見出し画像

noteを書き始めて1ヶ月

「ん、通知を見ると何かバッジが届いているぞ。」

「noteをはじめて1ヶ月記念日です!」という銀色のバッジだ。

そういえばnoteを初めてちょうど1ヶ月が経ったのか。まずは1ヶ月継続できた自分を褒めてあげたい。大学院の研究もあり毎日投稿はできなかったが、よく書き続けられたと思う。

たまには自分で自分のことを褒めてあげないとね。甘やかしすぎるのは良くないけれど。

また、書くことは誰でもできることだけど、すごくエネルギーのいる作業だと身に染みて感じた。


さて、noteに投稿をしていく中で意識していたことがある。それは

  • 「畏敬」を感じられるような投稿を目指すこと

  • とりあえず投稿し続けること

である。

「畏敬」を感じられる投稿を目指す理由

せっかく時間をとって自分の投稿を見てくれたのだから、何か良い影響を与えたい。

でも自分はまだ理系大学院生で、専門家のような知識もない。どうすればいいんだろうか?

そうやって書く内容に悩んでいた時、鈴木裕さんが書いた本『最高の体調』を読んでいると、その本のある箇所に目がいった。


それは「畏敬」についての内容だ。

「畏敬」にはたくさんのメリットがあることが研究でわかっている。ここで、それについて書くと長くなってしまうので、興味のある方は「畏敬」についてまとめた記事を見てほしい。


この「畏敬」を感じられるような記事なら、書けるかもしれない。というのも自分にそれが合っている気がしたからだ。


私は感受性が高いと言われたことがある。感受性が高いと悩みも多くなるが、その代わりに審美感もあると思う。これまで先生に絵とか文章を褒めてもらえることが多かったのは、その感性が良い方向に出たからだと思う。

もちろん感受性が高いと、苦しいことも増える。受け取る情報が多くてすぐに疲れてしまう。情報を処理するフィルターのふるいをかける能力が小さい。

周りの音がすごい気になったり、同時にたくさんのことをすることが苦手だったりする。
些細な一言が気になって、頭の中でその一言がぐるぐるすることもしばしばある。

過呼吸になるぐらい精神的にしんどくなって、大学を休学したこともあったなあ。


でもこの感受性をうまく活かせれば、読者の心を動かすような記事を作れるかもしれない。そう思って、この1ヶ月noteの投稿を続けた。


しかし、「畏敬」を感じられるような作品を作るのは簡単ではない。評価の高い作品を作ることは、そう簡単にはできない。そこで「とりあえず投稿し続けること」が大事になってくる。


駄作の山から傑作が生まれる

組織心理学者のアダム・グラントは独創的な人々について研究していて、彼によれば少数の良いアイデアを生むためにはたくさんのまずいアイデアを出さなければならないらしい。

どの分野でも独創的で偉大な業績を残した人たちは、たくさんの失敗を重ねた人たちなのだそうだ。

バッハやベートーベン、モーツァルトという偉大な音楽家や発明家のエジソン、物理学者のアインシュタイン、画家のピカソは素晴らしい功績をあげた人物として有名だ。

一方で、彼らが多作家であったことを知っている人は少ない。たくさんの作品(アインシュタインの場合は科学論文)を作ることでいろんな種類の作品が増えていき、本当に独創的なものが出来上がるらしい。

これについては、アダム・グラントが書いた『originals』という本に詳しく書かれている。


彼はTEDトークにも出演している。ユーモアのある方で、彼自身が独創的な人物
だ。


このことについて知っていたので、私はnoteの記事がなかなか良い評価を得られなくても、とりあえず書き続けることができた。

全然「スキ」がない記事もあれば、なぜかよくわからないけどたくさんの「スキ」をもらえた記事もある。(たくさんの「スキ」といっても、有名な人の記事に比べればもちろん全然少ないけど。)

どの記事がウケるかは、全然わからない。めっちゃ時間をかけたのに全然読まれないこともあれば、思いついたことを流れるまま書いた記事が多くの人に読まれることもある。

ホームランを打つためには、三振を覚悟で打席にたくさん立つしかないということだ。もちろん、毎回しっかりホームランを狙いにいった記事を書いているが。



これからの展望

「畏敬」を感じられるような投稿を目指してnoteを書き始めたけど、「畏敬」にこだわり過ぎていた気もする。

「畏敬」を感じられるようなかっこいい文章を書こうとし過ぎていて、無理をしていた。そんな文章は人生経験がまだ少ない理系大学院生に向いていない気がする。

間違った方向で努力していたのかも。でも自分に合った文章って、たくさん書いてみないとわからないと思う。多作家の人もこうやって、自分なりの独創的な方法を見つけたのかな。


これからは「畏敬」へのこだわりを捨てて、どんな形でもいいから読者の方の心に寄り添えるような文章を書いていきたい。


日々生きづらさを感じている自分の気持ちや悩み、いろんな本を読んで得た知識、理系大学院生だから書けること、そういったものを総動員して何か読者に恩返ししたいな。

やっぱり等身大の文章が一番いい気がする。じゃないと書き続けられないと思う。

読者の反応を見ながら書き続けていく中で、自分のスタイルを早く見つけたいな。


どんな文章なら自分が書き続けることができてかつ、読者に良い影響を与えることができるか。

長い旅になるかもしれないけれど、それを見つけるためには書き続けるしかない。

多作家の例として紹介したピカソも似たようなことを言っていたので、紹介しておく。

何を描きたいかは、描き始めてみなければわからない。


研究や就活が忙しくなってあまり書けない時もあるかもしれないけれど、応援してくださると嬉しいです!気軽にフォローしてください!

これからもnoteを続けていく中で、三振が多くなりますが、打率もだんだん上がってくると思うので期待しておいて下さい!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?