【vol.2】「場所の記憶」可視化の方法論における考察〜誰かの記憶に寄り添う、記憶の格納庫「LOCAL LOG」の実践から〜
要約
本探求は「場所の記憶」を可視化することの意義と方法論を模索するものである。「場所の記憶」とは、その土地を眼差す他者が向ける意識や思い出のことを指す。地方留学をきっかけに、自然環境や日常風景に対して働く情動の重要性を再認識し、それらを写真と言葉で記録するウェブサイト「LOCAL LOG」を開発した。LOCAL LOGは、個々の場所に紐づく強い記憶/細かい感情を視覚的に記録・共有することを目的としている。本探求では、LOCAL LOGの実践を通じて、その有用性や場所の記憶の可視化における意義を探った。
2 LOCAL LOGの実践方法と結果
2-1 LOCAL LOGの概要と背景
概要
2024年1月に開発。日常に潜む何気ない風景を切り取り、「場所の記憶」として格納することのできるウェブサイトである。「場所の記憶」の多くは普段想起されたり感じ取ることの少ない「弱い記憶/粗い感情」である一方で、LOCAL LOGでは馴染みのある土地に纏わる「強い記憶/細かい感情」の記述を行う。用いる手段は言葉と写真であり、そのツールから人々の内側に潜在的に眠る記憶を紐解いていく。「場所の記憶」を可視化(見えないものを見える化する=invisible to visible)することがどのような効果を生むことができるのか将来的には街づくりへの応用までを視野に入れて、その根拠を探りながら実証実験を行うメディアである。(https://locallog.studio.site/)
背景
高校2年生の9月に学内の地方留学で京丹後市を訪れた。そこで京丹後の日常に溢れる自然の風景に圧倒された。そのとき、自然保護のパイオニアであるレイチェル・カーソンのいう、「美を美として感じ取る感性、センス・オブ・ワンダー」が自身の中で忘却の彼方にあると感じ、それと同時に「日常風景を眼差し美しいと思う感性へのノスタルジー」というものに触れた。そのような経緯から私の中での「美」を「そばにある気づきを、いま喜べる感覚」と定義した。しかしながら、京丹後に訪れる前の私のように現代を生きる私たちはあまりにも資本主義のしがらみに囚われており、「日常に溢れる潜在的な美に向ける人々の意識」がおざなりになっていると感じる。SNSの普及によって合理性に配慮された社会基盤では、日常に立ち現れる何気ない風景に対して知らぬ間に感じ取っているその場に潜む自らの意識や、何かしらの美が自然発生的に発露していることに意識を向ける余白はない。
「世界はいつも決定的瞬間だ。」
これは、写真家である森山大道の言葉である。この言葉の裏側には、決して派手ではないけれど、日常に佇む美しさを否定しないだけの力があると感じる。昨今の震災被害からも、何気ないと信じ切っていた日常が一瞬で豹変してしまう自然の脅威に逃れられない恐ろしさを抱くと共に、だからこそ日常に潜む儚い風景に目を向け、それを他者と分かち合っていく必要性があるのではないかと考えた。そこで私は人々の内に秘めるそれぞれの記憶の種を具現化し街と一体化して「アーカイブ」しようと、開発したのが「LOCAL LOG」である。写真と言葉でその風景に対して想起した物事を言語化し、可視化、共有知化していく取り組みだ。
2-2 メソッド
①思い出に残っている地元の地を訪ねる
②よく行った/行っている場所に出向き、自分自身の思い出やそこで感じ取っていた微かな感情に耳を傾けてみる
2-3 基本的な考え方
①人はそれぞれ異なる世界観を持つ
言語によってものの見方の区分(環世界)が変われば、感性の粒度も異なる。表現の仕方には得意/不得意があることは当然であり、それぞれの拡張範囲にも違いがある。そして、一人一人が微妙に異なる捉え方や感じ方を持ち、世代によっても乗り越えるテーマが異なる。LOCAL LOGでは言葉と写真を用いるために「場所」に対して感じていたありのままの世界を表現するには、ある種の制約が伴う。それぞれが持てる世界観を大切に選ばれた方法論の範疇で最大限の表現をしてみてほしい。そして、その先で他者との世界区分の違いを意識し、尊重が生まれることを願っている。
②あなたの持つ視線は美しく、失われることはない
ある一つの点をみて話しているとする。それは遠くに霞んで見えて一目見て「ソレ」が何か、と断言できるような要素や根拠はどこにもない。そこで君たちは話し始める。
ー遠くに見える「ソレ」は、人かもしれない
ーいや、あれは絶対に鳥だろう?
ここで絶対性なんてものは存在しない。ソレらは極めて曖昧性に富んでいて、私たちをひどく惑わせる。だからこそ、それぞれの見方や受け取り方に耳を傾け、傾聴しよう。あなたが持つ視線は美しく、失われることはない。
2-4 具体的な機能性
本ウェブサイトは以下の3つの要素で構成されている。
①場所の記憶を「見る」
全て匿名性で公開される日本全国各地の場所の記憶。それらをページ上で閲覧することが可能。
②場所の記憶を「格納する」
閲覧後には、自分自身が持つ場所の記憶を実際にログしてみることができる。写真と言葉で自分らしくその時、その瞬間の思いや状況を綴る。具体的なその場所の所在地がフィジカル空間の情報をバーチャル空間に再現する「デジタルツイン」の基盤となるWebGISプラットフォーム『Re:Earth』にて紐づけられた形でマッピングされる。
③場所の記憶を「辿る」
マッピングされた日本列島上に点在するそれぞれの記憶を手掛かりに記憶を辿る旅に出ることが可能。新しい旅行体験を生み出すトリガーになるかもしれない。
2-5 記憶情報データの収集方法について
ここでは、情報データの収集方法について示したい。基本的には以下3点の方法で場所の記憶のデータを得ている。
1|LOCAL LOGウェブサイト上のフォーム
常設しているサイト上のフォームから場所の記憶を受け取った①所在地名②写真③その地にある記憶を綴った文章の3点を入力してもらい紐付けているスプレッドシートに一元化して管理している。以下が管理シートとなっている。
コンセプト上の問題からフォームに回答をもらった全ての記憶を公開することが出来ないため、ここで選定を行なっている。基準は、極めて主観性帯びた解釈の反映になってしまうが、文章の長短に関わらず自分の心やその瞬間に対して思いを馳せた痕跡が感じられるかどうかである。また、あまりに加工の強い写真などの掲載は基本的に受けつけていない。重要なのは、景観(≒空間)ではなくその地に眠った原風景(≒場所)だからである。また、挿入してもらった写真のモノクロバージョンを記述内容の最上部に持ってくることで一度写真から醸し出されるバイアスを遮断し、ゼロベースでその記憶を追想できるような細やかな工夫を投稿前に施している。
2|場所の記憶を見つけるWS
様々なイベントスペースをお借りしてLOCAL LOGを用いたフィールドワーク型のワークショップイベントを開催している。
こうしたイベントを通じて開催地に纏わる個々人の場所の記憶を紡ぎながら街歩きを行い、それぞれの記憶を発表し合い、LOCAL LOGへと格納する流れを作っている。(※ここである土地に対する場所の記憶データが多数得られるためサンプル数に偏りのある地域が見受けられる)全ての参加者が公開を希望するわけではないため別途作成したgoogleフォームにて記憶を集めるなどイベントでのプライバシーは都度配慮を行なっている。
3|連携校とのコラボレーション
本取り組みは2023年度京丹後市発ICT×地方創生甲子園にてグランプリに輝いた。その背景から京丹後市内の高校と連携を行い、高校生から地元の風景に纏わる場所の記憶をLOCAL LOGに格納してもらうことが可能になっている。5月下旬に本格的な連携を開始し、7月下旬には写真と言葉をセットにした展示会を開催することが決まっている。
2-6 データ出力の方法に関して
国立大学法人東京大学大学院情報学環渡邉英徳研究室が株式会社ユーカリヤと共同で開発した汎用的WebGISプラットフォーム『Re:Earth』を用いて地図上にマッピングを行なっている。具体的にはフォームやイベント参加者、連携校の学生から得られた記憶の位置データをgoogleマップ上で取得し緯度と経度を以下のような形で表に落とし込み『Re:Earth』上に出力している。