走りながら考えるVol.3

編集部エモ中秀政のエッセイ「走りながら考える」
今回はエモ中が走る決心を決めたきっかけを書くそうです。
前回:https://note.mu/linkjournal51/n/n14e410458f8d

自己コントロールの最後のユートピア=ランニング


その思想に出会ったのは、PLANETS vol.10(P10)という雑誌の中だった。
この雑誌の中で、編集長で自身もランニングを趣味にしている宇野常寛と雑誌「はしるひと」編集長の上田唯人との対談が僕を走ることへと誘った。
僕が興味をそそられた箇所をあげると

走ることでできること
・ランナー=ある種の心地よい匿名性
・街を違った目線でとらえることができる
・(ランニング中は)世界との向き合い方がシンプルになる


ランナーに匿名性があるというのは対談の中で上田さんが話していた。ハバナでのエピソードを参考にするとわかる。
見知らぬ地で知らない外国人に写真を撮られ走り去られたら、、、、
僕だったら通報すると思う。
でもそれがランナーだったら、、、。多少不愉快かもしれないが、少なくとも走り去られることには納得がいくだろう。


街を違った捉え方というのは、街同士のつながりを意識することが出来ると、対談では話されている。
僕自身の個人的な体験から言わせると、町の「高低差」に敏感になることができるのもランナーと歩く人の差だと思う。
僕のランニングコースは、というか僕の住んでるところは坂が多い。
急な坂は歩いてもしんどいと感じるが、軽微な坂は歩いても気づかないことがある。
だけど、走るとわずかな傾斜がタイムやしんどさに大きくかかわってくるため、坂の存在を身をもって感じることができる。
こういった新しい発見をすることができるのはおもしろい。


僕も実際走って感じたことだが、ランニング中はスマホも見ないから考えることか、まわりの景色を見ることしかしない。

走ること自体が目的化する気がしてる。

これが散歩だとそうもいかないと思う。

歩きながらでも携帯の画面は(危険だが)みることは可能だし、歩くことはあくまでどこかへ行くための「手段」であり、それ自体が目的化するこというと、走ることに比べるとそれは難しいと思う。(ポケモンGOとかやっちゃう)

何より、走ったほうが歩くよりも単純に気持ちがいい。

それは運動をしていたからとかではないのは、宇野さんが僕と同じことを言ってることからわかると思う。

かくしてこの記事もランニング中に思いつき、こうしてあなたの目に届いている。


動きながら考えろ。
口だけじゃなく手を動かせ。



そういうことを言われ続け、それを忠実に実行しようとしているわけだ。

今後は「走りながら考える」を連載の記事とし、走りながら考えたことも記事に書いていこうと思う。

すでにタイトルは2つ決まっている「ランニングは裏切らない」と「45秒で何ができる?」だ。

http://wakusei2nd.com/archives/articles/planets10

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written by エモ中秀政
note:https://note.mu/hidemasaseo
Twitter:https://twitter.com/hidemasaemonaka

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