憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の五十四
※其の五十三からの続きです。気軽にお付き合いください。
「あとは任せろ」と藤咲は言い、そのまま琴音先生に一言二言、助言をもらう。少し落ち着いたが、久しぶりの試合はアドレナリンが全開になった。着座して面を外す間に心臓の音は何度聞こえたか。
「ふぅ…………」
ようやく一息入れて、周りを見る。先生方は今の試合を検証しながら、旗の上げ方や立ち位置を確認したり、突き技の決まり具合を、竹刀を交えて実演する。
(まだ、心臓の音が聞こえる)
再度、息を大きく吐き、ようやく自分の感覚が戻ってくる。
「藤咲さん! ファイト!」
光の励ましに小手をギュッと握って藤咲は応える。
「では、最後! 大将の方、お願いします」
主審の一声で藤咲がスッと反転してコートへと向かう。相手の元チームメイト、相模原も力はある。私を抜きにすれば、石館中学は安条か相模原が勝ち頭だった。藤咲が礼をして、3歩進み、蹲踞。
「始め!」
号令で最後の大将戦が始まる。『もしかしたら苦戦するかも』の思いは杞憂に終わった。開始早々、藤咲が面を打つと見せかけて、小さなフェイクを入れる。当然、相手は面に来るだろうと察知して竹刀で防ごうと手元が上がる。そこを見逃さずに、左足を上手に次いで出小手に技を切り替える。パコン! たしかな音を立てて、まずコテありの1本。
「2本め!」
見たこともない技に相模原は動揺したか、藤咲相手にほとんど攻めきれず、中途半端にくっついて鍔迫り合いの状態になる。相模原がどうして崩そうかと手元でガチャガチャするだけの中学剣道など、藤咲に通じるはずもない。カシン! 音を立てて藤咲の引き面は一瞬の内に相模原の面を捉える。
「メンあり!」
「勝負あり」審判の号令を含めておおよそ1分足らず。戻ってきた藤咲は開口一番「話にならん」と言い切り「準備運動の方がマシだ」と言い放った。私の時のような派手さはないが、確実に仕留める技は強者を思わせる戦い方。藤咲は既に超高校級レベルだ。おそらく、藤咲が勝てないのであるとすれば、名門で日本一を何年も勝ち取り続ける、都内の武蔵女子学院高校だけだろう。暁大第三高校で活躍する、あの桜宮姉妹も今の藤咲なら簡単に蹴散らしそうだ。
「……なんだ?」
そんなことを思って藤咲の顔を眺めていたら、いつものように鋭い目つきで睨まれた。「強いね」と素直に言うも、いつものような態度に藤咲は戻る。
「……雪代にだけは勝てなかった」
息を吐きだしながらつぶやいたようで、こいつらしからぬ若干の弱弱しさを感じながらも、私たちは拳を合わせた。今度は素手で拳を合わせたので藤咲の思いもくみ取れた。100%協力するという言葉に嘘はなかった。こうして、無事?練習試合は終わりを告げる。
総武学園高校 4勝0敗 本数8
先鋒 中堅 副将 大将
北馬 月島 雪代 藤咲
ココ メコ ツツ コメ
メ ド
安条 高知 中山 相模原
先鋒 中堅 副将 大将
石館高校 0勝4敗 本数2
☆ 団体戦4人チーム。
更衣室に戻ろうとして、ふと石館高校の元チームメイトらを見る。顧問の金藤先生が身振り手振りで大声を出しながら指導しているようだ。少し離れているので完全には聞き取れない。
「……バカに…………簡単に……総武学園は必死なんだぞ! ……良い所…………潰している…………違いだ!!!」
ただ単に怒鳴っているわけではなさそうだ。中学時代、ダラダラッと顧問の話を聞いていた元チームメイトも今は少し違うように感じる。少なくとも顧問の目を見て話を聞き、押しつぶすように握りしめられた拳は悔しさを表しているようにも思う。
「……いいな!!!」
「はい……」と沈み込んだ声ぐらいは聞き取れるぐらいに少し近づいてみた。
「みんな! 声が小さいよ。負けて悔しいだろうけど、ここは気持ちを合わせようね!」
水菜が優しく諭している。相模原が頭を掻き、舌打ちでもしたそうなのを我慢して腹から声を出した。
「気をつけー!!! 礼ー!!!」
「ありがとうございましたー!!!」と注目を集めるぐらいの声を出して元チームメイトは解散した。そんな姿を見たこともなかったので、私は少し面食らった。水菜と遠目に目が合う。ペコリとお辞儀をされたので、思わず反応して頭を下げる。
「……なにをしてる。さっさと着替えて帰るぞ」
藤咲に言われて私も続く。校門で琴音先生とのミーティングも終わり、石館高校を後にしようとする。
「宇都木先生、本日はありがとうございました」
金藤先生が見送りに来てくれた。元チームメイトも一緒に。琴音先生もお辞儀して軽く談笑する。そして。
「……おい。雪代」
相模原が去り際に話しかけてくる。
「……今までのことは水に流してやるよ」
「……悔しいったらありゃしねぇ」
「でも、いいか! 覚えてろよ!」
安条、高知、中山が続き。
「高校3年間で絶対お前ら総武学園! 倒してやっからな!!」
完全な宣戦布告をされて、水菜が最後に締める。
「総武学園のみなさん、本日はありがとうございました。私は体のこともあり、剣道はできませんが、この子たちの思いを手助けできるようマネージャーを務めたいと思います」
なぜそこまで元チームメイトを庇うことが出来るのか不思議でならない。しかし、その笑顔の元にも強い信念を感じる。おそらく、私が知らない『絆』が5人にはあるのだろう。そこに関しては触れないようにした。
「雪代。少しは気も晴れたかしら?」
バスの中で琴音先生が剣道の時とは違う笑顔を見せる。
「……さぁ。どうでしょう」
などと私は言葉をかわすが、終わってみればどうも琴音先生と藤咲が私の事情を理解したうえで、石館高校へと誘い、因縁の元チームメイトと試合をさせ、気持ちに区切りをつけるきっかけを作ったと考えるのは、さすがに邪推か。私の家で反省会をしようと言い出だした光は、断る私を他所に、強引に家までついて来る。最後は私の家で自分たちなりの試合検証。などとは程遠く、光は私の卒業アルバムを見て喜び、藤咲は足を組みながらベットを占領して、私に説教をする。宗介は女子の家に行ったこともないのか、小さく体育座りして端っこに身を寄せる。
(なんなのよ一体……)
呆れと疲れでどうでも良くなった私をしり目に、母親は友達を連れてきたと大いに喜び、カレーライスをこれでもかと張り切って作る。光と宗介と藤咲の3人で合計10杯以上もおかわり(大盛)をして、最後は楽しそうに帰っていった。トラウマになるような1日になるかと思いきや、すべて終わってみたら、私にとって案外、忘れることもできない日となっていた。
続く