#日本文学
うっせぇわ精神『一問一答』
人間は、正直でなければならない、と最近つくづく感じます。
…
ごまかそうとするから、生活がむずかしく、ややこしくなるのです。正直に言い、正直に進んで行くと、生活は実に簡単になります。失敗という事が無いのです。失敗というのは、ごまかそうとして、ごまかし切れなかった場合の事を言うのです。
『一問一答」太宰治
好きも嫌いも言語化できる方がいい。
楽しいんだか辛いんだか悲しいんだか嬉しいんだか
感情
桜桃忌『六月十九日』
『なんの用意も無しにnoteにむかった。
こういうのを本当の随筆というのかも知れない。
きょうは、六月十九日である。曇天である。』
『六月十九日』の中で
なんだか、がっかりした。
自分の平凡な身の上が不満であった。
平凡ではなかった。決して平凡ではなく
凡人でもなく、ただ「人間」のために生きた。
この日が来るたびに救われた。
お墓の前に行って、その時読みたい1冊を開く。
迷って、悩んで走
どうでもいい。『女の決闘』
あいつは邪魔だ! 賢夫人だ。賢夫人のままで死なせてやれ。ああ、もうどうでもいい。私の知ったことか。せいぜい華やかにやるがいい、と今は全く道義を越えて、目前の異様な戦慄の光景をむさぼるように見つめていました。
『女の決闘』太宰治
昔からこれがやりたい!
こんなことしてたい!って突っ走ってきたけど
急になんかどうでも良くなって
なんでもいいや。ってなるこの虚しさはなんだろう。
楽しく生きたい。
毎
別世界。『フォスフォレッセンス』
私は、この社会と、全く切りはなされた別の世界で生きている数時間を持っている。
それは、私の眠っている間の数時間である。
『フォスフォレッセンス』太宰治
1948年6月13日。
太宰が亡くなった日。
この日に雨が降ると、こんな日に亡くなったのか。
と、思いを馳せずにはいられない。
「眠っている」時間と同じように
「別の世界で生きている」時間があるとすれば
太宰の作品を読んで、自分と太宰の残し
道で、声をかけられるとき『正義と微笑』
僕は、金曜日という日には、奇妙に思案深くなる男だったのだ。前から、そんな癖があったのである。変にくすぐったい日であった。
『正義と微笑』太宰治
歩くペースは人の1.5倍で、声をかけられないように
ひたすら前を向いてズンズン突き進むタイプ。
知り合いでさえ、声かけにくい。という私が
どういうわけか、人に声をかけられるようになった。
最近これといった変化があるわけでもない。
自分の中ではそう思っ
人生は冒険『お伽草子』
好奇心を爆発させるのも冒険、また、好奇心を抑制するのも、やっぱり冒険、どちらも危険さ。
人には、宿命というものがあるんだよ。
『お伽草子 浦島さん』太宰治
旅に出たいと思ったきっかけはいくつかある。
でも、影響を与えたひとつはスタンド・バイ・ミー
(たまたま今日放送もしてる!)
以前、ネイル中にぼーっとみてたのがきっかけ。
『あの12歳の時のような友達はもうできない、もう二度と』
若い頃
決行するとき。『悶悶日記』
私の身がわりになったのだ。
これだけ、こわさなければ、私は生きて居れなかった。
後悔なし。
『悶悶日記』太宰治
5/31(月)から景色の良いホテルに引きこもる。
バスの時間がー、雨がー、準備がーと言い訳して
土壇場でキャンセルをしようとしたけれど
もう逃げるのやめる。
いつもしないようなこと。
非日常の中でのルールは「YES」と「好奇心に従う」
行きたい場所、してみたいこと、食べたいもの。
好きなクラシックがあると言ったら、笑われた夜
池水は 濁りに濁り
藤波の 影もうつらず 雨ふりしきる
伊藤左千夫
しとしと降る、雨の夜。
その音を聴きながら、本を読むのが好きで
窓から眺める雨が好き。
外に出る日、雨が降るのは嫌い。
風情よりも濡れる感覚が好きになれない。
梅雨。
6月が近づいてくる。
お墓参りにいく季節。
太宰治の命日・桜桃忌がやってくる。
太宰が死ぬとき、伊藤左千夫のこの歌を残した。
雨が降り続いて、池の水は
ひとりになれない時代、それでもひとりの時間は必要『正義と微笑』
一人三役くらいで対話の朗読など、いまの僕の力では危かしいし、一人で長い台詞を言う場面は、一つの戯曲にせいぜい二つか三つ、いや何も無い事さえあって、意外にも少いものなのだ。
『正義と微笑』太宰治
本はバトンだ。
作家の書いた想いある作品は
誰かの愛する本というバトンになって
その本を愛する人の大切な人にも受け継がれる。
学生の頃、何にも興味がなくてどうでもいいと
嘆いて、ただ苦しくて本を読も