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Around 30 vol.1

27歳。
まだ花の○○とか言ってもらえるほど艶と若さに満ち溢れていた頃、私は神田にある立ち飲み居酒屋で絶賛呑んだくれていた。

ちょうど7月に入って外で飲むちょうどいい季節。仕事のゲーム開発のデスマが終わった直後の開放感満ち溢れる時期に加えて、当時付き合っていた彼氏に、ブラックホールのような底なし沼に足を掴んで引き込まれそうになっていて、その場にいればいるほど自分が跡形もなくなくなってしまいそうな感覚になっていた。
あまりにも付き合うのも辛くなってきていた頃で1人で飲みに行って日々のストレスを発散していたのだが…

その彼氏は昨日、重度の鬱で入院してしまった。
普段メールが多い彼氏からの突然の電話に
「どうしたの?」と慌てて出てみると泣きじゃくっていた。

「あ、、はは。あ、足が勝手にさ…ホームに向かうんだ。死にたくないのに…
 身体がさ、いうこときかないんだ…」

昨日まであんなに元気そうだったギャップが衝撃となって襲ってきた。
もうだめだ。限界はとうに超えていたのだ。

「ねぇ、病院行こう?死んでほしくないよ…!」


今まで起こったことを忘れたいのに、
頭の片隅にずっと映画のワンシーンのようにずっとループして映し出されていた。

また救えなかった…!

悔しさと重い鎖が解けた後の脱力感に良かったのか悪かったのか自分なりの納得できる結果がでない状態に苛まれていた。

酒を飲めば飲むほど、現実の考えても考えても解決しない事象の黒い沼から羽ばたけるような真っ白な羽根が生えたような感覚がしていた。
私は酩酊し始めてからも量を間違えなければ飲めるという、所謂ザルだった。

わたしは行きつけの店で仲良くなった常連のお兄さんと楽しく話しながら、落ち込む気持ちをなんとか誤魔化そうとして酒に溺れたふりをしていた。

私は困っている人を見つけると放っておくことができない性格だった。
目の前で起こる喧嘩や人を傷つけたりするのを目の当たりにすると、自分まで気分が落ちてしまう気質なため気持ちにシンクロしてしまいがちだった。

10代の多感な時期は思春期も相まって振り回されることも多かった。
そうならないために自分の気持ちを落ち着けるためにいつも周りの人のことを気にかけていた。

彼氏は会社の上司だった。
目が細くて猫目みたいにきゅっとつり上がった華奢だけど、よく日に焼けたアクティブなスポーツマンタイプの陽気な7つ上の兄さんだった。
土日は小学校のサッカー部のコーチをするくらい子供が好きで、面倒見がいいところに惹かれてた。

私は遅咲きのデザイナーで、今思えば彼の部下にならなければ自分の能力を引き出してもらえてなかったと思う。
途中アイディアに詰まってたりした時もどうした〜?ネタギレ?休憩いく?と気さくに声をかけてくれていた。

その彼がリードするプロジェクトはとても人気コンテンツで会社からも稼ぎ頭的な期待をされていたため、とても多忙な生活を送っていた。
そして仕事を介して自然と仲良くなっていき、忙しい間を縫ってデートする仲になっていた。

一体いつから具合が悪かったのだろうか。
パッと見た感じはとても元気そうに見えていたが、仕事が忙しい時ほどデートも多く、深夜になることが多かったから、平日なのにそのまま軽く飲んで朝まで一緒にいることが多かった。

どこがトリガーだったんだろう?
慢性化したストレスが原因だったのだろうか。

ただ、入院前までのここ1ヶ月くらいは依存されている感が強いなと感じていた。
ストレス発散が酒よりもセックスという感じで、私的にはもっと話がしたかった。
この病的依存の違和感は、カウンセラーと敏感な女子ならわかるかもしれない。

・・・

「りのちゃん、かなり飲み過ぎてそうやけど帰れる?」
6畳半の狭い立ち飲み屋の店長が、終電間際に声をかけてきた。

「うん、そろそろ帰る〜!今日はちょっといろいろありすぎて飲みすぎたわ」
と思い出さないようにぼかして返した。

「なんや、ふっと神妙そうな顔になってたで?あんま眉間にシワよせん方がええよ〜」
可愛い顔が台無しと言わんばかりのものすごい変顔で見送ってもらった。

考えすぎてしまう私にとってはお酒飲みながらバカな話ができる環境は、本当に心地良かった。

「あれ、どこで乗り換え?」
お店の常連で隣で飲んでた肌の白い兄さんと帰り道一緒になっていた。

「あ、秋葉原で総武線に乗り換えです」
「そしたら俺も途中まで一緒だわ」
「じゃ一緒に帰りますか」

帰り道。
酔っ払い同士ふらふらと横に揺れながら銀座線の電車に乗り込んだ。
何の話をしていたか全くと言って覚えていないけど、
この日はきっと運命的な日だと思ってる。


この先、この白い顔の兄さんが未来の旦那になるなんて
誰もが知る由もなかった。

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