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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第31回 古代遺物と杏仁スイーツ

(14)西門から荊州中路(ジンジョウジョンルー)を歩き、数分で荊州博物館に到る。途中に開元観という道観あり、しかし不定期開放で立ち入りできず、そのかわり博物館は国内旅行客で賑わっていた。ターコイズブルーの曲線的な瓦屋根が美しい。ただ、こちらも修復期間中の建物が多く、主陳列楼のみの見学となった。内容は新石器時代の焼き物、周代のおなじみの青銅器、戦国時代の祭祀(さいし)や饗宴(きょうえん)の際に使われた青銅の鐘(かね)や剣、玉製のお面、西晋の牛車・騎馬・防砦(ぼうさい)・井戸をかたどった青磁の作品、などなど。湖北省各地の王墓からの発掘品が中心で、地方色の強いコレクションである。このうち玉の面は、六年前に四川省成都の金沙遺跡で見た黄金仮面を思い起こさせ、青磁の埋葬品のほうも、同じく成都・四川博物院の展示物とよく似ていた。これまで黄河流域を中心に組み立てられてきた中国の古代文明観に、近年は長江流域起源の初期文化にまつわる発見・出土品情報が加わって、いっそう大陸文化の成立過程における多元性が正しく知れるようになった(勉強不足なぼくには多少混乱の気味はあるが)。長い中国史上、戦乱を避ける大規模な移動がたびたび行われてきたといわれるし、現・湖北省の住民が即、かつての楚国の末裔(まつえい)であるとも決めつけられない。しかし、これらの展示を見ていると、おらが湖北省こそ中華文明の発祥地だぞ、という野太い声が、地の底から聞こえてきそうである。そもそも、戦国時代の楚国の最大版図(はんと)は、湖北・湖南・江西・安徽・浙江・江蘇の各省全域に加え、山東・河南両省の一部にまで及んだ。先述した新石器時代の遺溝にしても、長江本流にとどまらず、その支流である漢水・澧水・府河の流域まで広範に存在することを知れば、やはり長江の恵みの大なることに感じ入らざるをえない。ところで、日本の博物館と異なり、ここの客層はとても若い。平均すれば30歳くらいだろう。写真を撮ったり、飲み食いしたり、英語で会話したり、ほぼ街中と変わらぬ参観風景である。滞在時間は40分。博物館本館からカンカン照りの屋外へ出る。時刻は14時20分。冷たい飲料を提供する売店は、なかなかに盛況だった。

(15)ぼくは博物館を出て、次なる目的地であるスイーツ店へ直行した。荊州中路を東進して右折、郢都路(インドゥールー)の「芝九草堂甜品店・青春店」に入る。店名は古風だが、最近日本で急増した中華系ドリンクの店をイメージしていただければよい。ごくカジュアルな明るい内装で、ちょうど大学生らしき女子二人連れが、杏仁豆腐系のデザートと果物の盛り合わせを食べながら、各々(おのおの)スマホをいじっていた。もう一人、別席に座っていた男の子、こちらはスタッフのお姉さんに呼ばれると、テイクアウトの品を持って店外へ飛び出していった。彼は配達員だったのだ(それにしてはだいぶお寛ぎのようだったが)。あたりは長江大学のキャンパスと幾つかの中学校が集まる地区で、軽食店、スイーツ店が数軒見える。ここを選んだ決め手は、店構えとメニュー写真である。地図アプリで予習して、昼前のデザート休憩を取ることにしていたのだ。メニューは多彩。ノーマルな奶茶(ミルクティー)や、水菓(フルーツ)をたっぷり放り込んだお茶、芒果(マンゴー)入りパンケーキ――班戟(バンジー)がパンケーキとは初めて知ったが、これは広東(カントン)語由来だそうである――、酸奶(ヨーグルト)、はたまた鶏の唐揚げや手羽先まである。そして主力商品は、茶碗でいただく杏仁豆腐系(またはあんみつ系)デザートである。ぼくは悩んだあげく、芋圓焼仙草(ユーユエンシャオシエンツァオ)を注文した。どういうものかというと、杏仁ミルクをベースに、白玉のごとき芋(いも)団子と、マンゴー、干し葡萄、そして台湾系スイーツでおなじみの仙草ゼリーを浮かべた一品である。ご想像ください。美味しそうでしょ。実際、上品な茶碗たっぷりに運ばれて来たそれは、もう冷たくて絶品すぎて、もう一杯おかわりをしたくなるほどだった。お味もよろしいが、それぞれ食感が異なるのがニクい。はるばるやって来た荊州で、こんなものに出会えるとはね。ところで、ふだん食べ慣れないために、今ひとつ判然としない食材があった。バックヤードで仕込み中のお姉さんに尋ねてみると、それはリエンズよ、との答え。ほほう、蓮(はす)の実だったか。この芝九草堂、どうやら湖北省発祥の連鎖(チェーン)店のようだが、荊州城内にはここ一軒。あとはかなり広域に展開しており、散策ルート上で立ち寄れたのはじつに幸運だった――北京の王府井(ワンフージン)にも同じ名を発見できたが、系列店かどうかは未(いま)だ不明――。

長江中流域における城壁や環濠を擁する先史時代の集落が紹介されている。
荊州郊外で出土した人物俑。ユーモラスな形状と表情。
城内の地理を確認(きょうのルートは西門から博物館、関帝廟、南門、東門)
シンプルな内装だがカウンター照明と招き猫が気になる。右下の子は配達員。
豊富なメニュー。成熟しつつあるスイーツ文化・・・という印象。
概観はこんな感じ。やはり夕方が書き入れどきか。

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