小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル 第三話

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第三話

 深夜、佐々木夫妻が暮らす広島県内の自宅にて。
 夜型のライター妻、朝方の会社員夫と、生活リズムがまるで違う二人だったが、この日は金曜日。久しぶりにディナーデートをして、しこたま酒を飲んで酔っ払った妻を連れて帰宅した夫。二人はくたくたに疲れていて、いつもは夜型の飼い主二号も、一号と一緒に早々と就寝したのだ。
 という事は、あとは猫の天下である。
 令は一旦は二人と共に眠り、しばらくして熟睡した彼らが絶対に起きないと判ってから、首輪の通信機に向かって呼び掛ける。
「こちら、令だにゃ。今日は何も無さそう?」
 任務がある時はもちろん、CAT日本支部から連絡がある。任務が無い時も、毎日一応通信機で支部へ呼びかけて、緊急の任務が無いかどうか確認するのが義務だ。
 しかし、通信機の向こうから聞こえてきたのは、大阪在住のリーダー・ごん太の、
「んごー、んごー」
 というバカでかいいびきで、他のメンバーもあらかた眠っているのか、応答が無い。
「今日は任務が無いのかにゃ?」
 とつぶやき、令が通信機を切ろうとした時、なじみのある京都弁が聞こえて来た。
「令ちゃん、うち、みたらしや。ちょっとうちの家へ来てくれへん?他のメンバーはもうみんな寝てはるし、令ちゃんしかあてにできひんのや」
「みたらしちゃん!珍しいにゃ、何があったのにゃ?」
「来てくれたら話すわ。とりあえず、来てくれたらほんま助かるわあ。うちの家の住所は知ってるやろ?」
「了解にゃ。すぐ行くから、待っててにゃ」
 通話が終わると令はすぐにおもちゃのねずみの形にしか見えない猫用ジェットを取り出し、軽く投げるとジェットの形になった。腰に麻酔銃、カラフルゴーグルを装着し、ナビに目的地を入力。みたらしの住む家を設定して、いざ出発。いつものように窓をそーっと開けて先にジェットを家の外に出し、窓を器用に閉めてから乗り込む。霧を出してシークレットモードにし、人間達から見えなくする。今回はシークレットモード必須だ。何故なら、みたらしが住んでいるのは観光客でいっぱいの、京都だから。
 今日は広島から京都へ行くので、東京へ行くよりは時間がかからなくていい。上空を飛んでいると、見える風景がどんどん変わっていく。最初は令のいる広島の街、続いて左右を山に囲まれた高速道路の上。びゅんびゅん車が走る高速道路の上を、令もびゅんびゅん飛ぶ。
 みたらしは京都在住の三毛猫で、令とは同い年。広島の保護猫カフェファミーユで出会った時から、子猫心にずいぶんしっかりした猫だなあと思ったものである。人間に育てられると飼い猫は成猫になっても子猫みたいなのも珍しくないが、みたらしは違う。いつも甘えん坊で四歳になった今でも飼い主夫妻にべったべたに甘えている令とは違い、みたらしは子猫の頃からかなりしっかりしていた。自立心が強かった彼女は、保護猫カフェでも滅多に客には触らせなかったし、他の猫達ともあまり遊ばない。同じファミーユで育った幼馴染の猫達とは仲が良いが、それでもみたらしがこうやって他の猫を頼るのは珍しい事である。
 彼女は京都の老舗和菓子屋に飼われており、裕福な家の猫である事は間違いなかった。CATの中で経理やメンバーの給与計算、総務的な事を担当している彼女は、リーダーのごん太を支える重要なメンバーの一猫だ。
 ジェットを操縦している間に風景に変化が起こり、趣を感じられる古い寺や神社が多く見られるようになった。京都へ入った事を令は知る。京都タワーなどの有名な観光地を通り過ぎて、地元民が多く住んでいる地域へ向かう。
 やがてナビが反応し、大きくて古い日本家屋が眼下に登場。静かに庭に下り立つ。庭は立派な日本庭園だった。ジェットを元の、猫のおもちゃの形に戻してそっと咥えると、よく見知った三毛猫が縁側で手招きしていた。
「令ちゃん、こっちにゃ」
 みたらしに続いて、古い屋敷の奥へ奥へと入っていく。皆寝静まっている家は暗く、不気味な程静かだ。人間では通れないような隙間を猫は通れるので、隠密作戦にはもってこいである。ある和室にたどり着き、床の間に乗ったみたらしが掛け軸をちょいちょい、と手でめくると、そこには猫一匹が通れるぐらいの穴が開いていた。
「ここや」
 みたらしは穴の中へ入っていく。令も彼女に続く。
「!」
 穴の中へ入ってみて驚いた。そこは別世界だったのだ。
 猫用パソコンや、猫用電卓、様々な書類、猫一匹が座れる大きさのデスクと椅子、人間にしては明らかに小さすぎる大きさのコーヒーメーカーとマグカップ。またたびコーヒーと書いてあるコーヒーの粉。和風なシャンデリア。小さな食器棚には、和風でおしゃれなマグカップやティーセットがずらり。気分転換に使うのか、猫用のおもちゃも多数。任務に使う首輪や、猫用ジェットもあった。今はおもちゃのねずみの形をしている。
「すごい!これ全部、アルファが作ったの?」
 またたびコーヒーの準備をしているみたらしに令が問いかけると、彼女は笑って答えた。
「それなんやけど、食器とかは、前の猫が使ってたらしいのや。どうも、前の猫も・・・CATのメンバーでな、その猫さんがここを使うてたらしいわ。不思議やろ?」
「ええっ?!そうだったのにゃ?!CATのメンバーってどこにでも居るんだにゃー。にしても、教わってないのに、よくこの部屋が判ったね、みたらしちゃん」
 令がそう聞くと、みたらしは意味ありげに微笑み、コーヒーを淹れてデスクに座る。デスクの前にもう一つ椅子を置いて、令に勧めた。デスクの上にはコーヒーが二つ。令とみたらしはデスクを挟んで向かい合うように座った。
「さて。本題に入るにゃ。このコーヒー美味しいにゃ・・・じゃなくて、何で私を呼んだのにゃ?一体何が?」
 またたびコーヒーを一口飲んだみたらしは、苦い顔つきになりながら事の次第を話し始めた。
「最初は、ここで皆の給与計算をしてたんやけど、そしたら、どうも計算が合わへんくなって、それでごん太に確認したんどす」
 猫達の給与は、猫だけが使えるクレジットカードのようなものに、ポイント制として与えられる。任務に必要な道具はすべてCATから配布されるが、それ以外に、道具が壊れた時の修理代をそこから払ったり、長時間の任務の際は給与から食事を購入したり。CAT本部でキャットフード等が購入できる。
 時たまCATのメンバーで、希望者を募り社員旅行のような事もする。CAT専用の猫ホテルを猫自身が運営しているホテルが全国にいくつかあり、人間に隠れてこっそり営業している。そういうホテルに泊まって、昼間は猫用ジェットをシークレットモードにして空を飛んで観光・・・。贅沢な社員旅行だが、その宿泊代も各自が自分の給与から払う。猫達はそんなに給与を使う事は無いが、時々必要になる事もあるので、給与は必須だ。
 歳を取ってCATを辞める際には、今まで働いた分を退職金として、まとまったポイントをもらえる。ポイントを猫用のおもちゃやチュールなどに交換して現物支給の形を取る事もできるし、ポイントのままにしておいて猫用ホテルに元CATメンバーとして宿泊する事もできる。猫の世界にも人間の会社みたいなシステムがあるのだ。
「計算が合わない?でもみたらしちゃんが計算間違える事なんて・・・」
「そしたら、いつの間にかごん太が新メンバーを雇い入れてたんどす!うちに何の相談も無しに!いっつもいっつも新メンバーを雇う時には一言声かけてんかって言うてるのに、全然守らへん!CATの経理全般を任されてるんはうちやのに、そない勝手な事されても困るんどす!」
 怒りを露にするみたらしに、令はびっくりして黙る。ひとしきり愚痴を言った後に、みたらしは溜息をついて話を続けた。
「それで、新メンバーの事なんやけど、まだ研修とかが終わってへんから任務に出せへんのどす。ほんまやったら今頃研修する予定やったんけど、新メンバーの猫が飼い主さんと一緒に長期の旅行に行ってしもて・・・。どうもキャンピングカーを借りての旅行やったみたいで、そしたら飼い主さんの目を盗んで研修すんのは無理やろ?それで研修は延期になったんどす。その事をごん太と話し合いたかったんやけど、今日はもう寝てしもたし・・・。なんや腹立ったから、令ちゃんに今日来てもらったというわけ」
「な、なるほど・・・それは大変にゃ」
 コーヒーをすすりながら、愚痴を聞くために呼ばれたのか?と思う令。
 しかし、みたらしにはちゃんとした目的があった。
「それから、メンバーに配る用のキャットフードの在庫があまり無いらしいんやわ、工場がこっからそんな遠くないから、令ちゃん、行ってきてくれへん?うち、経理の仕事せなあかんのどす。搬入に必要な道具も貸すから」
「そういう事なら、了解にゃ!でも、私一人?」
「かんにんな、令ちゃん。頼むわ」
 そこまで言われたらしょうがないので、令は一人、工場へ向かった。
 
 工場は静まり返っていた。夜勤の従業員は居ないのだろうか?猫用ジェットで飛んできた令は、ジェットを元のおもちゃに戻して、腰のベルトに括り付けると、工場の中へ慎重に歩みを進める。中に入ると、至る所に、キャットフードが山積みになっていた。一人での任務は随分久しぶりだ。いつもは大体、陸と一緒か、おとり担当のトムと共に潜入し、ハッキング担当のすずが援護してくれる・・・。
 物陰に隠れて中に進んでいくと、大きな機械がいくつもあり、キャットフードを作るためのものだと容易に推測で来た。ただ、今機械は止まっている。
 奥の方から、談笑する男達の声が聞こえて来たので、夜勤の従業員かな、と令は思った。
「さて、任務開始にゃ」
 無造作に積まれているいくつものキャットフードの大きな袋に向かって、みたらしから借りた別の銃を発射する。これはアルファが作った新しい道具で、まだメンバーに支給する段階には至っていない、いわば試供品。みたらしは何でこれをもらったか不明だが、とにかく二つあるボタンを発射すると、何袋ものキャットフードは手のひらサイズに小さくなった。ちなみに反対側は、物を大きくするやつ。
 令はそのまま逃走しようとした、その時。
「え、猫?!」
 予想外の方向から、作業着を着た男達が現れて、令はパニックになる。咥えていたキャットフードが落ちそうになる。その声を聞いて、もう反対側から別の男達が出てきて、令は囲まれてしまった。
「猫や!可愛いなあ!」
「何でこんなところにおるんや?」
「猫可愛いなあ」
 男達は口々に言いながら令に向かって撫でようと手を伸ばす。令は全身の毛を逆立てながら、もう駄目にゃ・・・パパ、ママ・・・と飼い主夫妻の顔を思い浮かべながら、ぎゅっと目を閉じた。
 と、その時。
「ぎにゃっ!」
 すごい声が聞こえて、目を開けると、一匹の三毛猫が男達に襲い掛かり、次々と猫パンチで気絶させていった。
「うわっ!」
「ぐはっ!」
「な、なんやこれ・・・」
「うわああ!」
 彼らは口々に叫びながら倒れていく。
「みたらしちゃん!」
 令はキャットフードを口から落として叫んだ。振り返ったみたらしが、令に向かって、
「令ちゃん!後ろ!」
 その声で振り向くと、令に向かって手を伸ばそうとする男が一人。
「ぎにゃあ!」
 令は男に向かって渾身の力で猫キックを食らわした。
「ぐはああ!」
 男は令の一撃で倒れ、気絶した。
「令ちゃん、今のうちに麻酔銃や!」
 記憶消去機能つき麻酔銃を工場中にまき散らし、令とみたらしは工場から退散した。
 アルファの試作品を返した後、みたらしの家の庭で、猫用ジェットに乗り込む令を、みたらしは見送る。令は助けてもらったお礼を言った。
「みたらしちゃん、本当にありがとうにゃ!戦ったら強いなんて知らなかったにゃあ」
「まあ、うち人を殴ったりするの好きやないから。令ちゃんこそ強かったよ、ほんまよ」
 みたらしはジェットに乗る友を見上げて、微笑んだ。
「みたらしちゃんは本当にすごいにゃ。いつかお礼させてにゃ」
「そういうの、かまへんから」
「いいからいいから」
 しつこい問答の後、みたらしは意地悪そうな顔で笑う。
「ほな、令ちゃんと一緒にご飯でも行こか。うち、食べさせたいもんがあるねんけど」
「何にゃ?」
「ぶぶ漬けでも、どうどす?」
 意地悪そうなその笑い方に、令は嫌味を悟り、お礼するのは諦めた。
「じゃあ、もう帰るにゃ」
「気をつけてな」
 令はジェットを発信させ、目的地を自宅に設定して、飛び立った。京都の街はどんどん遠くなっていく。もし自分が人間だったら、京都の街を自由に観光したいなと、令は思った。

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