見出し画像

【創作百合】no title 01

星空の下、丘の上で、好きな人の隣でギターを弾く


隣にいるのは大切な人で、安直に触れてはいけないほど、尊い人。


空気の澄みきったこの季節、二人で丘の上、隣り合って座っている。どちらが誘ったのか、どういう経緯でこうすることになったのかは忘れてしまった。彼女は覚えているかもしれない。しっかりしているから。だけど、もうそういうのはどうでも良いんだ。今大切なのは、そういうことじゃないから。
彼女は隣でただ星を見つめ、たまに指差し、笑っている。
自分はギターを弾いている。静かで、彼女の好きな曲。でもここは知っている曲じゃないほうが良い。彼女の邪魔になる。雰囲気だけ。彼女が気に入る曲目を。
音量も絞ろう。優しく爪弾くんだ。彼女の邪魔にならないように。
星が大好きな彼女が、ただ星を見て楽しめるように。

健康的に白い肌に、ほんのり茶色の黒髪。
とても手入れが行き届いている、みどりの黒髪。長いけれど、腰まではない。
それから、自分はヘアスタイルに疎いのでわからないけれど、髪の一部をゆるく結っている。素敵だ。
細い体を包んでいるのは赤いチェックのブランケットで、寒空からかろうじて彼女を守ってくれている。
だけど、あぁ、息が白いな。やっぱり寒いかな。キャンプではないし、火は焚かなかった。大きめのランタンと、星の光だけが光源。彼女が寒いと言ったら帰ろう。
…やっぱり寒いよな。
「…寒い?もう帰ろうか。」
「ううん。大丈夫。まだ、いる。」
「火、焚こうか。」
「いい。…弾いて。手が止まってる。」

君がそう言うのなら、もっとここにいよう。
街灯届かぬ高い丘の上、星と空気とギターの音色で特別にするんだ。君だけの特等席を作るよ。大切な人だから、喜んで欲しい。
でもちくしょう。寒くて、ときどき弦をはじき損なったり、別の音を押さえてしまったりする。指が上手く動かない。悔しくて、恥ずかしい。一度間違えてしまうと、気が動転して、また間違えてしまう。悔しいなぁ。とても自分を呪うよ。ごめんよ。もっと上手く弾けたらよかった。


彼女はとても美しくて、可愛くて、柔らかで。
純粋無垢な、明るい存在。にっこりと、よく笑う。かつ賢くもあり、頼りになる。そばにいるととても安心する。
でも君は細身だから、ときどき、壊れてしまうんじゃないかって心配になるよ。薄いガラス細工のように、ほんの少しの力加減で、あっけなく割れてしまうんじゃないかって。君が身にまとうそのふんわりとした柔らかな服は、君というガラスを守っている緩衝材みたいだ。
簡単には触れちゃいけない。



思う存分星を見て、帰路についた。
家まで車で40分ほど。10分もすると彼女は眠ってしまった。起こさないように運転しないと。
帰ったらココアを練ろう。彼女の好きなあんばいの。
自分はコーヒーが飲みたいけれど、夜も遅いし、明日もあるし。
ココアを飲んで風呂に入れば、充分にあたたまるだろう。簡単に明日の準備を終わらせて寝たら良い。


星空の下、丘の上で、好きな人が隣でギターを弾いてくれる


隣にいるのは大切な人で、片時も離れたくないほど、愛しい人。


空気が澄みきったこの季節、寒空の下にレディを連れ出して、しかも冷たい短草に布一枚で座り込むなんて。この人だって寒がりなくせに、ロマンチストが行き過ぎているのじゃないかしら。

_____________

「今日は特に寒いね。」
「そうね。でも星が特別きれいに見える。だから良いんじゃない。」
「…見に行こうか。」
「え?」
「星をさ、見に行こうよ。いいところを知ってるんだ。ここから見るよりもきれいだよ。だから行こうよ。きっと気に入るよ。」

_____________

私があっけに取られているうちに、この人はそそくさと準備を始めてしまった。黄色いビートルに、ランタンと厚手のブランケット2枚を積んだ。それから、特別にするよと言ってギターを後部座席に、一応と言って焚き火の道具をその足元に積み込んだ。
小さな車体にまた無理をさせて…。

この人は今、ギターを爪弾いている。ささやかな音で、なんだか聴いたことのあるような、でも知らない曲を。とても耳触りが良くて、冬の星空にぴったりな。
演奏に集中しているけれど、ときどき、私の存在を確認するかのように、楽しんでいるかを確認するかのように、こちらを見ている。
でも、あなたも星が好きでしょ。星の研究者になりたかったほど。
私ばかり見なくてもいいの。優しすぎるわ。そばにいてくれるだけで十分なのに。

ほどよく鍛えた体、短い黒髪。くせっ毛だけれど、毎日欠かさずアイロンを当てて、まっすぐにしている。切ってあげるときはいつも、耳元や首元でビクッとする。
いつだってきれいめのシャツを着ていて、上着はM-51のほぼ一着。格好が決まっているから、プレゼントも選びやすい。
最低限、自分がよく見えるように気を使っているようだけど、細かいところは無頓着な面倒くさがり。

「…寒い?もう帰ろうか。」
「ううん。大丈夫。まだ、いる。」
「火、焚こうか。」
「いい。…弾いて。手が止まってる。」

本当は弾いてほしくなかったりもする。本当は肩を寄せ合ったり、この人の肩にもたれたりしたい。そのためには、ギターのネックは邪魔だから。
でも演奏を聴いていたい気持ちもある。
「鈴鳴りのいい音」
この人の言葉を借りれば。私も好きな音。
いいギターらしい。とても大事にしていて、時々なにかにぶつけてしまうと、あわてて謝っている。モノに謝るなんて、そういうところも、愛おしい。
邪魔にならない程度なら、くっついてもいいかな。


この人はとてもロマンチストで、優しくて、穏やかで。
純粋無垢で、だから傷つきやすい人。賢いくせに、抜けていて、忘れっぽい。人付き合いが苦手で、感情表現が下手なときが多い。寂しがりやなくせに、おしゃべりが苦手だから、友達をつくるのが下手。けれど、根っこの優しさや勇敢さを感じる。そばにいるととても安心する。
趣味は多くて、それも渋いものが多いのに、子供っぽいところもある。
あなたはいつも私のために一生懸命になってくれる。ロマンチストだから、私はちょっと恥ずかしくなることが多いけれど、いつだって嬉しいのよ。
包み込みたいけれど、包まれたい。いつだって触れていたい。



思う存分星を見て、帰路についた。
家まで車で40分ほど。一緒におしゃべりしていたいのだけれど、この人の運転はとても優しい。夜遅いことも相まって、すぐに眠くなってしまった。
帰ったらなにかあたたかいものが飲みたい。ココアか、ホットミルクか。
この人のコーヒーは美味しいけれど、いちごの味がすると言われてもわからないわ。
一緒にお風呂に入るのよ。一緒にあたたまって、一緒に眠るの。さっきあまり話せなかった分、おしゃべりをしてから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?