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学会遠征編ショート版 第44話 バンコク散歩道

スーツケースへの労り

 一昨日バッポン通りまで歩いたので、その道まではよく知った景色である。他に気づいたこととしては、歩行者信号の音だろうか。日本では2種類の鳥の鳴き声だが、こちらは縦方向も横方向も同じ音で、青信号の時間が少なくなるとテンポが速くなるというような、焦燥感を掻き立てる音となっていた。また、日本の信号は片方の道が赤になってからもう片方が青になるまでに若干間があるが、タイではそんなゆとりはなかった。すぐに通行可になるため、見切り発車も込みで車のフライングが早い早い。名古屋の運転が安全に思えてしまうほど混沌を極めた道路事情である。しかも今はスーツケースを引いているので、何かあっても反射的に動くのは難しい。まだ自分一人だけなので良かったが、他の人と一緒に来ていたらこんな無茶な歩行旅は繰り広げなかっただろうなと思っている。というかそもそもタクシーが割り勘で安くなるので、無理せずタクシーを乗り回していたことだろう。
 しばらくまっすぐ進んだ。片手に持つ水は時間を待たずにぬるくなっていく。カバンの中の回復アイテムも有効期限の短いことだろう。日本で有名な某大型雑貨屋を前にしたところで1本目を飲み終えた。平日の日中だからか、そこまで人通りが多いわけでもない。その代わり、道路の混み具合は尋常ではない。花粉症のときの鼻のようにグツグツである。これは確かにバイクでスーッと通り抜けたくなるのもわかる。歩いたほうが早いくらいに車が進んでいない。どこからかけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。この国の救急車とパトカーは似たようなサイレンでどちらなのかよくわからないが、音が演出するただならぬ緊急感は日本の物と引けを取らない。よく見てみたところ、後ろの方に救急車が頭を光らせていた。一大事である。しかし、ふとした瞬間にサイレンが止んでしまった。もしやと思い悲しい気持ちになりかけたが、渋滞の列が動き出した時に再び鳴らし始めた。ただただ音を節約していただけということだろうか。確かに、救急車の目の前を走っている車からすれば、どいてあげたいのに身動きが取れず、うるさいサイレンを聞き続けなければいけないという苦痛を味わなければいけないので、そういった配慮なのかもしれない。
 小腹が空いたので、いつぞやに買ったパンを食べた。ぱっと見はランチパックだがタイ語なので何アジ化はわからない。一口かじってみたところカニのような味がした。よく見たらパッケージにちゃんとカニのイラストが乗っていたのだ。これを市販のパンにするとは僕の発想にはなかったが、意外と美味しいので気に入った。水も順調に減ってきている。
 大通りの交差点はできることなら歩道橋を使いたい。スーツケースは持てばいいが、問題はその階段手前に立ちふさがるでかい犬である。2匹、いや3匹いた。僕は犬が苦手なので恐れおののいたが、ここで怯んでは帰国できない。勇気を振り絞って前進した。近隣の住民は何も気にせず通り過ぎているので、僕も何食わぬ顔で通ればなにもされないはずである。そう信じて通過したら、見事になにもされなかった。よくよく考えればそうだろう。こちらから挑発したわけでもなければ、美味しい香りがするわけでもない。おびえる必要などないのだ。

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