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思考力を鍛える新書【第42回】ライシテとは何か?

連載第41回で紹介した『愛の論理学』に続けて読んでいただきたいのが、『ライシテから読む現代フランス――政治と宗教のいま』である。本書をご覧になれば、そもそもライシテとは何か、現代のフランスで何が起こっているのか、一般に政教分離がどのような結果を導くのか、明らかになってくるだろう。

著者の伊達聖伸氏は、1975年生まれ。東京大学文学部卒業後、同大学大学院人文社会系研究科博士課程およびフランス国立リール第3大学博士課程修了。東北福祉大学専任講師を経て、現在は上智大学外国語学部准教授。専門はフランス文化・宗教学。現代フランスの政治・宗教に関する研究で知られ、著書に『ライシテ、道徳、宗教学』(勁草書房)、『共和国か宗教か、それとも』(共著、白水社)などがある。

さて、人がどのような宗教を信仰しているのか、外見だけからは見分けられないのが普通である。もちろん、頭を坊主にして僧服を纏っていれば寺の住職、司祭服に十字架を下げていたらカトリックの神父だとわかるが、彼らは宗教専従者である。

ただし、一般人でも「ヒジャブ」と呼ばれるスカーフを被っていれば、イスラム教徒だとわかる。昨年、久し振りにパリに行って驚いたのは、以前にもましてヒジャブを被ったイスラム系移民が目立つことだった。華やかなシャンゼリゼ通りから地下鉄の入口に入ると、階段の端に座って物乞いをする年配の女性たちが目に付く。

フランス語の「ライシテ」(laïcite)は、広義の「政教分離」を意味する。1905年3月から議会で審議された「ライシテ」は、当初は、フランスの共和国体制をキリスト教の影響から分離させることを意味していた。

1905年4月に自由主義者モーリス・アラールが行った演説では、「教会、カトリック、さらに言えばキリスト教は、いかなる共和国体制とも両立不可能」だと断言し、「キリスト教は共和国の社会的発展にとっての、そして文明へと向かうあらゆる進歩にとっての永遠の障害」であるとまで述べている。

もちろん、議会にはカトリックもプロテスタントも、社会主義者も急進派もいたから、審議は紛糾した。その結果、「妥協の産物」として成立したのが「政教分離法」だったのである。その第1条は「共和国は良心の自由を保障する。共和国は、公共の秩序のために以下に定める制限のみを設けて、自由な礼拝の実践を保護する」と「信仰の自由」を保障しながら、第2条は「共和国はいかなる宗派も公認せず、俸給の支払い、補助金の交付を行わない」と国家の「宗教的中立性」を強く主張する。

それから100年後、フランスはヨーロッパ最大の移民受け入れ国になった。統計上はフランス人の10人に1人が移民の割合だが、不法滞在者を含めると実態の割合はもっと高い。さらに、フランスの国籍法では、外国人の子供でも、フランスで生まれて18歳になる前に5年間以上居住していれば、フランス国籍を取得できる。

その結果、フランスには、イスラム系移民の子どもたちが増加した。彼らは、法律上はフランス国籍を持ち、母語もフランス語だが、家庭内では『コーラン』に服従する生活を送り、外出する際にはヒジャブを被る。そこで、フランスの公立学校にヒジャブを被った生徒が続々と増えていったとき、何が起こっただろうか?

2004年、フランスの公立学校では「政教分離法」に基づき、「これみよがしな宗教的標章の着用」を禁止する法律が制定された。公立学校に通う生徒はヒジャブを外すように求められ、同意しない生徒は退学処分となった。2010年には、フランスのあらゆる公共空間において、「ニカブ」(目と手以外の全身を覆う)や「ブルカ」(さらに目も格子状のベールで被う)の着用を禁じる法律も制定された。

本書を通じ、ライシテとは「フランス独特の厳格な政教分離」であるという通念を、多少なりとも揺さぶってみたつもりだ。奇を衒った知的な遊戯としてではない。たとえ日本語環境であれ、紋切り型でライシテについて語り続けると、共生よりも分断という現代世界の動向に加担することにならないか。そのような筆者なりの危機意識がある。(p. 241)

「政教分離」の理想と現実の間に何があるのか、これから移民の増加する日本の将来を考えるためにも、『ライシテから読む現代フランス』は必読である!

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