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黄金をめぐる冒険⑯|小説に挑む#16

黄金を巡る冒険①↓(読んでいない人はこちらから)

果してこれで良いのだろうか。
足がうまく動かなかった。僕は進まなければいけない、それは重々に承知している、だけど、不安は魂を食い尽くす。彼女の記憶としての温もりにより、僕は荒野に孤立した無機質な静物となっていた。

しばらくくして、門番が口を開いた。
「小僧、ここへは誰と来たのだ?」

誰と来たかだって? 僕は今一人なのに、なぜ誰かと一緒に来たということが分かるのだろう? 改めてその老人の奇妙さを感じた。
「ある女性と、一緒に来ました。ですが彼女とはここに来る途中ではぐれてしまい、それからは……」
「ふむ」
「その女性は『炒飯』という組織に属していました。ご存じでしょうか? 組織はこの場所のことを調査していたらしく、その情報を元に僕は彼女とここへと来ました」
「『炒飯』? なんだそれは。ふむ、そんなものは知らん。がここを調べてる組織なら知っている」
「それが『炒飯』何じゃないんですか?」

「ふむ、小僧の言っていることは分からん。が小職の知る組織は”プルースト”と呼ばれておる」
「プルースト?」
「随分前になるが、プルーストは確かロストセンス(失われた感覚)を探しておったと聞いた。そしてここを知っているのは奴らくらいだろう。そうだろう?」

どういうことだろう? 彼女は確かに『炒飯』と組織を呼んでいた。
「では、『炒飯』とは一体なんなのですか?」

「知らんと言っているだろう。が、ふむ、おそらく失われた感覚の一つだろう。何年か前から、以前にも増して力の影響が強くなっておる。小職が知らんのもその所為であろう?」
「影響が強くなっている、とはどういうことでしょうか?」
「さっきから質問が多くて鬱陶しい。が答えてやろう」

そこから門番の語りが始まった。
「今はこんななりをしているが、小職は昔、立派な一本の樹だった。何十年、何百年もの間、その真っ直ぐさをしっかりと保っていたことが誇りであった。鳥は小職を好き、小職は空を好いていた。たくさんの生命が共存する美しい場所だった。
快き時間は永遠に続くと思っていた。があるとき、見知らぬ二人の男が現れた。ここに人間が尋ねてくるのは珍しいことでな、警戒の心は無かったが、興味で声を掛けてしまった。それが誤りだった。そうだろう?」

一本の樹? なにかの比喩だろうか?

門番は話を続けた。
「小職は二人に問いた。人間よ、この地に何用があって足を踏み入れるのか、と。男は答えた。我々は世界を救いに来た、と。奴らはこの先にある真理へのことを知っておった。
小職は言ってやったのだ。ここは危険な場所だ、人間ごときでは命はない、と。がその時の奴らの決意は固かった。奴らが行って暫くしたあとに、ここら一帯が急に白い光で覆われた。全くの急にだ。それは完全な白だった」

完全な白。洞窟の終わりにあったあの白さも、完全な白だった。

「白い光は徐々に薄れていって、辺りが見えるようになってくると、とてもおかしなことが起きていた。辺りは草原となり、生物は消え失せ、代わりに一つの大きな門が存在していたのだ。
なぜかは知らんが、残されたのは小職だけであった。混乱する間もなく、二人の男がその門からこちらへ戻ってきた。奴らは何の説明も無く、ここの門番をお願いしたい、そう言ってきた。
門番とは何のことか? 
男は、その門を通る者が現れた時に代価を取って欲しい、と言った」
「代価、つまりあなたの言った通行料というものですか」
「そうだ。代価とは本来、自身の分身のようなものを差し出すことだ。小僧の場合は、それが”ポケットの中身”であった。そうであろう?」

僕の通行料がポケットの中身だって? それが僕自身の分身なのか?
「通る者によって、その形が変わってくるということでしょうか? なぜ僕はポケットの...…」

「そうだ。小僧は自分自身も、他人もどうでもいいと思っておる。何にも期待せず、それゆえ何にも落胆しない、そういう外と内の関心をポケットに隠して塞いでしまう。そうであろう?」
門番の言っていることは正しかった。僕は人間味が薄いことを恥じていて、そのおかしな心も全てポケットに隠す事ができた。

「ふむ、話が反れてしまったが、門番とは通行料を受け取る役目なのだ。それを奴らに頼まれたとき、それこそが小職の使命なのだと感じたのだ。男たちは小職を真っ直ぐ見つめ、そして去って行った。その姿が見えなくなると、気が付いたら小職は人間のかたちをしていた。
それから長い間ここで門番をしておるわ」

話が非現実過ぎてどうしようもなかった。だが、これまで僕に襲い掛かってきた不理解のおかけで、その話をうまく飲み込むことができた。
「その男たちは一体何をしたのでしょうか?」

「知らん。がこの先を進めば小僧は知ることができるかもしん。が進めばもう戻ることは許されんだろう。それでも進むかね?」
「この先には一体何が...…」
「詳しいことはここでは教えられん。小職は門番であり、それに徹する存在なのだ。が一つ言えることは、ここは“世界の末端”であり真理へと繋がる。そしてそこには力が存在する、そうであろう?」
門番はこちらを一度も見ずに、ベンチに座っていた。

何がどうあれ進むしかない。
僕は真理へと繋がる門の奥先を、暫くの間見つめていた。(考えることは既に止めていた)

門番にお礼を言おうと思い、顔を東屋に向けると、門番は僕のとなりに立っていた。背丈は僕より少し小さいのだが、その存在ははるかに僕より大きい。

僕は不思議なことに気が付く。門番の影は向こうの東屋を越えて伸びており、先へ向かうに連れ、丸みを帯びている。
それはとても立派な、真っ直ぐな一本の樹になっていた。

第十六部(完)

二〇二四年六月
Mr.羊
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