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聴けてない私達

なかなか「聴く」「聴き合う」ことができていない私たち。

聞いてもらえたなぁ…と最近感じたのはいつでしょうか?
相手の話を、だまって、真に聴きとった体験はいつでしょうか?

普段私たちがやっているのは
相手の「意見」を聞くこと。

「聴く」とは
お互いが相手に関心を持ち、
相手の話の奥にある思考・感情・価値観を
目で、耳で、心で聴く。
これができると、双方の中に、
一段深いところを聴いた・聴いてもらえた。
つまり共有されたという体験が起き、つながりがうまれます。

DAncing Einstein 青砥さんの記事でも
感情記憶の大切さとともに、
感情を誰かと分かち合う価値についてこんなことが書いてありました。

"聞いてくれる人が一緒に喜んでくれたり、共感してくれたりすると、話した内容がさらに強固に記憶化される。なので、分かち合う相手も大切。一緒に喜んで、楽しんでくれるパートナーや仲間が重要ですね。
そして、分かち合う仲間からもハッピーを共有してもらう。それを喜べることは、自分のハッピーの表面積が広がっていることを意味します。自分のことだけでなく、他人のことでも自分がハッピーになるのです。

https://careerhack.en-japan.com/report/detail/1284


ドイツの詩人の言葉で
「友情は、喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる」と言います。
(結婚式などで聞いたことがあるような...)

ここでいう友情は、「共感」や「聴いてもらう体験」と
置き換えられるかもしれません。


そもそも組織の中で仕事をしていると、
「感情」に気づけなくなっていることがあります。

不安、もやもや、悲しい、楽しい、気持ちがいい、幸せ…


本来、常に感じているはずの様々な感情。
その気持ちに触れ、言葉にするには、書く・話すもいいけれど
誰かに「聴かれる」ことで出てくるものがあります。
(しかも、感情をあまり感じないようにしていると、なかなか一人では出しにくい)

この時に、聴く側が「ジャッジメント」しながら聴くのか。
それとも共に感じよう・理解しようと聴くのかでは、
二人の間で出てくるものはかなり違うはず。

例えば
「コイツ、くだらないこと言ってんな、どうせオチないんでしょ。」
と思いながら聞くのと
「何々?教えて?どういうこと??」
と思って聞くのでは違うはず。

時間がない・リアルで会えない。
そんな制限のある現代だからこそ
意図を持って相手を聴くことは
改めて、人と人を、人と組織をつなぐと思うのです。

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