こだわりのタイム ~夕暮れの挫折~
※前回より続きです。気軽にお付き合いください。
3日目午前の短距離練習は東第一高校1年の北馬翠という人の独壇場で終わった。他の人も彼女だけは見る目が違う。あの火浦や二聖堂でも恐縮すると言った感じで話していた。そんな人とペースを合わせながら走っていた奈織は明らかにオーバーペースだ。
「……奈織。大丈夫?」
昼休みの食堂で、私はたまらず声をかけた。うなだれるように食事しているので心配だ。
「……志保も見たでしょ。あの人、鬼だよ。昨日から何故か私に絡んできて」
たしかに少し不自然な気はする。なぜ弱小陸上部である石館中の部員を(しごく)教えるのか。そんな鬼がいるのは他のみんなには黙っておいた。食べ終えた後は部屋で少し休み、午後の特例メニューに備える。
「そろそろ午後の練習時間。みんな行くよ!」
支度を終えてグラウンドに向かう。さすがに緊張してきたか、2年女子はみんな口数も少ない。そして、特例メニューに集まった人数は以外にも結構な数だ。
「……本当に全員で来たのね。…………馬鹿な連中」
さっそく二聖堂に嫌味を言われるが、それ以上なにも言わず自分のことだけに集中すると言った感じだ。
「志保。私はあなたにしか興味ないから。とりあえず私についてきてよ」
火浦は私だけに一言言ってから準備を始める。
「やっぱり雰囲気が違う……」
「エリートハイスクールも交じっててヒリヒリ感パねーわ」
「……うん」
山田さん、斉藤さん、佐藤さんはちょっと怖気づく。
「だけど、全員でやるって決めたし」
「そうそう。とにかくここからは志保に面倒みてもらわないよう、個人個人で頑張るだけ!」
奈織と野乃花は意欲に満ちた表情だ。
「出木さん!」
弾むような声で午前中に続き進藤さんが話しかけてきた。他にも錦坂中からは2人参加するようだ。最後に進藤さんが私に耳打ちしてくれた。
(友達を大切に思うなら、絶対無理させちゃダメだよ!)
ありがとうと言って別れ、さっそく指導員の先生の指示に従い、午後2時炎天下の中、特別練習が始まった。指導員の先生からの助言はほとんどなく、徹底的な走り込み練習を行う。その量は私たちの想像からは常軌を逸していた。最初にいた人数も気づけば1人、2人と次のメニューに移る際には姿を消していった。
(これは……想像以上な量の本数だ)
私はついてこいと言われた火浦の背中を必死に追いながら、ひたすら走る。あまりの本数と暑さと疲労で頭がクラクラする。一旦休憩も入ったが、息が上がりすぎて水分補給をした記憶しかない。すぐさま練習は再開される。
ピッ。ピッ。ピッ。
笛が鳴る度に順番に走り始める。足が攣ったのか、絶叫に近い声をあげる部員や、給水場で吐き出す女子。熱中症でダウンする男子もいた。
(ここまで酷使して、この練習は…………いったいなんの意味あるの)
頭が真っ白。過呼吸気味にもなってきた。辛い。もう端に行って休みたい。休む間もなく走り続けて足も痙攣しかけてきた。
「ハァハァ………ほら! 志保、もういっちょう!」
火浦が笑顔を向けて私を誘う。
(くそっ! ………こいつ!!)
火浦の後を追うが、アップダウンを繰り返して呼吸が整わない。肺に穴が開いているみたいだ。苦しい。息が続かない。わき腹が痛い。
「へぇー、やるじゃん! この子。火浦の知り合い?」
霞かけた目を擦り火浦の話し相手を見る。たしか、北馬翠だっけ。ほとんど呼吸が乱れていない。なんだよこの高校生。化け物か。
「火浦についてこれるなら、私にもついてこれるでしょ!志保って言うの? 次、一緒に走ろうよ」
冗談じゃない。こっちはもう限界寸前だ。超高校級陸上女子と一緒にするなよ。
「ほら! 志保。北馬さんと3人で走ろうよ! 行くよ!!」
(くっそ! ……負けるか!!)
その後も二聖堂に挑発されるわ、何度も北馬翠に誘われるわ、火浦に引っ張られるわで一体何時間経ったのだろう。
ピーーーッ!!!
日も暮れだした夕方。笛が大きく鳴り、スピーカーで終了の合図が告げられる。
(…………終わった)
廃人寸前でフラフラ歩きしかできない。あちこち痛い。気を抜いたら倒れる。各々解散と言った感じで散っていった。目を瞑りながら歩き、視界が開けてくると、目の前に進藤さんが険しい顔して立っている。
「……進藤さん?」
ジッと見つめるその強い目は怒りさえ感じる。
「……ダメだよ出木さん。あれほど言ったじゃない」
私の頭が疲れすぎてて、なんのことを言っているのかが理解できない。進藤さんが向こう指を示す。振り返った私は唖然とした。
「あっ! ……あっ……あぁ」
後悔した時にはもう遅い。数メートル先にみんなが、仲間が倒れている。
(しまった!!! みんなが!!)
慌てて走ろうとしたが足がもつれて転倒した。
「だ、大丈夫! 出木さん」
支えてくれた進藤さんの手を振り払い、急いでみんなの元へと向かう。しかし、限界を超えた私の体はもう言うことを聞かない。つっぱるような歩きでよろよろと仲間の元へ駆け寄る。
(……しまった! しまった!! あれほど忠告は受けてたのに……)
みんなの近くへと来たが、ほとんど反応がない。
「…………奈織」
唯一、膝と両手で体を支えている奈織に話しかけるが、生気がない。
「……志……保……」
他はダウンして横たわったりうつ伏せになっている。みんな潰れてしまった。私の、キャプテンである私が自分のことに集中しすぎてしまった結果だ。
「うぅ……」
「……みず……」
「ゲホッ、ゴホッ! ……くるしぃ……」
私の横に火浦が立った。
「だから言ったじゃない。あんたたちじゃ潰れるって」
呆れた物言いで言い、反応もない石館中部員に容赦ない言葉を散々浴びせる。
「言っておくけど、忠告したにも関わらず、参加するって言ってきたのはそっちだからね。手なんか貸さないよ」
そう言うと振り返って先に行ってしまった。どうしよう。私1人ではどうにもならない。頭も働かない。このままじゃマズイ。
「おーーい!」
「出木ーー!!」
声の方を振り返る。男子たちだ。
「宿舎の方に戻ってこないから角先生が見て来いって……うわ」
「お、おい。……大丈夫かよ」
あまりの惨劇な状況に男子も言葉を失った。
「……助かった。私も限界で体が動かない。4人共、手貸して」
とにかく起き上がらせないといけない。男子たちがあたふたしながらも手伝ってくれた。
「お、おい。山門……」
「……私は大丈夫。1人で歩ける。……それより、他の4人がヤバい」
肩を貸し立ち上がり、ゆっくり引きずるような感じで歩き出す。
「うっ……オエッッ、ゲェェーーーー」
「おわっ!! 佐藤、大丈夫か?」
練習中に吐き出すものもいた。そもそも私たちがこなせる量のメニューではなかった。参加を許可した私は慙愧の念にかられる。
「……麗しき友情ね。…………そこから恋でも芽生えるのかしら」
二聖堂と遭遇して嫌味たっぷりに言われる。もはやこの状況で反論できる余地もない。目を瞑って俯き、黙ってやり過ごした。
「くっ……う、う、うぅ………」
誰かが泣き出した。つられるように他もすすり泣く。悔しさか。周りから見られる惨めさか。意地もプライドも、やる気も頑張りも、無力すぎる自分たちに情けなくなり、最後は心も折られた。男子たちもなにも言わず、ただ黙って女子を支える。私を先頭に後ろからは泣き声が大きくなる。夕暮れ時の中、宿舎までの帰り道はやけに長かった。
続く
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