小説家の連載 妊娠中の妻が家出しました 第8話

〈前回のあらすじ:家出した妊娠中の妻・華の捜索を探偵の三日月に依頼した夫の浩介は、孤独に耐えながら妻の帰りを待ち続けていた。ある夜、突然妻から電話がかかってきたが、「離婚届出してくれた?」という衝撃の一言を言われてしまい・・・。〉

「り、離婚届出してくれたって何だよ、最初の一言がそれかよ!出す訳ないだろ!どんだけ心配したと思ってるんだ!華は妊婦だろ、もう華一人の体じゃないんだよ、無茶しないでくれよ・・・。お願いだから帰ってきてくれよ・・・」
 前半は怒りながら、後半は泣きながら妻に感情をぶつけると、華はちょっと黙った後、
「あなた私の親や妹にもいろいろ聞いたんでしょ」
 と迷惑そうに答えた。
 あまりに冷たすぎる妻の態度に浩介が何も言えないでいると、華は淡々と続けた。
「離婚届を置いて出ていっている時点で、私が離婚したいと言う事は十分に判るでしょ。それにそっちに私の荷物はもう無いし、荷物を少しずつ運び出しているという事にすら、気づかなかったんでしょ?だったら、浩介にとって私はその程度の存在だったという事よ。そんな妻、浩介だっていらないじゃない」
「な、いらないなんて言うな!俺にとって華はかけがえのない存在だ!お腹の子供も含めて、俺にとっては宝物なんだ!華を失ったら、俺は生きていけない!荷物に気づかなかったのは、謝るよ。俺は単に、生まれてくる子供のために家を片付けているだけだと思っていた」
「バカじゃないの?子供のためだと思ったなら、そうなのか質問すれば良かったじゃん。でも浩介はそうせずに、勝手に決めつけて満足してたんでしょ」
「それは・・・でも、たったそれだけが原因?自分で言うのは良くないけど、俺は華が妊娠中だから、家事もできる時は率先してやっていたし、子供に関しても、二人の子供だから一緒に育てようという意識を持っていると思う。正直、何がいけなかったか全く判らないよ・・・。収入面で将来的な不安を感じさせていたのなら、転職をして欲しいとか、何か言ってくれれば良かった。俺が独身時代からしていた貯金額は見せただろ?子供の出費はこれから多くなるけど、当面お金に困る事は無いと思う。一体何がいけなかったんだ?」
 動揺する浩介に、華は電話口の向こうではーっと深いため息をついた。
「確かに浩介は普段から家事をよくやってくれていたし、料理も上手で、子供の良いパパになると思う。あなたのお母さんの事もとても好きよ。嫁いびり何てある訳無い。だけどね、」
 ここで華は言葉を切る。
「私はそれだけじゃ満たされないの。私がいつも何を考えていたか判る?私はいつも考えていた、この結婚は本当に正解だったのかって。あなたを選んだ事は正しかったのかって。妊娠だってそうよ。この子をお腹に宿した事は正解だったのか?自分で望んで妊娠したけど、私は元々子供は欲しくない人間だった。でもあなたと出会って、あなたを愛して、愛するあなたのために、パパになりたいという浩介の夢を叶えるために妊娠した。この子の事はかわいいと思ってる。だけど今でも、この妊娠は正しかったかずっと悩んでる。もうおろせないけどね、どっちみち」
「・・・だって、そんな事、今更考えても、もう産むしかないじゃないか」
「そうよ。産むしかないよ、もう。だけど私は満たされない。浩介は衣食住を満たして私のサポートをする事が愛だと思ってる、でも私はそれだけじゃ満たされない。私が何でもあけすけに話すから察しなくていいと言った、それは私自身だよ。でもこんなにも私の感情の移り変わりに無関心でいられるとは思わなかった。私はもっと関心を持って欲しい、私の感情に。私の感情をいつも優先して欲しい。産婦人科に行くのが苦手で泣きわめいた時あなた何て言ったか覚えてる?毎回嫌だ嫌だってわがままを言われる俺の気持ちはどうなるんだって。何よそれ。それぐらい我慢して付き合うべきでしょ。お腹に誰の子供が居ると思ってるの?あなたはずっと私の気持ちを聞いていて欲しい、というか、私の事を全部受け止めてくれると思っていたから結婚したのに、どうして私がこんなにいろいろ我慢しなくちゃいけないの?」
 堰を切ったように話し始めた華の勢いはもう止まらなかった。
「毎日毎日辛気臭い顔して帰ってきて、その顔を見る度に私がどんな気持ちで出迎えるか判ってる?私の気持ちなんか考えた事無いでしょ?私はいつだって自分の感情を優先して欲しいの、でなきゃあなたとはもう終わりよ。だいたいあなたが私の両親にやたら気に入られてるのも嫌だった。どうして海路は両親に拒絶されたのに、あなたは・・・・」
 突然知らない人物の名前が出てきたので、浩介は驚く。
「か、カイロ?」
 妻は一瞬黙ったが、再び口を開くと一方的に言い捨てた。
「ともかく、あなたとは離婚するから。離婚届は自分の分を記入して出しておいてね。もうその家には帰らないから。あなたと結婚したのは間違いだった。運命の人じゃなかったのに、どうして結婚したんだろう」
 そこで電話は切れた。
「うわあああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・」
 電話が切れた後、浩介は部屋の中で1人、号泣した。
                             次回に続く

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