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自分の形

今日はカウンセリングの日だった

すごく疲れた

頭の中にある
まっすぐな気持ちをそのまま
人に伝えるって
なぜかすごく疲れる

気を遣ってるとか
そういうことではなく

体の中にある言葉を
ベリベリはがしながら
労力を使って話している感覚

何か大きな事件があったから
話すわけではなくて
小さな出来事
日常の中で感じた感情を
伝えていくと
不思議と体の中が綺麗になるのだ

掃除と同じで
労力を使うけど
結果綺麗になって気持ちいいみたいな感じ

久々に妹に会って
結婚の話を聞いたこと

弟がメンタルクリニックに受診したらしい
という話

母は相変わらずだという話

私自身は
転職して思いのほか順調だということ

話していく中で
感じてくる新たな感情もある

たとえると
今まではシャボン玉の中で生きているような感じだった
2cmくらい宙に浮いていて必死で足をバタバタしているような

生きてはいるんだけど
現実味が薄い時もあって
必死で動いているのに
何も変わってない
なのに心身ともに疲れる

今やっと
足が地面についている感覚ですと
気づいたら話していた

カウンセラーさんは
お母さんと離れたことで
きっとようやく自分の人生になったんですね
お母さんの人生ではなくて
と言ってくれた

今までも物理的に
母と離れて暮らしたことはあった
けど今回は
やっぱりこの人とは離れないとだめだ
と意識して離れたことが大きかった

普通の人にやっとたどり着いた
39年かかりました

帰りに家の近くの神社に
ふと立ち寄った

最寄り駅を降りたら
神社の大きな看板が目に入って
行きたいなと何となく思ったのだ

大きな鳥居をくぐると
セミの鳴き声が大きく響いて
蒸し暑い空気の中
風が神社の中を爽やかに通り抜けていた

広い神社の敷地の中に
いくつかお参りできる場所があって
敷地の一番端にある
小さな鳥居の中を初めてのぞいた

そこには面積の割には
大きな狛犬が2匹いて
口を大きく開けて
にらみを利かせて
しっかりとこちらを見ていた

白い紙のお飾りが
風にゆらゆらと揺れていた

狛犬に
何をしに来た
と言われた気がして

自分を見つめに来ました
と心の中で返した

そうしたら
不思議と涙が出てきた

そうか
私の人生は
自分を見つめることなのかもしれない

自分を見つめるために
生まれてきたんだと

一つ答えを出せた気がした

お礼をして神社を出た

自分って何?
自分ってどんなものなの?

断定したり形容するものではなくて
自分の形をしっかり感じた

何が好きで
何に感動して
どんなふうに生きたいのか

普通の人は
物心ついたら
こんなこと当たり前で
普通に自分の人生なんだろうけど

自分の意見や好きなことを
否定されたら怒ったり
こんなことをされたと
しっかり自分を尊重する

当たり前のことが
今まで私は薄かった

不思議な感覚だった

今の方がずっと楽だ

考えすぎるのをやめるって
どうすればいいんだろうと
思っていたけれど

私の場合は
自分を知って
自分で自分を認められた時から
軸が少しずつ育ってきて
考えなくてもいいことは
視線も意識もいかないようになった

考えたとしても
一旦答えを出さずに様子を見たり

一日くらいこんな日があってもいいよな
と考えて眠れない一日を認めたりしていた

その代わり
許せないことも
しっかり感じられるようになった

私という人間を
傷つけようとする人や
どうでもいい存在として
扱う人が現れたら

ちゃんと距離を取ること
相手と同じ温度で対応することなど

世界で一番大切な自分に何してくれてんだ
という意思を表明するということだった

反対もしかり
大切な存在
好きな人
大事にしたいと思うことには
ちゃんと思いを寄せていきたいという気持ちが
すごく強くなった

こんな風に自分も変わった

性格というよりは考え方
物事の捉え方が変わった感じ

自分にとっては
それがすごく大きいことだった

100人の人がいたら全員に好かれたかった
母に変わってほしかった
頑張ってきたことを誰かにしっかり認めてほしかった

全部誰かに求めていたことをやめた

100人いたとして
大切にしたい関係の人は誰?
逆に他人を大切にしていない人には
何も思う必要ないよね

母は一生変わらない

私は今までよく頑張ったし
ちゃんとやってきたよ

52Kgという私をしっかりと感じる
意思があり
感情がある
それでいいんだということ

カウンセラーさんは
まだ今の感覚に慣れてないから
しっかり地面が固まってきたところだから
慣れてきたときに
もしかしたらお母さんのことも
捉え方が変わるかもしれませんね
と言った

母との関係が
ここまで自分にとって
根深いものだったとは
思っていなかった

それに気づかずに
人生を終える人もいるであろうけど
私はここだったんだ

ずいぶん時間がかかったけれど
気づくことができて
変わることができて
本当に良かったと思っている

ようやく現実が始まる
そんな感覚







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