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『トムボーイ』男の子として過ごした10歳の夏を描くフランス映画

転勤一家の長女である10歳のロールは、両親と6歳の妹との4人暮らし。お母さんのおなかには赤ちゃんがいて、もうすぐ生まれる。

引っ越し先の団地では、子どもたちが夏休みを遊んで過ごしていた。リザという同い年の女の子に名前を聞かれ、「ミカエル」と名乗る。それは男の子の名前で、髪が短く、短パンをはき、胸の膨らみもまだなく、周囲の男の子たちも声変わり前の中で、ロールは新しい友人たちに「男子」として迎え入れられる。

2011年の映画だが、10年後の2021年に日本で一般公開された。セリーヌ・シアマ監督の『燃ゆる女の肖像』が第72回カンヌ国際映画祭で脚本賞、クィア・パルム賞を受賞し、日本でも公開されたのがきっかけと思われる。

※以下、ネタバレを含みます。

ロールは「トランスジェンダー」だ、という直接的な言及はないものの、おそらくそうだろう。

男の子たちをまねて、サッカーの試合中にTシャツを脱ぎ捨て、唾を吐く(事前に家の洗面台で練習した上で)。しかし、彼らと一緒に立ちションをすることはできない。

家で母親には内緒でばれない程度に妹に髪を短く切ってもらい、切った髪を口の周りにくっつけて髭があるようにふざける。

鏡の前で自分の裸を見ながら、男の子たちの体を思い浮かべて比較する。

子どもたちと海に遊びに行く際には、女子用の水着にはさみを入れて海水パンツにする。粘土で細長い形を作り、それを海水パンツの中に潜ませて膨らみを演出する。

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リザと恋愛関係のようになるのも重要なポイントだが、ロールと、おそらくロールと対照させるためだろう、極端に「女の子」っぽい妹のジャンヌとの関係も非常に面白い。

幼い妹と一緒にお風呂に入り、家で妹の面倒を見る際におとなしく絵のモデルとなって妹に「Tu es belle.」(かわいい、美しい:女性形)と言われ、「姉」を演じているかのように見えるロール。

しかしジャンヌはロールが男の子になりたい気持ちを理解していて、それをよくは思っていないらしい母親(と父親)の前で、ロールの秘密を隠すための演技すらして見せる。団地の子どもたちにも、上手にうそをつき通す。

妹はロールの最大の理解者なのだ。

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ミカエルと称したロールと友達になったリザは、知り合ってすぐに「あなたはほかの子とちょっと違う」と言い、遊びでミカエルに化粧をして「似合う。女の子みたい」と言いつつ、キスをする仲になる。

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しまいには、「新学期のクラス名簿にあなたの名前がなかった」と指摘し、そのときはミカエルがごまかしたものの、その後ミカエルが実は女の子だとわかったときにはそれを確かめる役を務める。

「女の子とキスをしたなんて気持ち悪い」と告白しながらも、ロールのことが気に掛かり、ラストでもう一度名前を尋ねる。それを受けて本名を答えたロールはかすかにほほ笑む。画面には映らないが、きっとリザがほほ笑んだからなのだろう。

2人の関係は変わるかもしれないが、リザはやはりロールのことを知りたいと思い、一緒にいたいと思うのではないだろうか。ロールは男の子のままでいたかったが、親しくなった友人たちに偽りを重ねることはつらくもあったのではないか。

本来の姿を明かしながら、葛藤も含めて共有できたら、それがいいのかもしれない。

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一方、ロールの母親は、やや手荒な方法で、新学期が始まる前に、ロールのうそを子どもたちの前で暴く。学校で男の子のふりをし続けるのは(少なくとも映画が作られた2011年の時点では)確かに無理だったかもしれない。だからロールのためにそうしたのだろうとは思う。

しかし、なぜロールがそんなうそをついて演じ続けたのかをひも解こうとする様子は見られない(映画の中では描かれていない)。ただ、「そんなことはすべきではない」と言うだけだ。「なぜそんなことをしたの?」と詰問するが、返事を聞く気はなく、ロールも答えることはできない。

父親は母親よりも強硬に否定はしないが、ロールに掛ける言葉をきちんと持っているわけではなさそうだ。寄り添ってはくれているかもしれないが。

夏の終わりに生まれた3子(おそらく息子か?)を囲み、家族は笑い合う。理解し合えないことはあっても、一緒にいる。

家族(特に親)に必ずしもすぐにわかってもらえるわけではないが、外の世界でロールはさまざまな経験をし、親ももしかしたら考えを変えていくかもしれない。たとえ変わらなくても、この夏の思い出を胸に秘めて、ロールは大人になっていける。そんな希望を抱いた。

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お風呂から出るときに立ち上がったロールの全裸のシーンが一瞬あり、ぼかしが入っている。あのワンシーンのためにPG12の指定なのだろうか?

ロール/ミカエルを演じたゾエ・エランは1999年生まれで、現在22歳。子役のときにこれだけいい演技をしているが、それだけにその後俳優をやめているのではないかと心配したが、映画やテレビに出演は続けているらしい。

この写真の頃はまだあどけない。この写真はボーイッシュ。この写真はかわいい。最近と思われる写真は体格が結構がっしりしている。

妹のジャンヌ役のマロン・レバナは2004年生まれらしい。画像を検索してみたら、写真を見る限り想像どおりに成長している!

小さいときの写真もかわいい。

リザを演じたジャンヌ・ディソンはこんな感じに成長。

子どもの視点から「自分は何者か」「どうありたいか」「どう見せたいか」「どう思われたいか」というアイデンティティーを描いた映画。誰でもほぼ常に何者かを演じている。大人もそんな自分を振り返ることができる作品だ。

▼映画『トムボーイ』予告編

▼映画『トムボーイ』公式サイト

作品情報

2011年製作/82分/PG12/フランス
原題:Tomboy
配給:ファインフィルムズ

監督・脚本:セリーヌ・シアマ
製作:ベネディクト・クーブルール
撮影:クリステル・フォルニエ
美術:トマ・グレゾー
編集:ジュリアン・ラシュレー

出演:
ゾエ・エラン Zoé Héran(ロール/ミカエル役)
マロン・レバナ Malonn Lévana(ジャンヌ役)
ジャンヌ・ディソン Jeanne Disson(リザ役)
ソフィー・カッターニ Sophie Cattani(ロールの母親役)
マチュー・ドゥミ Mathieu Demy(ロールの父親役)

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