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本当の自分を偽って感じたこと。

いきなりですが皆さんは自分を偽ったことはありますか?
また、自分に嘘をついたあことはありますか?

俺は数え切れないほどあります。

今回は俺自身が自分を偽って、感じたことを記事にします。

まず、結論としては疲れる、そして絶望する。

俺は中学生の時、とってもイキっていた。

イキるとは簡単に言うとかっこつける、調子に乗るという意味である。

俺の地元は福岡県の田川という地域であり治安があまりよろしいとは言えない場所だった。

そんな田舎の中学に入学した俺はヤンキーに憧れてしまう。

男の子の7割は 「悪いやつはかっこいい」とバカみたいな勘違いをする時期を経験する。

俺は中学の時にそのダサい思考に染まってしまった。

受業中に携帯ゲーム、学ランのボタンは全開、わざと荒い口調で話す。

本当は弱くて根暗な自分を何とか強く見せようと必死だった。

周りに流され、当時15歳だったにもかかわらず、吸いたくもない煙草を無理に吸ったこともあった。
とてもイタイやつだったと思う。

周りには気の荒い連中が多かったが、一応そんな人たちともうまくやっていた。

そんな連中と一緒にいると自分も強くなったような錯覚に陥る。

しかしそれはただの幻想で、
実際は自分よりも弱い人間に強く当たるだけのごみ人間だった。

周りになめられないように気を使い、

どうしようもない自分に美化されたフタをかぶせ、

何の意味もないプライドを必死に高く持ち上げるような中学時代だった。

俺はペラペラの薄い金箔で覆われた泥団子のようなものだった。

そんな金箔もすぐに剥げ落ちてしまう。

剝がれては恥をかき、
必死に修復しようとするが空回り、

かなり疲れる日々だった。

自分を偽ってきた人間はいつか、
金箔に覆われていない泥団子、
つまり本当の自分を受け入れ、
本当の自分と向き合うときが
遅かれ早かれやってくると思う。

俺は高校時代にその時期がやってきた。

弱い自分を受け入れないと日々がしんどくなる。

本当の強さは喧嘩の強さではない。

頑張って自分を美化することこそが、
自分を汚す。

ふと本当の自分に目をやると、
その情けなさに絶望する。

まあ話すと長くなるが、
いろんな感情が生まれ、
多感な高校時代を得て、
かなり成長できたと思う。

今ではかなり自分を好きだと思えている。

無駄なプライドは捨て、
自分に嘘をつくのも辞め、
ありのままの俺で生活する。

その結果、

不思議と周りに優しい人たちが増えてきた。

本当の仲間が出来てきた。

人生楽しくなってきた。

俺に生まれてよかったと少し思えた。

この記事を読んでくれている人の中にも
同じような経験をしたことがある人も
いるんじゃないかな?

また、自分を偽り続けて疲れている人も
いるのでは?

自分を偽って手に入るものって何だろうか。

偽りの仲間? 
偽りの満足感? 
偽りの優越感?

自分を偽って手に入れたモノには結局、
偽りの価値しかない。

本当の価値は、
本当の自分にしか生み出せない。

偽りの価値では、自分の人生に満足感を得ることはないだろう。

人生においての勝敗はいかに自分の人生に満足できるかによって決まると思う。

皆も本当の自分を愛し、
自分にしか生きれない人生を歩もう。

たまには負けてもいいじゃないか。

弱いことはかっこ悪いことじゃないし。

俺の大好きなあのルフィだって時には負けてる。

この記事を書いているときの俺はまだ二十歳で、人生まだまだこれからではあるが、俺は俺なりに俺のペースで楽しむ。

とりあえず、
自分に嘘ついても何もいいことないよ 

ということを伝えたかったです!

以上!


この記事を読んでいただいた皆様、
ほんとにありがとうございます!m(*_ _)m
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舞い降りますよう、
心からお祈り申し上げます。

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