ハリポタで、イギ文する。【#1】『マクベス』
このページに足を運んでいただき、ありがとうございます。
季節の急激な変化に右往左往している、黒木りりあです。
自分が最も好きな分野でシリーズ記事を書いていきたいな、な企画「ハリポタで、イギ文する。」第一弾でございます。
どういう趣旨の企画かは、併せてこちらもご覧ください。
記念すべき、シリーズの初回に取り上げるのは、シェイクスピアの傑作『マクベス』です。『マクベス』は「ハリー・ポッター」シリーズのまさに根幹と深く結びつく作品です。『マクベス』がどのような作品なのか、「ハリー・ポッター」シリーズとどのように結びつけることができるのか、私自身の視点と言葉で、綴らせていただきます。
初回にして最大級の大物のため勝手に緊張しておりますが、温かい目で最後までお付き合いいただけますと幸いです。
マクベス王の悲劇
まず、今回取り上げる『マクベス』について、非常に簡単にではありますが作品の概要とあらすじを紹介させていただきます。
『マクベス』とは
『マクベス』("Macbeth")は、1606年ごろに成立したとされる戯曲です。作者はウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare 1564-1616)。本作は「シェイクスピア四大悲劇」の一つとしても著名な劇作品です。シェイクスピアの悲劇作品の中でも非常に短い作品であるという点から、より長いバージョンも存在するのではないか、と一部では考えられています。
本作の主人公であるマクベスは、実在したスコットランドの王であるマクベス(マクベタッド・マク・フィンレック)をモデルとしていると広く言われています。ただし、作品内容のすべてが史実の通りというわけではなく、シェイクスピアによる創作など史実と異なる部分もあります。また、本作の成立した年頃を考慮すると、スコットランド王であるジェームズ6世が1603年にジェームズ1世としてイングランドの王位を継承したことが大きく影響しているのではないか、とも考えられているのが通説です。これは、作品にも登場するバンクォーがスチュワート家の祖と考えられており、スコットランド王ジェームズ6世(イングランド王ジェームズ1世)はその血筋の後継者だったためです。
スコットランドと「ハリー・ポッター」シリーズは密接な関係にあります。作者であるJ. K. ローリング氏(J. K. Rowling)の居住地であり、作品執筆の地であることが一番の理由です。主人公のハリーたちの通うホグワーツ魔法学校の所在地もスコットランドのハイランド地方に存在するとされており、スコットランドは「ハリー・ポッター」シリーズにとって非常に関係の深い土地となっています。
スコットランドの王をモデルとした著名な作品を、「ハリー・ポッター」シリーズと深く関連付けることは、物語の世界観を考慮したうえで非常に自然なことであるのではないでしょうか。
『マクベス』あらすじ
戦でスコットランド軍を勝利に導いた将軍・マクベスは、同じく将軍であるバンクォーと共に自陣営へと戻ろうとしていました。その道中の荒野にて、彼らは奇妙な三人の魔女と出会います。魔女たちはマクベスに対して、こう呼びかけます。
マクベスはすでにグラミスの領主ではあるものの、コーダの領主ではなかったため、魔女たちのこの言葉に驚きます。さらに魔女たちはバンクォーに対して「自分自身は王にはならないものの、子孫たちが王になる」と告げ、二人を祝福します。
魔女たちの言葉を奇妙に思っていたマクベスとバンクォーのもとに、スコットランド王・ダンカンの使者がやってきます。なんと、戦での功績を鑑みて、褒美にマクベスを新たにコーダの領主にするというのです。この報せに、魔女の予言が当たった、と二人は驚きます。そしてマクベスは思うのです、王座は近い、と。
マクベスは、手紙でマクベス夫人に自身の出世と魔女の予言について報せました。夫がいずれ王になると夫人は興奮しつつも、彼の持つ人間としての弱さが気にかかります。その後、ダンカン王がマクベスの城にやってくると聞いたマクベス夫人は、王よりも一足早く帰ってきたマクベスと共に、ダンカン王殺害の計画を立てます。
夜になり、一度は決めた心が揺らぐマクベスをマクベス夫人は𠮟責して彼を奮い立たせます。王になるためにはダンカン王を殺さなければならない、と。そして皆が寝静まった頃、ダンカン王の利用する寝室に忍び込むと、マクベスはそのまま寝ている王を短剣で刺殺するのでした。
自身の行いに動揺したマクベスは、血まみれの短剣を持ったまま寝室へと戻ります。凶器を現場に戻すようにマクベス夫人は言いますが、もう戻りたくない、とマクベスが泣き言を言うので、仕方なくマクベス夫人が短剣を王の寝室へと戻します。こうして、マクベス夫妻の手は王の血で真っ赤に染まったのでした。
翌朝、王の死体が発見されます。夫人の力を借りて、マクベスは王の従者を殺し、彼らを王殺しの犯人に仕立て上げます。自分の命も危ないと感じたダンカン王の息子であるマルコム王子とドナルベインは、それぞれイングランドとアイルランドへ逃げ出します。このことで王殺しの嫌疑は息子たちにかけられ、新しい国王にマクベスが指名されました。
こうしてついに、予言の通りマクベスは王の座に就くこととなったのです。
ようやく王となったマクベスでしたが、自分にまつわる魔女の予言が成就したことから、別の予言を気がかりになりだします。それは、バンクォーへの「自分自身は王にはならないものの、子孫たちが王になる」という予言でした。この予言の実現を恐れたマクベスは、バンクォーとその息子・フリーアンスの元へと暗殺者を送ります。
バンクォーは暗殺者の手にかかり殺されてしまいますが、その代わりフリーアンスは命からがら逃げ伸びました。
宴の席で、マクベスは暗殺者からバンクォーの死とフリーアンスが逃げ延びたことを知らされます。フリーアンスが脅威となるのはまだ先の話だろう、と余裕を見せようとしたマクベスでしたが、宴の席でバンクォーの亡霊を見てひどく取り乱します。そんなマクベスをマクベス夫人は弱虫と呼び、気丈に振舞うものの、不安が少しずつ彼女をも蝕んでいくのでした。
荒野では三人の魔女たちが煮えたぎる大釜を囲み、何やら儀式めいたことをしています。そこにマクベスがやって来ました。魔女たちに再び予言をして欲しいというのです。魔女たちの魔術により、3人の亡霊が現れ、それぞれマクベスに予言を授けます。
この予言を聞いて、マクベスは自身を無敵の存在と感じて安堵します。女に産み落とされていない者など存在するはずもなく、またバーナムの森が進撃してくるなどということも起こりえないと考えたからです。
しかし、この直後に八人の王の幻影とバンクォーの幻を見たマクベスは、再び不安にさいなまれます。
その後、予言でも名前の挙がった有力な貴族・マクダフがイングランドに亡命したとの報せを受けたマクベスは、不安を払しょくするかのようにマクダフの城に奇襲をかけ、彼の妻子を殺めるのでした。
イングランドにやって来たマクダフは、前王ダンカンの息子で先にイングランドへ逃亡していたマルコム王子の元へ、身を寄せていました。マクベスを討つべきだと説得するマクダフに、マルコム王子はすでにマクベス討伐の計画があることを明かします。その折、ダンカンのもとにマクベスによって妻子が殺されたことが知らされ、彼のマクベス討伐の思いはより一層高まりました。
気丈に振舞っていたはずのマクベス夫人だったが、夜中に起きだしては独り言をつぶやきながら、見えない血で汚れた手を必死にきれいに洗おうとする。医師は彼女の病を治す方法はないという。
マクダフとマルコムが率いるイングランド軍がスコットランドに到着し、マクベスの城へと徐々に侵攻してくる。
それでも予言を信じ続けるマクベスは、自身が滅ぼされるはずはない、と強気な姿勢を見せて城に籠る。
イングランド軍が攻め入る中、マクベスの元にはマクベス夫人の死の報せが入る。さらにその直後、バーナムの森が進撃してきているとの報せを受け、マクベスはひどく動揺する。イングランド軍はバーナムの森の木々の枝を折り、それを隠れ蓑としてマクベスの城へと侵攻していたのだった。
あり得ないと思ってした予言が現実となったことで自暴自棄となったマクベスは、ついに戦場に飛び出す。「女に産み落とされた者は誰もマクベスに危害を加えられない」という予言を過信して戦うマクベスは、とうとうマクダフと対峙します。
こうマクベスが告げると、マクダフはこう言い放ちます。
マクダフによって予言がくじかれてもマクベスは最後まで戦うことを選択しますが、マクダフに敗れ命を落とすのでした。
マクベスの首を携えたマクダフは、新たなスコットランド王の誕生を宣言します。そして新たにスコットランド王となったマルコムは、新しい時代の政治を行うことを宣言するのでした。
「ハリー・ポッター」シリーズと予言
ここからは「予言」をキーワードに、「ハリー・ポッター」シリーズについて再考してきたいと思います。ますは「ハリー・ポッター」シリーズの映画版に登場した『マクベス』からの引用について考察したのち、実際にシリーズに登場した魔女の予言について、そしてその予言に密接にかかわる人物であるヴォルデモートと予言の関係について、振り返っていきたいと思います。
カエルを抱えた聖歌隊による衝撃の歌唱
映画『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』("Harry Potter and the Prisoner of Azkaban", 2004)で印象に残っているシーンを挙げよ、といわれた時に多くの人の脳裏をおそらく一度はよぎるのではないかと思われるのが、新学期を迎えたホグワーツ大広間でのカエルを抱えた聖歌隊による合唱です。雰囲気からも不気味さが伝わってきますが、その歌詞の内容からもおおよそ新学期を祝う、ましてや新入生を歓迎する歌とは思えないシーンです。この曲には『ダブル・トラブル』("Double Trouble")という題名がつけられています。
映画音楽界の巨匠、ジョン・ウィリアムズ氏によるこの楽曲は一度聴いたら頭から離れないような妙な中毒性を孕んでいませんか?私は映画を観てからこの歌のことがしばらく頭から離れませんでした。
『ダブル・トラブル』の歌詞は、『マクベス』の第四幕一場に登場する、三人の魔女が煮えたぎる大鍋を囲むシーンのセリフを多く引用しています。
以下が映画にも登場した『ダブル・トラブル』の歌詞です。
そして、『マクベス』に登場する三人の魔女の場面のセリフが以下になります。
順番の入れ替えや、メロディーに合わせるための歌詞の増減はあるものの、非常に多くのセリフが歌詞に引用されたことが分かります。最も気になる大きな違いは『ダブル・トラブル』に登場する'Something wicked this way comes!'のフレーズ。このフレーズについては映画のオリジナルとなっています。
『ダブル・トラブル』の歌詞の内容自体は『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』本編の物語と大きく関わりがあるわけではない、との見立てが一般的で、最初の2作と比較して物語が少しずつダークになっていくことを暗示する装置として機能している、と考えられています。その機能を発揮する上で、「邪悪な何かが近づいている!」('Something wicked this way comes!')というオリジナルフレーズを付け加えたことは非常に高い評価を得ていますし、個人的にもこのフレーズを付加したことでテーマがより明白に示されたと感じています。しかしながら、シリーズの全体像を鑑みると、映画『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』において『マクベス』の、さらには第四幕一場からの引用を行うことは、映画本編の方向性を暗示する以上の効果を発揮しているように私は感じています。
『マクベス』第四幕一場は、マクベスが魔女たちから二度目の予言を授かる非常に大切な場面です。『ダブル・トラブル』でも引用されている大鍋のシーンの直後、マクベスは魔女たちの前に現れ再びの予言を懇願します。『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』の作中でも、主人公であるハリーは実際に、魔女から予言を授かります。さらに、その予言はハリーが関わる「二度目の予言」だったのです。
ハリー・ポッターと魔女の予言
ここから先は
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?