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こだわりのタイム ~野乃花と幅跳び~

※前回より続きです。季節は真逆ですが、気軽にお付き合いください。



 2日目まで野乃花ののかと一緒に幅跳びの練習をやることになった。この合宿期間は短距離中心のメニューをイメージしていたので意外だった。たしかに幅跳びと短距離は共通している部分もあるので為になると言えばそうだが、私はあまり幅跳びはやったことがない。ここは野乃花について回ったほうが良さそうだ。

志保しほに幅跳びの練習やれなんて以外だったね」

小走りで幅跳びの集まりへと向かう途中、野乃花がリズムよく歩幅を合わせて軽く跳ぶ。広い場所に出ると野乃花がよくやるいつものやつだ。

「私はあまり幅跳び得意じゃないんだよ。だから明日までみっちり教えてね」
「私が教えるんじゃなくて各校の先生が教えるんでしょ。どんな人が教えてくれるんだろうねー」

私も野乃花の真似をして軽く歩幅を合わせて跳んでみる。慣れていないせいか野乃花と違って体がブレる。跳んでいるときの野乃花は本当に気持ち良さそうだ。

「1,2,1,2,3……っと!」

体に教え込むように野乃花が口ずさむ。

「野乃花変わったよね。小学校の時は私に負けじと走る時はなにかと喰いついてきたのに」

小学校の時の記憶を少し回顧する。

「中学になってからは幅跳びのことをすみ先生に教わったからね。跳んでるあの瞬間が私は気持ちいいんだー。あ、あそこじゃない! 幅跳び組って」

プラカードに幅跳びと書いてある。初日の午後は中学生のみの合同練習だが人数はそこそこ集まっている。指導員の先生が拡張マイクを使って呼びかけている。

「え~~、本日は各中学校から幅跳びの練習に参加される方~~、集まりましたかー、これで全員ですかね~~。この合宿期間は点呼はとらないので~、自分の参加する種目は間違えないでください~~」

男女合わせて30名弱といったところか。指導員の先生が男女に振り分ける。雰囲気からみんな速そうに見える。

「あ! 志保。また会ったね!」

この場で顔見知りであるのは野乃花だけだ。隣で声をかけられパッと見る。

「あーー! 火浦凜ひうらりん!! なぁんで幅跳びにいんのよー」

野乃花が先に声を上げる。火浦の種目は短距離だ。たしかに幅跳びにいるのはおかしい。

「本来は短距離で強化図りたいところだったけど、監督に2日目までは幅跳びも練習しとけって言われてね。まぁ、その気になれば幅跳びも都大会ぐらいなら優勝できる自信あるけどね」

またこいつは。自信過剰なんだか人を見下し馬鹿にしているのか、いちいち癇に障る言い方をする。野乃花がすかさず言い返す。

「そんなこと言ってー、いくら短距離と共通点が多いからってそんな簡単にチャンピオンになれるわけないでしょー! 私にだって勝てるかもわからないのにー」

火浦がクスッと笑って野乃花を見返す。

「志保。この子あなたの後輩? 名前何て言うの?」

野乃花を同学年と見抜いてて、さもわざとらしく私に聞いてくる。それは野乃花も感じたのか私をどかして火浦に喰ってかかる。

「なぁに『志保』とか気安く呼んじゃってるのよー。友達でもなんでもないくせにー。私は多屋野乃花たやののか。志保とは小学校からの幼馴染。言っておくけど私も足は速いし、石館いしだて中の三羽烏さんばがらす! 幅跳びだったら負ける気ないよー!!」

待っていましたと言わんばかりに火浦が楽しそうに笑う。

「そう。じゃあこの2日間で私とあなた、決定的な差を見せてあげる。どうしようもない実力差を。後で涙目になっても知らないからね~」

クスクスと後ろで数名の女子が笑っている。こいつらも火浦の入江いりえ中の仲間か。本当強豪中学の連中は嫌な奴らばっかりだ。

「野乃花ね。いいわ。だったらこの2日間は私たち入江中のメンバーと練習しようよ! そこまで言うならちゃんとついてきなさいよ。あ! 志保。あなたもよ。友達見捨ててまさか軽く練習しようなんて思ってないでしょうね」

その一言はムカついた。どうにもこうにもこいつは人の神経を逆なでするのが得意のようだ。睨みつけて私は言い返す。

「いいよ。どうせやるなら本格的に強豪校のところと一緒に練習したいと思っていたし」

火浦が後ろの数人の女子を指さして言う。

「言っておくけど、入江中は幅跳び得意な女子多いからね。私以外でもこの間の都大会で8位以内入賞しているから。予選落ちした野乃花ちゃんとどのくらい差があるかしら?」

入江中数人の女子の笑い声が更に大きくなる。顔を真っ赤にさせて野乃花も我慢の限界がきているようだ。

「こんのー! 山田さんや斉藤さんの言う通りなんてムカつく女だー! 火浦ー!!」

合宿が始まる前に石館中うちの男子が言っていた通り、私たちはマウント取りには最高の獲物だ。この合宿期間はこういうのも耐えなければならないタフな日々となりそうだ。

「あの~~、そろそろ言いですかー。もう練習始めますよ~~」

指導員の先生の仲介でこの場は収まった。ひとまず私と野乃花は強豪入江中学と一緒に練習メニューをこなすこととなった。


                 続く

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