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(連載小説:第7話)小さな世界の片隅で。

前回巻末:歩がデイサービスへ向かう場面から

(連載小説:第6話)小さな世界の片隅で。

といえるのも、歩はいわゆる転職組だからだ。

歩には、一般企業に勤めていた過去がある。
過去の事を振り返りながら、歩は、歩き続けた。

デイサービスへ向かう、歩の足取りが少し重くなるのが、自分でも分かった。そして、それが何なのかも。

向かう先の、デイサービスの玄関前には、出発前の白いハイエースや軽自動車(送迎車)が、数台、頭をこちら側に向けて止まってのが見えた。

朝の陽の光に照らされ、眩しく反射する、その姿は、臆病で、ほの暗さを秘めた歩の心に、今にも襲いかかろうとする猛獣の群れの様に見えるのだった。

第7話

(X-7日)
猛獣の群れが放つ眩しさに耐えきれず、歩は、軽く斜め下へ目をそらした。

”はぁ…。”
心の中で、ため息を一つ漏らす。

歩は、いつもの様に、軽くうつむき、肩を落とした状態で、とぼとぼとデイサービスへ向かいながら、過去の事を振り返っていた。

背後から朝日が差す、院内の路面には、少し長く、軽くうつむいて歩く、情けない歩の影が、しかしぴったりと歩に寄り添っているのであった。

この病院へ来る前、歩は、一般企業で働いていた。

歩は思い出していた。若い日の事を。

歩は、大学卒業後、辛くも中小企業の商社の営業職に就職した。
しかし、この”商社”、”営業職”という、営利目的でひたすら利益や数字を追いかける、良くもも悪くも、数字、結果が全ての世界。そして、常に何かとの競争を強いられるという商社の気風が、歩の持つ気質に全く合わず、諸々の叱責、パワハラ等の社内政治の洗礼を受け、体調を崩してしまい、1年足らずで辞める事となった。続けたいとも思わなかった。

もちろん、そこでの経験や学ばせてもらった事には、感謝しているけれど…。

退職後、しばらく非正規雇用の会社で働きながら、今後の自分の人生や、仕事の事等を考えていた。

当時の求人には、理系の技術職か、同じく、中小企業の営業畑の仕事。大手企業の非正規雇用、大手の人材派遣会社等の求人が目立っていた。
そして、理系の技術職には、※要経験者と注意書きが書かれていた。

しかし、どの仕事も、歩にとっては、長く勤められるようには思えなかった。

営業畑の仕事では、前職での経験から(会社にもよると思うが)人と競って、必要であれば人を蹴落としてまで取ってくる仕事の仕方や、

何よりも、社内政治や、(仕事の成果と関係のない)人からの評価で、与えられる仕事が決められてしまう事。

仕事の成果とは、直接関係の無い、その場その場で変化する複雑な人間関係を構築しながら、それを維持する事に、神経をすり減らす事。

表面上と水面下の両面で本音と建て前の付き合いがあったり。
直接的に罵声を浴びせられる事もあれば、
人を出し抜く為の、仲間内でのあげ足の取り合いがあったり。
特定の人間に有利な人間関係が暗黙の内に作られ、その中での立ち回りや、その中で排除したい人間が出来れば、排除する側の人間が、あくまで、排除される側の人間に注意が向かない形で、周囲の影響力を使って、邪魔になりそうな人、嫉妬の矛先になりうる人を排除しようとしたり。

”仕事”を取り巻く、この様な人間関係に、疲れきってしまったのである。
考えるだけで、うんざりした。

もちろん、それらを全部含めて広義の仕事だという事は理解している。
併せて、それらに対応する事も大事だという事も。

そして、それが上手くこなせない自分は、=”仕事のできない、使えない人間”である事も。

しかし、それが出来ない事によって、本来の仕事(業務)における、現在や将来の自分の可能性まで狭められてしまう状態に追い込まれてしまう事。
また、その場に身を置き続けている事が耐えられなかったのだ。

どうしようもない、濁が多めの清濁を無理やり併せ飲み、飲み過ぎた濁は、腹に残った。
自分自身がどんどん、卑屈で嫌な人間になっていくのが分かった。

自分をこれまで支えてくれていたものが、踏み躙られ、世界が歪んで見える様な気がした。

歩は、自分で、”商売”や”利害関係”の強い職種には、とことん向いていないと思った。

他方で、理系の技術職に関しては、今更得意でもない、理系の勉強をし資格を取ったところで、その先はついていける気がしない様に思えた。ここでいう、※要経験者には、到底なりえないような気がしたのである。

色々考えた結果、転職という、今までと違う入り口から入っても、どのみち、中で、同じ事を繰り返す事になりそうに思えたのである。

”はぁ…。これから、どうしようか…。”
八方塞がりの様に思えたのである。

そんな時、歩は、ふと、当時よく通っていた地元の小さな本屋に行ってみたのである。

いつもの様に、何気なく本屋を回ってみていると、

資格試験のコーナーで、様々な資格の職業の本が置いてある事を知った。

その中で、この”理学療法士”という資格の本を見つけた。

ガイドブックの様な、その本を手に取り、ページを開くと、冒頭に、

”リハビリテーションとは、ラテン語の、re(再び)+habillis(適する)という語源から来ており、けがや病気の為に奪われ、傷つけられた尊厳・権利・人権が本来あるべき姿に回復すること。リハビリテーションの目的とは、全人間的復権である。”と書かれていた。

その言葉に何故か惹かれた。
これなら…。と思った。

歩の気質に合いそうだとも思った。
営利的側面が少なく、自分のペースで生涯をかけて学習でき、それが、人の為になるような仕事であると思ったのである。

田舎の古びた小さな本屋の片隅で、ガイドブックを立ち読みしながら、その時(当時は)、病気を抱えた人、普通のレールから一時外れた人の、一時ではあるが、”混じり合えない何か”を抱えた人の気持ちであれば、こんな自分でも、いや、こんな自分だからこそ、何か役に立つ、役に立てなくても、寄り添う位ならできるかもしれないと、その当時は青臭いけれど、そう思ったのである。

その後、養成校へ通い、資格を取った。
養成校のお金は、前職で貯めていた貯金と、足りない分は、両親に頭をさげ、一時的に借してもらった。

ここでも、やはり情けないのである。

話を少し戻す。
リハビリ職の待遇について云々言えるのは、前職の営業職の時の待遇とさほど変わりない事を知っているからだ。
むしろ、待遇だけみれば、手当があった前職の方が、よかったかもしれない。

しかし、歩が当時、求めていたのは、お金ではない様な気がした。

お金も大事だけどね‥。

”そうだ、そう思っていたんだよな…。”
”気づかぬうちに、余計な事をいっぱいくっつけちゃってたんだな…。”
歩は内省した。

デイサービスの玄関前に着き、再度検温、アルコール消毒をする。

デイサービスセンターの自動扉が、ブーンと空いた。
気のせいか、少し、緊張が高ぶるのが自分でも分かった。

来所前のがらん、とした空間の一角の利用者用のテーブルの前で、通所常勤の療法士、上司の杉山さんが書類にチェックをしながら待っていた。
杉山さんも歩と同世代である。

自動扉が開き、歩が入ってきた事が分かると、
杉山さんはゆっくり顔を上げた。

歩と目があった。

歩の背筋がヒヤッとした。
頸~肩の筋肉に、少しだけキュッと力が入った様な気がし、
その力は、抜くことが出来なかった。

”お、おはようございます…。杉山さん…。”
歩は、”何か”に身を任せていた。

”おはよう…”
杉山さんは、静かに答えた。

道中、寄り添った、情けない歩の長い影は、デイサービスセンターに入った頃には、いつの間にか姿を消していた。

(次号に続く)

※本日もお疲れ様でした。
社会の片隅から、徒歩より。

第6話。

※第1話はこちらから。




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