小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル 第二話

→登場猫物紹介についてはこちら。
第二話スタート。

第二話
 人間の世界には警察がいるが、猫の世界には当然居ない。猫の世界は無法地帯・・・ではなく、そこは我らがCATがちゃあんと取り締まり、猫達の安全を日夜守っている。多分。
 人間社会を支配する事を夢見て日々活動している猫達だが、彼らの安全を脅かす事件も時々起こる。

 例えば・・・誘拐事件、とか。

 東京都内、高級住宅地の一角。
 数あるお金持ちや高所得者が暮らす住宅街の中、とある一軒の豪邸。
 メインクーンのメス・メイベルは窓辺で眠っていた。メインクーンだけあって彼女は猫にしてはなかなか大きく、一歳になって少し経った頃だが、既に六キロはあった。
 メイベルの飼い主は、貿易会社の社長とその社長夫人、それに小学校六年生の一人息子の三人家族。社長夫人は元々女の子と熱望していたが、息子を産んだ後に二人目不妊の末にその願いは叶わなかった。養子をとる事も考えたが、結局メス猫を飼う事で手を打った。メイベルは家族全員から可愛がられており、時々来るハウスキーパーのおばあちゃんにもよく撫でられているほどだった。
 この日は土曜日で、家族全員が出払っており、メイベルは安心しきって留守番していた。豪邸だけあってセキュリティはしっかりしていたし、家族以外に合鍵を持っている人ぶるは居ない。ハウスキーパーのおばあちゃん以外は。
 呑気に寝ているメイベルに忍び寄る者があった。そうっと豪邸のドアが開き、窓辺のメイベルに何者かが近付く。
 はっとしてメイベルが目を開けると、ハウスキーパーのおばあちゃんがにこにこしながら立っていた。おばあちゃんは今日来る予定は無い。何なら昨日来たところなのだ。おまけに、おばあちゃんと一緒に見知らぬおじいさんもにこにこしながら立っている。
 なあんだ、おばあちゃんか。隣のおじいさんは知らない人だけど、このおばあちゃんの事は大好きにゃ。メイベルはお腹を見せると、おばあさんが微笑んだまま言った。
「悪いねえ、メイベルちゃん。あんたを連れて行くよ」
 にゃ?
 どういう意味だろうと思った瞬間、おじいさんが何かの布をメイベルに嗅がせ、彼女は気を失った。

「ねえーまた猫の誘拐事件だって。怖くない?」
「物騒な世の中だなあ。その子も室内飼いだったんだろ?」
「ねえ譲君、うちもセキュリティとか考えた方が良くない?」
「こんな田舎の猫狙う奴は居ないから大丈夫だよ。メイク終わった?」
「今できた。じゃあ、行く?」
 日曜日の朝。飼い主一号と二号は最近世間を騒がせている猫誘拐事件について話していた。一号はスマホでネットニュースの画面を見ながら話していて、二号はマスカラを塗っていたところだった。夫の譲はお出かけの時しかしない洒落たフレームのメガネをかけていて、妻の夏葉はミニの黒いワンピースに紅い口紅でばっちり決めていた。
 支度ができた夫婦はこれからデートに行くところだったのだ。おめかしした二人は猫に行ってくるねと告げて出かけて行った。
 飼い主夫婦を見送ると、令はすかさず後ろ足で立ち、在宅ワーカーの飼い主二号がいつもリビングに開きっぱなしにしているパソコンに向かった。パスワードはいつも見ていたので完璧に覚えている。パソコンを操作して、最近頻繁している猫の誘拐事件について調べた。ここ一か月ぐらいの間に全国の猫達が誘拐されている。しかも、どれも室内飼いの猫達で、外に出ていなくなったとは考えられない。誘拐と思われているのは、居なくなった猫達が皆お金持ちに飼われていた猫達だったから。誘拐の手口は、白昼堂々と、家族の居ない間に行われるらしく、防犯カメラにも映らないのはプロ集団だからなのか?と思われている。
 基本的な情報を収集した令は、パソコンを元に戻して、首輪に向かって呼び掛けた。
「令だにゃ!みんな、今多発している事件についてどう思う?これ、CATで解決しようと思わない?ごん太、どう思う?」
 すると通信機からこてこての大阪弁が聞こえて来た。
「令ちゃんお疲れ様やで!せや、ちょうど他のメンバーとその事について話してたんや。令ちゃん、ぜひ今回の任務引き受けてくれへんか?すずが情報を集めてくれたんやけどな、どうも昨日東京の方でまた猫が誘拐されたところらしいんや。すずの飼い主が、インスタでその居なくなった猫の情報を見てるところを、見たらしくてな、それで知ったんや。多分犯人もまだ東京に居てると思うから、まずは作戦会議や。とりあえず皆すずの家の集合って事で、そっちへ向かってくれ。ほな、頼むで」
「そういう事なら了解にゃ!今回すずの家に行くのは何猫にゃ?」
「えーっと、今回は令ちゃんとトムやな。陸にも声かけたけど、あいつ今飼い主さんが家に居るから出られへんかもって。東京での任務って事で、東京在住の他のメンバーにも適当に声掛け解いたから、とりあえず頼むわ」
「わかったにゃ!では現地に向かいます」
 令は通信を切り、猫用ジェットを取り出す。ぽんっと投げると、おもちゃは猫が乗れる大きさの飛行機に変わる。カラフルゴーグルや麻酔銃など、任務に必要な道具を身に着け、自宅から出発。
 窓を開けてジェットを外に出したら、また閉めてから乗り込む。すずの住所を入力すると、自動でナビしてくれるので、操縦を始めた。
「それにしても東京は遠すぎにゃ」
 令は広島県在住の猫なので、東京に行くのは遠すぎる。広島の人間が東京に行くには新幹線で四時間前後ぐらいかかるらしいが、令が同じぐらいの時間をかける訳にはいかないので、最高速度を出す。昼間なので、人間に見られないように、透明になる霧が出るシークレットモードに設定する。
 すずの家に行くのは久しぶりだ。ファミーユで幼馴染だった猫達は皆全国に散らばっているから、CATの任務が無ければそうそう会える事が無い。というか、無い。
「人間は皆、いつでも会いたい時に会えて羨ましいにゃ・・・」
 本当にそうだ。猫達が人間を支配したい理由の一つでもある。いつでも会いたい時に友達に会いに行けるようになりたい、人間の目を気にせず自由に行動したい。
 そうこうしているうちに、すずの自宅が近付いてきた。すずが住んでいるのはペット可の高級マンション。すずの飼い主は稼いでいるのだなあと思う。
 すずの部屋が近付くと、彼女が手を振っているのが見える。横にトムが居た。窓を開けてもらって、ジェット機ごと室内に着陸。
 ジェット機から降りると、すずが挨拶として顔を舐めてくれた。令は尋ねる。
「すずの飼い主さんは?」
「今日は休日出勤で、夜まで帰ってこないにゃ。だから今のうちに任務の話をしようにゃ」
「トムも、元気にゃ?」
 トムが気取った感じで答える。
「僕はいつも通りにゃ」
 それから今回の事件について話し合った。ハッキング担当のすずが調べに調べたところ、今回誘拐されたのは東京在住のお嬢様猫、メインクーンのメイベルで年齢はまだ一歳ちょっとという事だった。防犯カメラは何故か切ってあったらしく、犯人の姿は写っていない。令は事件の内容を聞いて憤慨した。
「何てひどいにゃ!まだ一歳ちょっとの若い子を・・・でも、メインクーンの子だったら結構大きいんじゃないの?そんな子を誘拐はちょっと難しいと思うけど」
「僕もそう思う。そもそも室内飼いの猫だろう?一般家庭ならともかく、お金持ちの子なら警備も厳重じゃないか」
 二人の質問に、すずは落ち着いて答える。
「目撃した人間は居ないけど、被害者のメイベルちゃんが誘拐されるところを、近所の野良猫達が見てたらしいにゃ。実は今までも誘拐事件がたびたびあったけど、どれも目撃者の人間は居なくて、目撃したのは野良猫達だけ。それで、CATのネットワークを通じて目撃者の猫達にチュールと引き換えに情報を話してもらったにゃ。その犯人たちの似顔絵がこちら」
 そう言って、すずは捜査に使っているタブレットを出してきて画像を見せる。そこには人の良さそうなおばあさんと、寄り添うように傍に立っているおじいさんの絵。絵面だけ見れば微笑ましいが、手に持っているのはキャリーに入れられた大きな猫だ。これが被害者のメイベルだろう。
「この人達が誘拐犯?そうは見えないにゃ」
「人は見かけによらないって本当だねえ。僕も気を付けないとにゃ」
 予想外の犯人達に驚く令とトム。
「おばあさんの方は、この家に出入りしていたハウスキーパー。メイベルちゃんの事も可愛がっていたらしいにゃ。事件当日は家事しに行く予定は無くて、家族全員が出払った日に来たらしいにゃ。他の事件とも共通点があって」
 タブレットで別の画像を見せる。そこにはまた別の老人が複数描かれていた。
「今まで起こった別の誘拐事件も、野良猫達に聞き込みをしたら、犯人達は全員老人だという事がわかったのにゃ。CATはこれを、組織的な犯罪だと見ている。年金暮らしの老人達がお金に困って猫泥棒をしているのにゃ。誘拐された猫達は全員血統書付きの高級な猫達。きっと捕まえて売り飛ばす気だと思う。犯人を捕まえて事件を解決しないと」
「でも、何でよりによってお年寄りがこんな事を?お金に困って泥棒なら、別に老人じゃなくてもいいにゃ」
 令の疑問に、トムが溜息をついて答えた。
「令ちゃん、そりゃ、老人は目立たないからに決まってるにゃ。若者が騒いでたら目立つけど、お年寄りがこそこそしてても誰も何も思わないでしょ」
「にゃるほど」
 二人がしゃべっていると、猫用パソコンを触っていたすずが声を上げた。
「令ちゃん、トム、今犯人とおぼしき奴らがメイベルちゃんを連れてどこかへ
向かうらしいって情報が入ったにゃ。どこかへ連れていかれる前に止めて!」
「了解!」
 仲間の危機を救うべく、令とトムは猫用ジェットに飛び乗り、現場へ急行した。

「やれやれ・・・この年になると運転もかなわんのう」
「急いで、急がないとブリーダーが帰っちゃう」
「うるさい、わしだって急いでるんじゃ!おや?」
 高齢者マークをつけた車を運転しているのは、メイベルを誘拐したおじいさんとおばあさん。運転しているのはおじいさんの方で、助手席にはおばあさんが乗っている。二人はぶつくさ言いながら人気の無い路地を進む。後部座席には、小さめのキャリーケースに無理矢理入れられたメインクーンのメイベルが入っていて、今から闇ブリーダーに高額の値段でメイベルを売りつけに行くところだったのだ。
 メイベルは心細くて、にゃーんとサイレントにゃーで鳴く。
「心細いよお・・・おうちに帰りたい。パパとママとまもる君に会いたいにゃ!メイベル、おうちに帰りたい!」
 しかし猫の世界に警察は居ない。このままメイベルは一生家に帰れないのか・・・と思った時。
「おや?あれはアメリカンショートヘアじゃないか!こりゃ高く売れるぞ!」
「止めて!捕まえるよ」
 車の前に突然、とんでもなく可愛いアメリカンショートヘアの猫が出現。めちゃくちゃ可愛く鳴いている。老人二人は車から降りて猫を撫で、にゃーにゃーと可愛く鳴く猫を車に連れ込もうとした。猫はにゃーにゃーと鳴き続けている。・・・かと思いきや、突然鳴くのをやめた。
「鳴くのをやめたのかい?」
 老女がそう問いかけた時、老人が吹っ飛んだ。老女はびっくりしてあたりを見渡した時、そこには後ろ足で立ち、ゴーグルをかけて腰に銃を持つ、もっふもふの黒猫が居た。
「ええええええ?!ね、猫が立ってる?!」
 老人をぶっ飛ばした令は、老女に向かって猫パンチをお見舞いした。これで倒れるかと思いきや、意外としぶとかったおばあちゃん!どこからともなく取り出した杖を振り回して、令を攻撃する。
「きええええええええええ!食らえ、この化け猫!あたしの彼氏に何をすんのさ!」
「えっ、おじいちゃんとおばあちゃんは付き合ってたのかにゃ!」
 まさかの関係性に衝撃を受ける猫。夫婦じゃなかったのかよ!
 びっくりしつつも老女の攻撃を避けて、令は渾身の猫パンチをお見舞いする。
「これでどうにゃ!」
「ぐはっ!」
 攻撃を受けてよろける老女。おとり担当のトムははらはらしながら見守る。トムも一応戦えるが、戦闘担当じゃないのでそこまで強くない。
「きええええええええ!」
 老女がもう一度杖を振り回す。令は避けるタイミングを間違え、攻撃を受けそうになったその時。
「ぎゃあああああ!」
 老女が奇声を上げてぶっ飛んだ。見ると、そこには行けないと言っていた筈の兄弟猫・陸の姿が!
「令、待たせたにゃ」
「陸!どうしてここに」
 びっくりして声をかける令に、陸は答えた。
「話せば長いにゃ。そんな事より、令、猫パンチの準備は?」
「いつでもばっちりにゃ!」
「なら、今にゃ!」
 令の左手と陸の右手、ぴったりくっついた二匹の猫は、老女が起き上がった瞬間、強烈な猫パンチをお見舞いした。
「ぎええええええええええええええええ!」
 老女は絶叫を上げて倒れた。敵を倒し、きょうだい二人はハイタッチ。
 その間にトムは車に乗り込んで、メイベルを救出していた。自分よりもでかい猫を連れたトムが令と陸の元へやってくる。
「二人とも、メイベルさんを助けたよ」
「本当に、何てお礼を言ったらいいか・・・感謝しますにゃ。CATの存在は知ってたけど、まさか自分がお世話になる日が来るとは思わなかったにゃ」
 感激してお礼を言うメイベル。令と陸は顔を見合わせ、笑った。
「いえいえ、私は当然の事をしたまでにゃ。ね、陸?」
「そうそう。メイベルさんも良かったらCATに加入しませんか?」
 勧誘したが、二人のすさまじい戦闘を目撃していたメイベルは引きつった顔で、
「い、いえ・・・遠慮しとくにゃ」
 と断ったのだった。

 その後、老女の奇声で寄ってきた人間達を記憶消去の機能付き麻酔銃で全員眠らせ、東京の猫達を応援部隊で呼んで、全員で猫用ジェットに乗り、チェーンで各機体を繋いで、ジェットで老人二人を警察署の前まで運んだ。すずのタブレットにあった犯行現場の写真付きで。
 メイベルは無事飼い主一家の元に戻り、同じように全国各地で誘拐されていた猫達もCATの活躍によって飼い主の元へ戻った。被害者の猫達にはCATから通信機付き首輪が贈呈され、もし次に何かあった時にはこれで遠慮なくCATに通報するようにと指導があった。
 犯人の老人達は全員逮捕された。すずが睨んでいた通り、彼らは組織だった老人達の猫泥棒グループだったらしい。グループの名前は全国猫泥棒連盟。リーダーが、メイベルを誘拐した二人だったのだ。ひとまず彼らは逮捕されたが、もしまた彼らが出所してきた際、再び戦う事になるかもしれない。それに備えて戦闘技術を磨き続けようと、令は心に決めてかつおぶしを貪り食うのだった。
「それにしてもかつおぶし美味しいにゃあー」

 デートから帰宅した佐々木夫妻が目にしたものは、かつおぶしをたらふく食って、お腹いっぱいで眠っている令の姿だった。だらしなく眠っている愛猫のお腹を幸せそうに撫でる彼らは、今撫でている娘同然の猫が、実は秘密組織の猫だなんて、知る由もないのだった。
                                   次回に続く

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?