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思考力を鍛える新書【第21回】なぜ完全民主主義は不可能なのか?

連載第11回~20回では、試験に出る論理的思考やデータの処理方法、因果関係と相関関係の相違、さらにコミュニケーションに内在する詭弁やマスコミ報道が権力に逆らえない理由にいたるまで、多彩な視点から「論理的に考えよう」というテーマについて追究してきた。

今回の第21回から暫くの間は、より現実的に「思考力を鍛える」ために、「科学的に考えよう」というテーマにアプローチしたいと思っている。そこで取り上げるのが、再び自著の紹介となって恐縮だが、『理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性』である。

本書は、続編『知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性』・『感性の限界――不合理性・不自由性・不条理性』と併せて3冊の「限界シリーズ」になっている。多彩な登場人物がシンポジウムで自由闊達に議論を繰り広げる形式で、難解な話をわかりやすく進め、読者の「知的好奇心」を存分に刺激する仕組みにしたつもりである。ここでは導入部分の話をご紹介しよう。

大学4年生の3人組が、大学最後の春休みに卒業記念旅行に行くことにしたとする。Aはニューヨーク、Bはウィーン、Cはパリに行きたいと言って、なかなか話がまとまらない(予算と日程の都合から、目的地は一ヶ所に絞らなければならないとする)。

するとCが、「このままじゃ決まらないから、多数決の勝ち抜きで絞っていこう。まずニューヨークとウィーンだったら、どちらがいい?」と言った。この2ヶ所で投票すると、2対1でニューヨークが勝った。次にニューヨーク対パリで投票すると、2対1でパリが勝った。そして彼らは、「多数決」によりパリへ行ったとする。さて、Cのカラクリがおわかりだろうか?

一般に、与えられた選択肢に優先順位をつける順序を「選好順序」と呼ぶ。わかりやすく「XをYよりも好む」ことを「X>Y」と表記すると、この3人の選好順序は次のように表された。

A:ニューヨーク>ウィーン>パリ
B:ウィーン>パリ>ニューヨーク
C:パリ>ニューヨーク>ウィーン

ここで「ニューヨークとウィーンのどちらを選ぶか」という投票を行うと、AとCの選好順序により、2対1でニューヨークが選ばれる。「ニューヨークとパリのどちらを選ぶか」という投票を行うと、BとCの選好順序により、2対1でパリが選ばれる。そして彼らはパリへ行ったわけだが、実は、そこでさらに「パリとウィーンのどちらを選ぶか」という投票を行うと、今度はAとBの選好順序により、2対1でウィーンが選ばれたはずなのである!

「もしXをYよりも好み(X>Y)、YをZよりも好む(Y>Z)ならば、XをZよりも好む(X>Z)」という性質を「選好の推移律」と呼ぶ。ところが、この3人の集団においては、選好の推移律が成立していない。つまり彼らは、ウィーンよりもニューヨーク、ニューヨークよりもパリを好むにもかかわらず、パリよりもウィーンを好むのである(ジャンケンと同じ状況)!

18世紀以降、この種の「多数決のパラドックス」が数多く発見された。それらを回避するために「単記投票方式」・「上位二者決選投票方式」・「勝ち抜き決選投票方式」・「複数記名方式」・「順位評点方式」・「総当り投票方式」などの投票方式が考案されたが、どれにも難点があった。

その後、ランド研究所の数理経済学者ケネス・アローが、膨大な投票形式を社会的選択関数で一般化し、合理的な個人選好と民主的な社会的決定方式を厳密に定義し、「完全に民主的な社会的決定方式が存在しないこと」(不可能性定理)を証明した。要するに、「多数決方式」は一意的ではなく、どの方式を取るかによって当選者が変化してしまうのである。アローは、この業績を発展させて「一般均衡モデルの定式化」を導き、1972年のノーベル経済学賞を受賞した。

私たち人間は、何を、どこまで、どのようにして知ることができるのでしょうか? いつか将来、あらゆる問題を理性的に解決できる日がくるのでしょうか? あるいは、人間の理性には、永遠に超えられない限界があるのでしょうか? これらのテーマは、従来は哲学で扱われてきましたが、人間と世界の根源に関わるすべての学問領域とも密接に関連しています。そこで、本日ここには、さまざまな分野の専門家をはじめ、多種多彩な主義主張をお持ちの皆様にお集まりいただきました。ふだんは、あまり顔を合わせる機会のない皆様に、幅広い多角的な視点から、自由闊達にディスカッションしていただきたいと思います。(p. 8)

難解で知られるアローの不可能性定理、ハイゼンベルクの不確定性原理、ゲーデルの不完全性定理が何を意味するのか理解するために、『理性の限界』は必読である!

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