および没年。

そして座面の一部には、こんな文面も。

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GONE FISHING(釣りに出かけています)。この一文を読んだ時、私は不覚にも涙ぐんでしまいました。

「釣りに出かけています」、たったそれだけの短い文面ですが・・・。

なのに2人が釣り仲間であった事だけでなく、家族たちが彼らの生前「お父さん(お祖父ちゃん)は?」「また釣りに行ったわよ。ホント好きよねぇ」などと言いながら笑っている様子まで想像できたからです。

大切な家族を失うことは、どんな状況でも悲しく切なく、やり切れないのは変わりません。

でも「ダディ(または夫、おじいちゃん)は死んだのじゃなく、大好きな釣りに行ってるんです」と表現することで、その深い悲しみと惜別を、暖かい想い出に換えようとしている気持ちが窺えます。

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ベンチから10歩ほど離れた場所には、2人が日がな一日釣り糸を垂れていたであろう釣り場。さぞかしお気に入りのスポットだったことでしょう。

「そろそろ帰らないと、また家族に叱られちゃうなぁ」「ハハハ、まったくだ!」と彼らの声まで聞こえてきそうな気がします。

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ベンチに座って見上げた、柳の大木。そよそよと風になびいて、優しいカーテンのように2人を日差しから守ってくれた長い枝。

とても素敵で美しいのに、ちょっと悲しい。これからもきっと忘れられないメモリアル・ベンチです。



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