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若きウェルテルは早逝したが、ゲーテは長生きした 

とか言ったのは、心理療法家で文化庁長官の河合隼雄さんだった。

「若きウェルテルの悩み」の主人公ウェルテルは、最後に自らの命を絶ってしまう。
この作品が世に出たのち、影響を受けた若者が実際に命を断つ事があったと言う。

皆さんの中でも、思春期や青年期に「死」を間近に感じた人は多いのではないか。
年齢を経て感じる「死」と若い時に感じるそれは、どうも違うようだ。
若い時の方がある意味鬼気迫るものがある。
人生の前半に向き合うそれは激しく狭苦しい。
かつて僕らはみな、そこをくぐり抜けてきた。

この時期、僕らは「擬似的に」何度も死ぬ。
まるで映画や漫画の相似形のように。

ある時、少年が相談室に入るなり箱庭に突進して沢山のお墓を作った。
静かな息遣いの中、何度も何度もお墓を建てては少年はそれを弔った。
僕は傍らで固唾を飲んで見守った。
ある日、箱庭の中で二人の人が復活した。
二人は森の中で結婚式を挙げた。
多くの動物たちが集まってそれを祝福した。
何事かが少年の中で終わった音が聞こえた。
少年は心の大仕事をやり通した。
その後、少年の「問題」は解消に向かった。

この世の僕らは、時に「死ぬ」ほどに苦しいが、実際に死ぬ事があってはならない。
人を殺してもいけない。

例えば「親殺し」は、実際にやってはならない。
親殺しの意味は、親とは違う生き方を選び自分を生きる道筋を見つける事に他ならない。
(首相の暗殺は、間違った親殺しだろう。)

それらは、心の中で自分が取り組む、大切で密やかなものであるべきだ。
その難事業の時、傍で見守ってくれる誰かがいる事を祈りたい。

「若きウェルテル」は早く死んでしまったけれど、作者のゲーテは長生きだったんだ。

河合隼雄さんは上手いことを言った。

僕らも、そうやって生き延びようじゃないか。











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