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「来訪者たちの黄昏」 (短編小説)
駅からすこし歩いた通りの両脇に、あたたかそうな灯りを抱えた店が並ぶ。
それぞれ思い思いの立て看板におすすめメニューを掲げ、店先の赤いちょうちんに誘われてサラリーマンが入っていく。
その男も仕事帰りに馴染みの居酒屋にふらりと立ち寄った。
「っらっしゃーせー!」と一昨日より大声で叫ぶバイトを見ると大将の再教育がなされた賜物だろう。
ふと奥を見やると、3人の見慣れない客が座敷を陣取って、深刻な話を無理に進めようとしている。
どの男も一度視界から離れると二度と思い出せないほど特徴のない平凡的な顔の持ち主で、そのスーツも着慣れてないのかどこか浮いて見えた。
大将に目をやると、菜箸の後ろで頭を掻きながら「へえ最近、毎日おいでになるんで。 みなさん酒も飲まずに話し込んでいる様子でして」と漏らした。
この店に毎日来て、酒も飲まずに話してることに感嘆し、なにをそんなに話し込むのか俄然興味が沸いた。
聞き耳を立てると、どうやら「若者たちをどう攻略するか」の議題に答えを出せないまま無益な時間を過ごしているようだ。
『ほう、若い世代に悩むご同輩か』
しばらく聞き耳を立てながら、揚げたてのレンコンはさみ揚げを3杯目の生ビールで流し込む。
「……いっそ、実力行使をした方が」
座敷の男たちの舳先がなにやらきな臭い方向に向くのを聞いて、酔いに任せカウンターの席を立った。
「それはどうなんでしょうな。 そこは慎重であるべきです。 ……いや、これは失敬」
男は座敷の三和土に片尻を載せ、男たちに前のめりに向かう。
「そういうもんでしょうか」
正面で肩を落としていた七三分けの男が吐息のように聞いた。
男は手に持ったジョッキを座卓に置き、本格的に錨を下ろした。
「曲がりなりにも人事部部長を拝命して10数年、手前味噌ですが人を見る眼には自負があります」
申し遅れました、と流れ作業で上着の内ポケットのケースからススッと名刺を差し出す。
「いまの若者はZ世代と言われ、まったく理解の範疇を超えています。 まさに宇宙人ですな」
「宇宙人…… ですか」
右側に座っているツーブロックの男がグレーのスーツの胸を押さえながらつぶやいた。
「ええ! 集団意識は統一しているのに、申し合わせた風もない。 テレパシーで連絡しあってるかのようで。 個々の能力は非常に高い分、敵にまわすとやっかいな存在ですな。 おーい!」
舌の回転は暖機運転を終えたらしく、人事部長はさらに燃料のハイボールを頼んだ。
3人の男たちは、ソフトドリンクのグラスをつかんだまま人事部長のご高説を真剣に聞いている。 左に陣取っている短髪の男は、グラスのなかの氷が溶け切っているのも気づかないほどだ。
「あと、あれですな。 わたしらにはわからない見えない場所で攻撃するんですわ。 裏アカ? SNSだかなんだか、ひとりで複数のアカウントから匿名で攻撃して抹殺するという恐ろしさ」
ごくりと固唾を飲み込む3人の男。
「抹殺…… それは恐ろしい」
「いやいや、やつらは腕っぷしはからっきしなモヤシもんですわ。 こちとら昭和平成と修羅場を闘い抜いた猛者ですからな。 あいつら、まだまだ新兵もいいとこですわ」
「なるほど……」
「わたしら企業戦士は絶えず前線で臨戦状態ですわ。 まぁ男は外に出ると七人の敵がいると言いますからなぁ」
言い放つと思い出したように、ジョッキのハイボールを一気に飲み干した。
「いや、こりゃ長居しましたな。 わたしはここらでドロンします。 いつか戦場で相まみえましたら、お手柔らかに頼みますぞ。 ご武運を!」
人事部長はガハハと赤ら顔で笑顔を撒き散らしながら「釣りはいいから、土地でも買って」と五千円札を出し、20円を受け取らずにのれんを片手で割って去った。
座敷に残った3人の男は先ほどよりさらに神妙な顔つきになり、言葉を失っていた。
「Z世代という他星人はテレパシーを使う厄介な存在みたいだな……」
「そのZ世代を物ともしない地球人がそれ以上いるとも……」
「歴戦の猛者集団である彼は、資料で見たニンジャだったのか……」
ツーブロックの男は自身の両肩を抱き、身震いして首をすくめる。
七三分けの男がスーツのポケットから、なにやら銀色の四角い板を取り出し表面を指でなぞると、ぼぅとあやしい光が灯る。
「緊急連絡」
左右の男たちは神妙な顔つきで、その動きを見守っている。
「わ、われわれには、この星の侵略は無理だ。 この星は好戦的な戦闘民族に溢れている。 ただちに脱出を……」
3人の男たちはカウンターに有り金をすべて差し出し、逃げるように黒々とした夜に消えていった。
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