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著者が語る:京都への原爆投下を主張したノイマンの「悪魔性」と「虚無感」――生きている世界に責任を持つ必要はない

『フォン・ノイマンの哲学』は、20世紀を代表する天才のなかでも、ひときわ光彩を放っているジョン・フォン・ノイマンの生涯と思想に焦点を当てた。単に「生涯」を紹介するだけではなく、彼の追究した「学問」と、彼と関係の深かった「人物」に触れながら、時代背景も浮かび上がるように工夫したつもりである。ノイマンの哲学とは何か、読者に一緒にお考えいただけたら幸いである。

さて、その第5章「第2次大戦と原子爆弾」には、次のような場面が登場する(PP. 173-177)。

標的委員会

1945年の春、昼前にロスアラモスからプリンストンの自宅に戻った41歳のフォン・ノイマンは、ベッドに直行し、12時間眠り続けた。大学時代から睡眠時間は4時間という習慣なので、一気に3日分を眠り続けたことになる。

妻のクララが「何よりも心配だったのは、ジョニーが食事を3回も飛ばしたこと」である。美食家のノイマンが、食事も無視して眠り続けるのを見たのは、初めてのことだった。夜中に目を覚ましたノイマンは、「異様な早口」で喋り始めた。

「我々が今作っているのは怪物で、それは歴史を変える力を持っている! ……それでも私は、やり遂げなければならない。軍事的な理由だけでもだが、科学者として科学的に可能だとわかっていることは、やり遂げなければならない。それがどんなに恐ろしいことだとしてもだ。これは始まりにすぎない」

ちょうどノイマンの担当する「爆縮」設計が完了した頃の出来事である。彼は、最終的に原爆が完成すると何が起こるかを予見して、自分の行動を正当化しているように映る。

すでに述べたように、ベルリン大学に入学した当時のノイマンは、「戦争を早期終結させるためには、非人道的兵器も許される」という「化学兵器の父」フリッツ・ハーバーの思想から影響を受けた可能性がある。

ロスアラモスでは、「非人道的兵器」を開発する「罪悪感」に苛まれていた若い物理学者リチャード・ファインマンに対して、「我々が今生きている世界に責任を持つ必要はない」と断言して、彼を苦悩から解き放った。

要するに、ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道主義」、そして、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しないという一種の「虚無主義」である。

ノイマンは、表面的には柔和で人当たりのよい天才科学者でありながら、内面の彼を貫いているのは「人間のフリをした悪魔」そのものの哲学といえる。とはいえ、そのノイマンが、その夜に限っては、ひどく狼狽(うろた)えていたというのである。クララは、彼に睡眠薬とアルコールを勧めた。

当時の日本の合言葉は「一億玉砕」と「一人十殺」だった。3月には硫黄島守備隊が全滅し、制空権の壊滅した本土へのB29大編隊による空襲が始まり、東京・名古屋・大阪・神戸のような大都市が無差別爆撃で焼け野原になった。

4月には「一億総特攻の魁(さきがけ)となれ」という無謀な特攻作戦によって、「不沈艦」と呼ばれた戦艦「大和」が撃沈された。それでも日本軍は、沖縄やフィリピンのルソン島で頑強に抵抗を続けていた。

5月10日にロスアラモスで開かれた「標的委員会」では、ノイマンは、科学者を代表して原爆の爆発高度を選定するという重要な立場で出席した。

空軍が目標リストとして「皇居、横浜、新潟、京都、広島、小倉」を提案した。ここでノイマンは、皇居への投下に強く反対し、もし空軍があくまで皇居への投下を主張する場合は「我々に差し戻せ」と書いたメモが残されている。

ノイマンは、戦後の占領統治まで見通して皇居への投下に反対したのであって、事実そのおかげで日本は命令系統を失わないまま3ヵ月後に無条件降伏できた。その意味で、ノイマンは無謀な「一億玉砕」から日本を救ったとも考えられる。

その一方で、ノイマンが強く主張したのは、京都への原爆投下だった。ノイマンは、日本人の戦争意欲を完全に喪失させることを最優先の目標として、「歴史的文化的価値が高いからこそ京都へ投下すべきだ」と主張した。

これに対して、ヘンリー・スチムソン陸軍長官が、「それでは戦後、ローマやアテネを破壊したのと同じ非難を世界中から浴びることになる」と強硬に反対した。彼が新婚旅行で京都を訪れていたことも、その反対の一因だったかもしれない。

その後の標的委員会では、すでに通常爆撃で破壊されていた横浜が却下され、情報不足から新潟が除外された。最終的に、広島・小倉・長崎の優先順位で二発の原爆が投下される方針が決まったのである。

21世紀の「善」と「悪」の原点にノイマンの存在があったことが、ご理解いただけるだろう。このテーマは、次の「講談社現代新書」サイトにも掲載されている。ぜひご覧いただけたら幸いである!

この記事は、次の「Yahoo!ニュース」サイトに転載されている。こちらには、読者のコメントもあるので、ご参照いただきたい。

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