見出し画像

「おまえはクビだ!(You're fired!)」

日本ではあまり知られていないようだが、ドナルド・トランプ氏がアメリカで一躍有名になったのは、2004年から2012年まで、全12シーズンにわたって、テレビ番組に登場していたからである。もちろん、すでに彼は、相続した不動産を運用して大成功を収めた億万長者という意味では著名人だったが、彼のキャラクターが全米で人気を集めた原因は、テレビ出演にあった。

そのテレビ番組とは、NBCのリアリティ番組「アプレンティス」である。この番組では、一般から応募してきた参加者が「見習い(Apprentice)」となり、最初はグループからスタートして、最後には一人で与えられた課題をこなさなければならない。最後まで生き残れた参加者は、実際にトランプ氏の会社に就職できるので、必死である。現代の日本の就活生が「インターンシップ」で競って課題をこなしている姿を映し出すリアリティ番組と思えば、わかりやすいだろう。

毎週、課題をこなせなかったり、トランプ氏の機嫌を損ねた参加者は、トランプ氏から「おまえはクビだ!(You're fired!)」と宣告されて、番組から去っていく。この決まり文句が、アメリカの子どもから大人の間で人気を集めたというわけである。

トランプ政権を去った2人の国防長官

さて、つい先日の2020年11月9日、トランプ大統領は、マーク・エスパー国防長官を「クビ」にした。公式声明ではなく、Twitter に「マーク・エスパーは終った。彼の仕事には感謝している。(Mark Esper has been terminated.  I would like to thank him for his service.)」とツイートして、「解任」の事実を公表したわけである。

このように、トランプ大統領が Twitter で高官の「解任」を宣告した事例は枚挙に暇がないが、言及された本人からすれば、とても愉快なツイートではないだろう。彼らにとっては、生涯にトラウマをもたらすツイートとなるかもしれない。

2020年5月25日、アフリカ系アメリカ人ジョージ・フロイドが、ミネアポリス警察官の不適切な拘束方法によって死亡させられた。この事件に対して、全米各地で「Black Lives Matter!」抗議運動が生じ、幾つかの州では暴動にまで拡大した。6月1日、トランプ大統領は、各州の対応が「弱腰」だと非難し、各州警察の手に負えないならば、合衆国の軍隊を動員すると述べた。

これに対して、6月3日、エスパー国防長官は、「法執行を目的に軍隊を派遣するということは、最も緊急かつ非常な事態において、最後の手段としてのみ考えられる選択である。しかし、現在はそのような状況ではない。よって私は、軍隊の発動を支持しない」と、国防総省で記者団に語った。

このエスパー氏の発言を聞いたトランプ大統領が「激怒」したのである。そして、この時点から水面下でエスパー国務長官の「解任」が準備されてきたと伝えられている。

エスパー氏の前任者に当たるジェームズ・マティス前国防長官は、アメリカ軍のシリア駐留の方針を巡ってトランプ大統領と意見が対立し、2018年12月、「大統領は、同盟国への敬意が不足している」と辞職を申し出た。彼は、妻も子もなく、湾岸戦争以来、常に軍隊で過ごしてきた「マッド・ドッグ(mad dog)」と呼ばれる「軍隊一筋」の海兵隊大将であり、統合戦力軍司令官・NATO連合軍最高司令官・中央軍司令官を歴任した人物である。

辞任後のマティス氏は、沈黙を守ってきたが、2020年6月3日、「ドナルド・トランプは、アメリカの国民を結束させようとしないばかりか、そのフリさえしないという意味で、私の人生で、かつて見たことがない大統領だ。逆に彼は、アメリカの国民を分断させようとしている(Donald Trump is the first president in my lifetime who does not try to unite the American people—does not even pretend to try.  Instead, he tries to divide us.)」という厳しい論評を『アトランティック』誌に発表した。

分断ではなく統合する大統領

トランプ大統領の「分断」に対して、民主党のジョー・バイデン大統領候補は、11月7日の「勝利演説」で「統合」を理念として掲げた。彼は、次のように述べている。

私は、分断ではなく統合を求め、赤い州と青い州を見るのではなく、アメリカ合衆国だけを見て、すべての国民の信頼を勝ち取るために、すべての国民の信頼と共に、心を込めて働く大統領になることを誓います。それこそがアメリカだと私は信じています。それは人々のためです。そして、それが私たちの政権のすべてです。(I pledge to be a president who seeks not to divide but unify, who doesn’t see red states and blue states, only sees the United States, and work with all my heart, with the confidence of the whole people, to win the confidence of all of you.  For that is what America, I believe, is about.  It’s about people.  And that’s what our administration will be all about.)」

トランプ政権の4年間、アメリカ社会の「分断」は深刻化した。富裕層と貧困層、勝ち組と負け組、人種による対立、イデオロギーによる対立、移民問題、社会保障問題、医療問題、そしてコロナ対策……。

そもそもトランプ氏は、相手が合衆国民であろうと部下であろうと、外国人であろうと誰であろうと、常に「敵」か「味方」かに区別し、相手が「敵」ならば徹底的に攻撃し、「味方」ならば徹底的に守るという人物であるように映る。

トップがこのような方針であるためか、トランプ支持層と反対層も、敵味方に「分断」して、お互いに徹底的に罵倒し合うようになってしまう。ちなみに、トランプ氏の「親友」だという日本の安倍晋三前首相の支持層と反対層も、まったく同じような構図で、徹底的に罵倒し合っている。

すでに次の記事で述べたことだが、カマラ・ハリス氏は、民主党公開討論会でバイデン氏を批判した。つまり彼女は、もしトランプ氏がバイデン氏の立場にいたら、即刻「おまえはクビだ」と「解任」するはずの人物である。ところがバイデン氏は、彼女を副大統領候補に「指名」した!

もちろん、その背景には、いろいろな政治的計算もあったのだろうが、少なくとも、自分に批判的な意見を述べた人物を、自分に次いで権力を握る部下に抜擢したという意味で、彼は、トランプ氏よりも、はるかに懐が深い人物だと言えるのではないだろうか。

読者は、トランプ氏の「分断」とバイデン氏の「統合」の理念について、どのようにお考えだろうか? もし職場や学校や周囲に気に入らない人物がいたら、「おまえはクビだ」と言ってみたいだろうか? あるいは、自分に批判的な意見を言った人物を、自分に次いで権力を握る部下に抜擢するだけの度量があるだろうか?

#エッセイ #コラム #哲学 #考え方 #思考力 #ジョー・バイデン #カマラ・ハリス #勝利演説 #分断 #統合 #敵 #味方 #罵倒 #アメリカ合衆国 #ドナルド・トランプ #おまえはクビだ

Thank you very much for your understanding and cooperation !!!