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「 パラグアイの熱い夕陽 」 第一話



イグアスの滝と俺

  
母の実家がある南米パラグアイの田舎町を幼い頃ぶりに一人で訪ねる

リアルストーリーです。
ブラジル、カナダ、コロンビアと海外で暮らした経験などをふまえ
自然と命、心の中に刻まれた想いについて綴った文章です。
この話しには多くの犬が登場します。
今まで何年も閉ざしていた心をパラグアイに強く生きる犬達や
ワイルドな叔父さん達と触れ合う事により解放してゆきます。

S.Bobo.S

  もくじ

黄金の魚 ドラド

牧場の熱い日々

狩が始まる

コロンビアの赤い夕陽

命を奪う

牧場の犬

愛犬ムク

牧場の風景


         「 黄金の魚 ドラド 」

その瞬間!!

ググッッ!!
キューーーーーンッ!!

竿先がおもいっきり水中に引き込まれ
ジジーーーーーーーッ!!っと
糸が出ていった!!

「 おもいっきり、引っカケぇ~~い!!」
北海道訛りの少し甲高い声が響く

竿をおもいっきり立てた!!
ジジジッッ!!

「 もっとドラグをゆるめぇ~~ッ!!」

リールの先を素早く回したっ!!
ジジジジジーーーーーーーーーーーー!!??

ヤバイッ!!、行き過ぎだッ!!

とっさにラインを竿ごと抑え、竿尻を腹に抱えながらダイヤルを絞める。
ジジッ、ジーーーッ。
・・・・・・・・・・・
「・・・・・・!? 巻けぇ!! 巻けぇ~~~っ!!」

どうしても、俺に釣らせるその想い 
強く伝わり気が引き締まる

地域の釣り大会で何度も優勝している叔父さんの叫ぶ中
俺は必死にリールを巻いた。

くるくるっ!! くるくるっ!! くるくるくる~~~っ!!
ジーーーーーーッ!!っと糸が出ては巻き

ジーーーーッ!!っと出ては巻きを繰り返す。

20m程の所でその魚は水面から跳ね上がった。

その一瞬
濁った川面が弾け
水滴をまき散らせながら
太陽の反射に輝く魚体は
確かな金色のきらびやかさを放ち
茶色い水中へと戻った

絶対に逃したくない想いは俺も叔父さんも今、「 この瞬間!!」 
強く共通している。

「 慎重にっ!! 慎重に~~っっ!!! おいっ!! おいぃ~~っっ!!!」

始終叫ばれながら、慎重に暴れる魚を引き寄せる。
しかし半端ないファイトで何度もジャンプを繰り返し
口に掛かった針を外そうとする。

こんなに激しい魚は初めてだ!!
なんとかボートの脇までたぐり寄せた。
金色の魚体が茶色く濁った水面に一瞬キラリと現れた。
またすぐに凄い力で水中に消える。
ジジーーーーーーーッ!!
くるくるっ!! くるくるっ!! くるくるくる~~っ!!

金塊がまた顔を出した!!
叔父さんがすかさず網を入れた!!
俺は金の頭を上手く網に持ってくる。

「 入ったど~~~っ!! 」

 叔父さんが真っ黒に日焼けした笑顔で、ぐねぐねと暴れる網を持ち上げた。
やっと緊張が解かれ、ホッとした。
ボートの中に投げ入れた魚は全身を金色に輝かせ
バタバタといつまでも暴れていた。
サイズは50㎝。口には鋭い歯が並び顔つきや体はサケに似ている。
尾びれの中心に黒いラインが入り、ヒレの縁は金色からオレンジ色へと濃く移る。

 俺を睨みつける血走った目がワイルドだ。
 恨まれてる感を強く感じる!!

「 これが黄金の魚ドラドだぞっ!! やったなぁ!! お前っ!!」

叔父さんはもうニッコニコだ。

ブラジル、パラグアイ、アルゼンチンを流れるこの広大なパラナ河は
海ように広く、最も広い所で川幅は270㎞もある。
茶色く濁った大量の水は静かに流れているように見えるが
実際の流れはかなり速い。

 いくつかのポイントの中でもドラド釣りチャンピオンの叔父さんは
流れの最も速い、ダム付近の流れにボートの錨を降ろした。

 ドラド釣りにはワイヤーに繋がった針を使う。
歯が鋭く普通のラインではサクッと切られてしまうのだ。
エサは20㎝くらいの短いウナギのようなヌルッとした魚を
活きたまま大きい針に掛ける。
針はタチウオ用の芯の長い針を大きくしたような針で、頭が輪っかになっている。
海外の大柄な人間には日本のようなわずかな掛かりだけの一本針に
直で糸を結び付けるのは、指の太さから云って困難であろう。
海外の釣具屋で売ってる針は大体この頭が輪っかタイプだ。
魚にはバレバレだが糸が結び安くて楽チンである。
チョウチョウ結びでもいけそうだ。

 叔父さんにビクビクと動くヌルヌルのエサを付けてもらった。

ロックを外し、右の人差し指でラインを抑え
竿をおもいっきり後ろに振っっ・・・・!!??

「 おいっ!! おいぃぃ~~っっ!! 後ろ~~っっ!!!」

針の付いたヌルヌルのウナちゃんが叔父さんの横顔を
パチぃ~~ん!!
と引っぱたいていた。

叔父さんは昔のオロナミンCの看板の、眼鏡が下がったコンちゃんのように
ズレた茄子型サングラスを直している。
マッカーサーが掛けてたようなグラサンだ。

ハードボイルドな叔父さんのイメージが・・・・
ドリフのラストのように崩れて行く・・・・
ぷぷぷっっ!!

テレビでおもいっきり突っ込まれ
グラサンのズレたタモリが脳裏をよぎってしまった。
こみ上げる笑いを堪えると余計キツくなる。
今は絶対に笑ってはいけないのである。
ククククッッ、・・・・・ッッ!!

同じような茄子型サングラスをかけ、裸の体にいつも
おもろい一言を書いてる焼き肉屋の関西芸人まで頭に浮かび
もう限界だっ!!
名前を思い出そうとする度に、今の決定的瞬間がその顔と重なり
も、も、も、もうピーク、クックック~~ッ!!

ブハァ~~ッ!!
後ろを向いて溜まったものを吹き出し
聞こえないように、エアー爆笑をボート脇水面ギリギリの所で行った。
深呼吸をして精神を統一し、叔父さんの方をもう一度見る。

シャツの裾でウナちゃんのヌメリが付いたサングラスを拭きながら
ボートの上で太陽に照らされた叔父さんは、石原裕次郎になっていた。

「 危ないヤツだなぁ 」

サッ!! 
ボート脇に素早く身を乗り出し
水面ギリギリの所で、エアー爆笑を気付かれぬよう
一切の空気の振動も無く、無音で2回行った。
ハアハア、ハアハア!!
息が苦しい!!
ハアハア、どうやら

「 あの茄子型のサングラスの微妙なズレ加減  」 

ぷぷぷっっっ!!
が俺の笑いのツボを直撃してしまったようだ。
ビールも朝からしこたま飲んでるし
今は箸が転がっても可笑しい状態である。
なるべく叔父さんの方を見ないようにしよう。

竿をおもいっきり後ろに振りかぶり

シャーーーーーーーーーーーッ!!

おもいっきり遠くにキャストした。
遠くの水面に、ピシャッ!!
ケツに針を忍ばせたウナちゃんが落ちる。
川の流れにしばらく乗せ、   カチッとラインをロックした。 

ビクビクッ!!
ピクピクッ!!

「 おお~っ!! ガンガン当たってきてるよ~っ!! 」

さすが広叔父さん、いいポイントを知っている。
入れ喰い状態だ。

「 待てよっ!! すぐに上げたらいかんぞっ!! 
もう少し喰い付いてからだっ!!」

ググーーッ!!
「 うぉりゃ~~~!! 」

おもいっきり竿を立てた!!
スッと抜ける。

「 うぁ~ ハズした~~っ!!」

リールをくるくると巻き上げてみると
エサのウナギはザックリと半分に喰い切られ
息も絶え絶えにヒクヒクと俺を見ていた。
針から外し川にリリース

「 お疲れ~~っす!!」
ポチャッ!!

「 お前っ 次自分でエサ付けてみろっ。 」

サングラスの縁を手で直しながら叔父さんが言った。
すぐに後ろを向く
クククッッ!!・・・っっっ!!
ハアハア、ハアハア!!
ダメだっ!!
も、もう、腹筋が耐えられなひ。
も、もう、グラサンに触らなひでっ!!

釣り以上に笑いをこらえるのに
必要以上の体力と半年分の腹筋を使っている。
ハアハア、ハアハア。

 バケツの中にはまだエサ屋で買った、
20匹程のウナギベイトがヌルヌルと蠢いていた。
手に取るとヌルっと指の間を滑り抜けるが、強く握ると弱るので
そっと優しく手の平に寝かせ、尻の穴からワイヤーを口に通す。
針の頭の輪っかも強引に尻の穴からヌルリと引っぱり上げると
キュ~~ン となり、スイッチが入ったかのようにビクビクと暴れた。
深い返しの付いた針先が丁度良く尻の穴から出ている。
上下のヒレがヒラヒラと尾の先まで細かいウエーブを打ち
かなり調子のいいベイトだ。

 シャーーーーーーーーーーーーーーッ!!    

おもいっきり遠くにキャストし、しばらく流れに乗せる      カチッ。

ビクビクッ!!
・・・・・・・

ググーーーーッ!!
「 キターーッ!!」

竿をシュンと立てた!!
ジジーーーッ!!
リールから糸が出てゆく

「 もう一回っ!!、カケとけ~~っ!!」

 もう一度シュンと竿を立て、確実に針をくい込ませる。

ジジーーーーーーッッッ!!

魚はモーレツな勢いで走り、遠くでジャンプした。 
30mは先だ。

こんなに美しいジャンプは初めて見る。
真っ青に抜けた空の下、鮮やかなジャングルを流れる茶色く濁った水中から
黄金に輝く魚体がブルブルと水滴を散らしながら飛び出し
灼熱の太陽にキラリと反射する。

「 慌てんでいいからっ!! 駆け引きを楽しんでみろっ!!」

何度も黄金がキラリと飛び出し、ボートに近付け網を入れた。

またも60㎝程のドラドがバタバタと網の中で凄い勢いで暴れている。
叔父さんがそれ用っぽい棒で頭を引っぱたき落ち着かせた。

 続けて同サイズのドラドを2匹釣り上げた!!
叔父さんが頭を引っぱたく。

ドラドが入れ喰いなんてポイントを知ってるのは叔父さんくらいなもんだろう。
この場所で釣りを始めてから、まだわずかしか経っていない。

「 おっ、いかんな。 ダム警備のボートが来よったぞっ
あいつら面倒だからなっ。元々ココは釣り禁止なんだわ、錨を上げとけっ!!」

おいちゃん、釣り禁ポイントだったんかいなっ!!
急いでロープを引っぱり、錨を上げた!!
同時に叔父さんがフルスロットルでボートを走らせた!!

約800m後方に白い波を切り、黒いモーターボートが
一直線にこちらに向かって来ている。
しばらく直線が続き、追って来るボートを巻くように
ジャングルの間をいくつも枝分かれする細めの流れにフルスピードで入ってゆく。

それはまるで子供の頃憧れていたゼロ戦に乗っているようだった。
ゼロ戦はかっこいい。

凄いスピードでカーブに入り、細い流れをぶっちぎりで遡ってゆく。
傾くボートの端に体重を掛けた。
俺に出来るのはそのくらいだ。
叔父さんに任せるしかない。

 まるで映画007のようなスリリングなシーンを体感しながら
相手が銃を撃ってきたら叔父さんも撃ち返すんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていた。

 何せボートに道具を積み込む時

「 これは奥に仕舞っとけ 」

皮のホルダーに入ったずっしりとした拳銃を手渡されたのだ。
そこだけ観るとヤクザ映画のワンシーンのようだが

「 スルビって云うどでかいナマズが掛かったら
暴れんようこれで頭を撃ち抜くんだぞっ 」

と言っていた。
 ボートはしばらくジャングルの編み目を縫うように抜けて行った。
もう警備のボートも引き返したようだ。
 ちょっとした木陰にボートを停め、釣りを再開した。
しばらく竿を垂れるが全然当たりが来ない。
これだけ広いと魚のいない場所もあるんだなぁ。
川の水は茶色く濁り、水面近くまで来ないと何がいるか分からない。
くるくるとリールを巻いていると

「 手を水面でピチャピチャさせといてみろっ、ピラニアが喰い付いてくるからっ」

おなじみのアマゾン・ジョークを叔父さんが言った。
ハハ~っと、一応のリアクションを取るが
以前にも2回程コロンビアの違う川で船頭が言ってたのを思い出す。

 鮮明な緑のジャングルを覆う空は徐々にピンク色に色付き始めた。
スッキリと抜けた水色の空と優しいピンク色のコントラストはどこか
アンディー・ウォホールのポップで鮮やかな絵のようだ。

 こんなのんびりとした釣りが好きだ。
飲んでる時はたまに釣れるくらいが丁度いい。
釣りに飽きたのか、もう釣れないと確信したのか
おもむろにずっしりと黒い拳銃を俺に手渡した。
缶ビールを飲み干し、おもいっきり上流に投げた。

「 撃ってみろっ 」

 俺が小3の時、パラグアイから当時住んでいた
冬のカナダの家に叔父さんが遊びに来た事がある。
その時お土産に貰ったのがずっしりとした
刃渡り20㎝程のサバイバルナイフだった。
今でも大事に使っている俺の一部だ。
親父とたまに行く湖での釣りやキャンプには、ここぞとばかりに
持って行き、バサバサと切れ味を楽しんでいた。

それより以前に親父に貰った小さい折りたたみナイフは刃が開きにくくなり
そう云えば、あのナイフはどうしたんだったか・・・・

 カナダの空港の手荷物検査ではかなりトラブったそうだ。

「 このナイフまではまだ良かったんだけどな
バッグのポケットにライフルの弾が入っとったの気が付かんで~
何時間も別室で調べ上げられて、えらい目にあったぞっ!!」

 こんな叔父さんの、ゴルゴ13っぽい所が子供の頃から好きだった。
公園の池のカモをいつまでもジッと睨んでいた横顔を思い出す。
横から見る鼻筋と目元から口元に刻まれた線がゴルゴに少し似ている。

ゴルゴ13は小2の頃からの俺の憧れだ。
カナダに出発する前に
成田空港で親父が兄貴に買ってやったのを読んだのが始まりである。
こんなスナイパーになりたいと思っていた、変わり者の子供だったかもしれない。

手渡された拳銃は中2の時コロンビアで初めて撃った銃と全く同じだった。
その時はもの凄い反動と共に、頭上高くのヤシの実がバックリと弾け
ココナッツ汁が顔に降りそそいだ。
ドカドカとでかい実が幾つも落ちて来て結構危なかったのを思い出す。
予想以上の威力に興奮しヤシの実をバンバン撃ち落としていた。

 38口径。Smith&Wesson社製の黒いリボルバー式拳銃だ。
ずっしりと右手にフィットし、左手がそれを支える。
流れる缶に照準を合わせ、絞るように引き金を引いた。

バゴーーーン!!

辺りに銃声がこだまし、水面が弾け飛ぶ
かなりの反動で銃が跳ね上がった

バゴーーーン!!

水面だけが弾け飛び、缶はもう遠く下流に流されてゆく
川の速さが良く分かる。

俺も缶ビールを飲み干し、おもいっきり上流に投げた。
次は慎重に狙いを少し低めに定め、流れる缶を追い越し
少し手前で引き金を絞った。

バゴーーーン!!

流れる缶が吹っ飛んだ

バゴーーーン!!

バゴーーーン!!

バゴーーーン!!

空になった缶をすべて投げ入れるが、もう飲めない。
ボートには水は疎か缶ビールしか積んでいなかったのだ。
ビールだけはキンキンに冷えている。
叔父さんにとってビールは水なのだ。

「 ちゃんと水分取らんといかんぞっ!!」

と、ビールをくれる。
パラグアイの灼熱の太陽の下、朝からキンキンのビールしか飲んでいない。
日焼けなのか、酔っているのか疲れたのかも関係なく
ピンク色だった空は地平線から徐々に赤紫色に移り始め
本日の終わりを告げようとしていた。

「 釣れんようだし、そろそろ帰るか~っ 」

広大な茶色い川を風を切りながらフルスピードでボートをカッ飛ばす
叔父さんの日焼けした横顔がインディオみたいでカッコいい
黒々とした髪がばらばらと風に流されている

川の中州の木々に無数のハゲコウが止まっていた。
真っ黒でくちばしが異様に長く、頭から首の根元までハゲている。
気持ちの悪い宇宙人であり、地球人でもある。
ツルくらいの大きさのハゲコウの群れは、まるで葬式のように不気味だ。

「 あれ撃ってみるか~~っ!?」

突っ走るボートの上から拳銃を構えた。

バゴーーン!!

少し上を狙った。
こいつを食べるのは勘弁だ。

 ハゲコウの葬式は少しざわ付いたが、何事も無かったように羽根をしまい
過ぎ行くボートを見ていた。
飛び立つ程の事では無いらしい。

あっ!! ・・・ヤッ・・・ヤバイ!!
風圧で叔父さんの茄子型サングラスが・・・
微妙にズレてきている!!
叔父さんがこっちを向いた時
その風圧は・・・

あっ!!
エサのウナギに横っツラを引っぱたかれ
茄子型サングラスが斜に下がった、叔父さんのあの顔がっ!!
重なった・・・・。

プッ!!・・・ククククッッッ!! プファッ、ハッ~~~ッ!!
ヒッ、ヒッ!! プッファ~~!!ヒッヒ~~~ッッ!!
溜めていた笑いが一気に吹き出し、騒がしいエンジン音と共に風に流されていった

一人大爆笑とはこの事かっ!!
もういくら叫んでも大丈夫だ!!
今までこんなにスッキリとした気持ちで腹の底から
声を出して笑ったのはいつ以来だろうか・・・
日本から持ち込んだものまで気持ちよく出て行った
もう一度
ドワッ、ハッハ~~ッッ!! プッ、ファ~~~ッ!! ハアッ、ハッハ~~ッ!!
と、大きく笑い
奥にあるモノすべてを出し尽くした
ハアハア、ハアハア

何か吹っ切れた
確かに吹っ切れている
心がスッキリとしている
ハァ~~ーーーーーーーッ!!
もやもやと曇っていた肺あたりがスッキリと抜け、呼吸が気持ちいい
なんだか心が晴れ渡るような、広く広がる感じが体の中を通ってゆく
視界もより鮮やかに、広々と遠くまで澄み渡ってゆく
なんだか突然スッキリと抜けていった

自分が今ここに甦ったようだ
姿勢が伸び
湧き立つエネルギーを両手に握りしめる
風を受け
この地に降り立ち
夕陽に照らされた自分を確認する
すべてのこの景色
この瞬間が嬉しくて
笑いながら大量の涙が溢れ
風に流されていった

あの日以来、俺はちゃんと笑っていなかった気がする。
ずっと心に閉じ込めてきた中2のあの日以来。

ボートを岸に付ける。
赤々と河に落ち始めた夕陽が異様にでかい。
他のボートの獲物の中に1mもあるドラドが釣り上がっていた。
体以上に頭がでかく、将棋盤程もある。
金色よりオレンジ色が強く、かなり恐ろしい顔をしている。

 このパラグアイの僻地に世界中から釣りマニアが集まるそうだ。
文豪の開高健もかなりの釣りマニアで南米にドラドを釣りに来ている。
その時の事が書かれている、「 オーパ 」はワクワクしながら
小5の時に時間をかけて何回も読んでいた。
叔父さんは釣り仲間に水深などがデジタルで表示される
電動リールを見せている。
俺が日本からお土産で持って来た。

「 どうだ!! 日本の技術力は凄いだろう!!」

サングラスを外し目の周りだけが茄子型に白くなっていた。
白人のオッチャン達が集まり物珍しげにリールの裏まで日に翳し
長々と凝視していた。
みんな初めて目にする代物だ。

トヨタの四駆に繋げたキャリヤーをバックで川に突っ込みボートを引き上げる。
PAJEROっぽいがMONTANAと書いてある。

「 PAJERO みたいだね 」

「 PAJEROって名前じゃあこっちでは全然売れんくてなぁ
それでMONTANAに変えたんだ 」

「 へ~~っ 」

「 PAJEROってのは~、こっちではセンズリをコクって意味だからなぁ。ハハハ~」

ぷぷぷっっ!
そんな恥ずかしい車誰も乗りたくない。
車の後ろにズリセンヤロウと書かれているなんて、そんなっ。
四駆に乗るような人間なら余計に無理だろう。
このネーミング一歩詰めが甘かったようですな。

川から引き上げたボートの側面には KAMIKAZEⅡと書いてあった。
やはりあの操縦は本物のゼロ戦だったか。
KAMIKAZEⅠもあったのかと想うと昔パラグアイに移住した日本人の
日本人魂を感じる。

 俺の爺さんはパラグアイ移民第一号だ。
母が中学生の頃、親戚一同で北海道の網走からパラグアイに移住した。
日本から2ヶ月も船に揺られ最終的にたどり着いたのはジャングルのど真ん中。
電気も水道も無い場所で爺さん達はジャングルを切り開き、畑を作り家を建てた。
国道の一本道も爺さんや叔父さん、多くの日本人移民で作ったのだ。

 子供の頃、母はよくパラグアイの話をした。

もうなんもする事ないから、みんなで麻雀牌を木で彫ってね~ 
もう見なくても指でどの牌か分かるくらいやってたね~ 」
今でも母の趣味は麻雀で、よく家に友達を招いては
和気あいあいと会話を楽しんでいる。
俺も小学生の頃から付き合わされていて危ない牌を捨てる度に
麻雀に厳しい母に怒られていた。
父は麻雀が結構へたで今でも母に怒られる。

もう50歳になる兄はパラグアイの初期日本人居住地 ピラポで
ランプの灯りの下に産まれた。
今はハワイのマウイ島に住んでいる。
根っからのサーファーで毎日海を見ている。

 当時移住政策を推進していた国際協力事業団
JICAのパラグアイ担当だった父と爺さんはよく喧嘩していたと云う。
あまりにも無情な土地に家族まで連れて来て苦労をすれば
誰でも文句を言いたくなるのは当然だ。
父は責任を取って長女の母と結婚したのかは分からないが
最初はただ単にお互い凄く暇だったのだろうと思う。
何せパラグアイは時間が止まっている。
広大な自然の中に取り込まれ、ただ日が昇っているか落ちるかの
どちらかの様な単純なリズムで一日が終わるのである。

俺と一つ下の妹はブラジルのリオ・デ・ジャネイロで生まれた。 
リオのカーニバルでも有名な都市で当時はブラジルの首都であった。

巨大なキリスト像がコルコバードの山頂にそびえ立つ。
腕を大きく広げ手を開き、その下に広がるリオの街
南米大陸、そして地球上のすべての魂を守っておられる

高いヤシの木が遥か遠くまで続く
白いコパカバーナの砂浜の目の前に住んでいた
生まれた時からリオの海を見ている

俺の生まれた日はサッカー・ワールドカップで
ブラジルが初優勝した記念すべき日だった。
サッカーの神様とも呼ばれたブラジルの選手ペレが大活躍した試合だ。
ブラジル人のサッカー熱は半端じゃない。
一晩中あっちこちで花火が打ち上がり、街中が紙吹雪で埋め尽くされた。
国中が沸き立つカーニバルや大晦日なんてレベルじゃない程に
あの日のブラジルは沸騰し、喜びに満ちあふれていたそうだ。

「 先生も皆んなサッカー中継に夢中で、呼んでも誰も来やしないっ 」

どうやら俺はいい日に生まれたようだ。
母もとても良い日に生まれた。
日本国民が祝福する昭和の天皇陛下のお誕生日と同じ日だ。

「 今日はお父さんがっ、俺のっ 俺の弟を!! 
デパートで買ってくるんだぁ~ぃ!! 俺のだ! 俺のっ!!」

7才の兄貴は朝からワクワクしながら
俺が届くのを待っていたそうだ。

その後4歳で来日し、厚木の山奥の家に小2の始め頃まで住んだ。
ピカピカの1年生として入学したのは
荻野小学校の木造校舎で良い友達も何人もいた。
教室の窓の下はキャベツ畑で遊びに来る野ウサギをいつも眺めていた。

子供の頃の俺にとって自然豊かなこの場所はまさにパラダイスだった。
家の裏には田んぼが続き、その奥や両脇は深い森に覆われている。
家の両脇には深い竹林が鬱蒼と続く。
ちょっと離れた家の前には父の妹の家族が住んでおり
ポインター2匹とカモを20羽程飼っていた。
カモの生みたて卵は長くて旨い。
でかくて赤いダンプカーをいつも洗っていた叔父ちゃんや
優しい叔母ちゃん、二人のお姉ちゃん達によく遊んでもらった。

どちらかと云うと、一人で虫を捕ってる事が多かった。
家のすぐ脇を流れ、裏の田んぼに繋がる細い水路がある。
そこでドジョウやイモリ、ヤゴなどを捕まえて洗面器で飼ったり
いろんな生き物を捕まえては観察していた。

この水路を通るトンボをよく獲っていた。
オニヤンマという体長20㎝程もある大トンボがココをよく通る。
黄色と黒の危険なストライプと緑色の目がカッコいい。

親父が昔から使っていたでかい本格的な虫取り網を
水路沿いの壁に伏せて待ち伏せる。
凄いスピードで一直線に飛んで来るオニヤンマを
サッと直前で網を立てて捕獲するのである。
野球のミットのようにオニヤンマが網を直撃し
バラバラと凄い音で暴れる様は大興奮で盛り上がる。
他のトンボには目もくれず、オニヤンマ一本狙いで
シーズン中のその時間帯は毎日のように水路に立っていた。

捕まえたオニヤンマはしばらく家で働かせる。
電球に飛んできた蛾を捕まえてる所を何度も見た事がある。
そして弱る前に外に放す。
虫は家の中の乾燥にとても弱い。
トンボは蚊を食べるいい虫だ。

夏が近付くと裏の田んぼに無数のホタルが飛び回りカエルの合唱が夜通し続いた。

その頃遊んでいた友達は養豚場のせがれと
乳牛を大量に飼っている家の息子だった。
毎日のようにでかい虫取り網を肩に担ぎ
牛や豚、友達に会いに行っていた。

近所に住む初めてのガールフレンドは
チビまるこちゃんそっくりで可愛い、のぶちゃんだ。
すべての遊びがおままごとの中の世界だった。
お母さんが家でよく言ってるんだろうなぁと云うセリフを
ペラペラと話したり、急に怒ったり。
小Ⅰの同じクラスでのぶちゃんは
一番背が小さかったが気は結構強かった。
行きも帰りも雨の日も、一緒に登校した。

あの田舎道には彼岸花が一面に咲き乱れ
山々の間に小川と田んぼが延々と続いていた
その日、その日の、子供だけの
まるで夢の中の出来事のような世界があった

いつも夕陽が沈むまで一緒にいた。
カナダへの引越しの時は二人とも大泣きした。
あんなに泣いたのは赤ちゃんの時以来だろう。
のぶちゃんもぐちゃぐちゃに泣きながら
可愛い便せんと鉛筆をくれた。
もっといっぱい手紙を書いてあげれば良かった。

カナダから帰って来てすぐ、一人で電車に乗って3年ぶりに会いに行った。
その時は久しぶりすぎて、ドキドキしてあまり話せなかった。

のぶちゃんも前からの恥ずかしがり屋だから
ずっと顔を赤くして下を向いたまま全然話さないし
しばらくそんな感じで、あの頃よく遊んでたコンクリートの端に
足をぶらぶらさせて、ずっと座ってたなぁ

厚木での日々は子供の頃の一番ピュアな想い出だ。
心の中を幸せな気持ちとせつなさで溢れさせる。





   「 牧場の熱い日々 」  

空が紫色に暗く染まった頃、叔父さんの家に着いた。
4、5匹の大型犬が車を取り囲む。
シェパードやその雑種らしき犬達だ。
車から降りると犬達は遠慮もなく魚臭の付いたジーパンに鼻を擦り付け
調子に乗って泥だらけの足で飛び付いて来た。

「 こらっ!」
叔父さんが一喝し、犬らは頭を低くした。
犬に舐められないように平然とボートの荷物を降ろす。

 奥さんがすぐに釣り立てのドラドを調理してくれた。
もの静かで、たどたどしい日本語を話す優しい人だ。
いろいろと気を使ってくれる。

 丸のままのドラドに岩塩、オリーブ油、数種のハーブを擦り込み
炭火でじっくりと丸焼きにする。
ドラドから滴り落ちる脂で時より勢いよく炎が燃え上がり
魚の焼けるいい匂いが立ち込めた。

 広叔父さんと奥さん、長女のエリと弟のカツユキ。
こんがりといい色に焼けたドラドの乗った食卓を囲む。

 ドラドの味はまさに、すごく脂の乗った白身のサケだ。
パリパリに焼けた皮にハーブオイルの味が堪らなく旨い。
川魚の臭みも無く、海の魚よりも脂が乗っている。
結構旨い魚だ。
またこの料理法が初めて味わう驚きの旨さだ。

 食後、ビールの酔いと疲れもあってか会話もそこそこにぐっすりと眠った。

 翌朝、家の脇で小さくて緑色をした南米のレモンを捥ぎ取り、紅茶に絞る。
驚く程固くパサ付いたパンに蜂蜜を付けて食べた。
 パラグアイの蜂蜜は茶色く濃厚なのにクセもなく、とても旨い。
南米では多くの日本人が養蜂をしている。
南米の蜜蜂は黒っぽく、西洋蜜蜂よりも大きい。
攻撃性も高いのだ。

 今日から広叔父さんの牧場に移動する。
畑と地平線だけが広がる道を演歌を聴きながら永遠と走る。

朝に出て、日が真上くらいに牧場に到着した。
何も無い道の途中で脇に入り、車を降りてゲートを開いた。
車を通してまた閉める。
ガタガタ道を進むと、でかい犬どもが狂ったように吠えながら車を追ってきた。

「 タイヤに噛み付いてる~~っ!!」

 奥には家や納屋などの建物が建っている。
家の前に車を停めるとシェパードやら雑種やらの大型犬が5、6匹車を取り囲んだ。
覚悟を決めて車から降り、汚い足で飛び付く犬どもを交わしながら家に荷物を入れた。
その後、すべての犬に臭いを嗅がせ落ち着かせようとするが
犬どもは興奮し、ギャンギャンと順番を争っている。
俺の服もジーパンも既にドロッドロだ。

 隣の建物に入ると3人のガウチョらが昼飯を食べていた。
叔父さんが俺を紹介し、赤ら顔のガウチョ達がゲラゲラと挨拶した。
みんなあちこちに歯が無いど田舎村のおっちゃん達である。
仕事は主に牛の世話と牧場の管理。
常に馬で行動するカウボーイだ。
いや、牛追いおっちゃん達である。
歯の無い口でスープに入った肉の塊と格闘している。
みんな顔が油でテラッテラだ。

牧場のオバハンが作ったスープを頂いた。
カルドと呼ばれるスープで具は牛肉の塊と
マンジョカと云う南米の主食でもある芋がゴロンと入っている。
コリアンダー風味の塩味だ。
南米のスープにはこの味が多い。
コリアンダーはパクチー、又は香菜と同じ味で、日本の学名はカメムシ草。
まさにカメムシっぽい香りがするが馴れるとクセになる。

 しかしこの肉の塊がなかなか噛み切れない。
手をビチャビチャにして喰いちぎるが、噛んでも噛んでも変わらない。
そのまま飲み込むと詰まりそうになり、肺辺りを通過するまで息苦しい。
もうさっきからずっと同じ塊を噛んでいる。

「 パラグアイの肉はゴム草履みたいだろっ
遠慮せんでいっぱい喰えよっ、ハッハッハッ 」

 マンジョカは旨いが、肉はもう顎が疲れて喰えなくなると云う
初めての状態を味わう。
マンジョカは俺的に、南米3大旨いモノの中の一つである。
スープに入ったものより、フライドポテトのように
油で揚げたマンジョカは最高に旨い。
サツマイモより更に細かいデンプン質が、口の中で溶ける。
甘みは無く、揚げた風味が香ばしく口の中に広がる。
日本でもブラジル食材店に行くと冷凍のものが
1㎏あたり700円程で売られている。
たまに買うが冷凍なので味も香りもそれなりだ。

昼食後、顎を休めていると

「 牛でも見に行くかっ 」

と、車にライフルを2丁積み込んだ。
牧場のガタガタ道を進む。
幾つものゲートを開け閉めするのは俺の役割だ。
しばらく車を走らせると、なだらかな谷間に林が広がり
日陰に牛達が集まっていた。

ビーーッ!! ビーーーッ!!

クラクションを鳴らしながら近付くと
あちこちから牛が出て来て車を取り囲んだ。
ざっと見60頭くらいはいる。
南米種の牛で背中にコブがあるタイプだ。

「 どーだ、うちの牛は良く肥えてるだろ~!」

車の荷台に積んだドラム缶を一緒に下ろし
エサ台に撒くのを手伝った。
油断すると背後には無数の牛達が飢えたように
数㎝の近さまで長青の舌を伸ばし
俺の汗で塩分を補おうとしている。
くるっと後ろを振り返る度に牛達はビクッと体を引き、フリーズした。
とっても嫌な感じの、リアルだるまさんが転んだ状態である。

「 今撒いとるのはな、醤油を作った時の搾りかすだっ。 
動物はみんな塩っぱいものを欲しがっとるんだ 」

 車を走らせ、またしばらく離れた場所にも
醤油の搾りかすをエサ台に撒いた。
また牛達に包囲された。
ビビりな牛達だが、これだけの数に近距離で囲まれると迫力がある。
さっきのスープで牛肉を食べた事が牛達にバレないよう、明るく振る舞った。
顎なんかもう痛くありませんっ!

「 痛たたたたっ!!」

油断してたら後ろから髪の毛を長い舌で巻き付けてきやがった。
バレたらしい。
叔父さんも帽子を取られている。

「 こらこらっ、こいつら遊びたくてしょうがないんだ、良く懐いとるだろっ 」

牛から帽子を取り戻した叔父さんは、いい笑顔をしていた。
 
 しばらくガタガタ道の平原をゆっくりと進み、池の手前でエンジンを切った。

そっと車から降りると、俺にライフルを手渡した。
銃口が縦に2つある散弾銃だ。
ガチャリと真ん中あたりで折れ、太さ2㎝、長さ7㎝の弾を2発入れ
ガチャリと銃をセットする。

「 あっこの茂みから撃つといいぞっ 」

 池の端の茂みまで、そっと近付いた。

「 もっとかがめ、 かがめぇ~~っ! 」

 小声で叫ぶとかすれて変な声になる。
茂みに隠れ池を覗き込むとつがいのカモがいた。
南米のカモは警戒心が強くすぐに飛び立つ。

 しかし、この銃は重たい。
所々錆も出ていて古めかしい。
一体いつの時代の銃なんだ、と云う程の重さだ。

片膝を立て、茂みの端からカモを狙った。
約150m先のカモは少し動く度に静止し
首を伸ばしたり傾けたりして、辺りを警戒していた。

ずっしりと重いライフルの照準をカモに合わせた。
息を止め、右手の人差し指を引き金にかける。

「 か、かたい。ん? あっ 」

安全装置を外し、もう一度狙いを定める。
右目で銃の先っちょの上にちょこんと出ている突起に
根元に出ている窪みを合わせ、またそれをカモに合わせるのだ。
右腕の脇に木製の銃床を挟み、火薬の爆発の衝撃で
銃が動かないように強く固定し、左手で銃身を支える。

息を止め、普通にかたい引き金を引いた。

ドカーーーン!!
「 痛ってぇ~~っ!!」

肩が後ろに吹っ飛んだ。
古い散弾銃、半端ない衝撃だ。
命拾いしたカモらが、ガガガガガ~~~と、地平線を低く飛んで行った

「 お前っ!! 飛び立ったらすぐに、2発目を発射せんといかんのだぞっ!!」

獲物を逃したついでに、ここで練習をした。
池の縁に狙いを定め、かたい引き金を引いた。

ドカーーーン!!

肩に凄い衝撃が走る。
池の縁の泥が跳ね上がり、狙いより少し高い位置に穴が開いた。

引き金の少し上の金具をずらすと、ガチャリと銃が折れ、空の薬莢が
勢い良く飛び出し、俺の額にガツ、ガツッと2発ぶつかった。

「 痛ててっ!!」

薬莢の底は金属製なので、結構痛い。

「 ハッハッハッハ!!」

叔父さんはいつも、昔の漫画のヒーローのような感じで、腹の底から強く笑う。
まるで両手を腰にあてているかのような、絵に描いたような笑い方だ。

もう2発、オレンジ色のプラスチックで覆われた重い弾を胸ポケットから手渡す。
カチッ、カチッと弾を2発込め、ガチャリと銃を戻しセットした。
反動を考え、1㎝程狙いを下げ、引き金を引く。

ドカーーーン!!

狙った場所が跳ね上がった。

「 痛った~い!!」

もう限界だ。
衝撃で肩が悲鳴をあげている。

「 こっちの銃も撃ってみるか?」

スラリとしたライフルを手渡された。
弾倉に22口径、長さ22㎜の小さい弾が15発入る。
右側のレバーを上げ、後ろまで引くと
カチャッと弾倉に詰まった弾が上がり
レバーをカチャリと戻して、弾を奥に装填する。
銃を構え、引き金を引いた。

パーン!!

軽い銃声と共に、狙った場所の泥が正確に跳ね上がる。
肩への衝撃は全然無い。

「 この銃いいね~~!!」

 また車をゆっくりと進ませ、次の池の手前で停めた。
この22口径ライフルを手に、そっと車から降りる。

「 やってみろっ。」

茂みまで体を低くして近づくと、150m先の池にカモが5羽程集まっていた。
レバーをカチャリと引くと、前に撃った空の薬莢が飛び出し、地に落ちた。
カチャリと戻して新しい弾を装填する。
片膝を立て、一番近いカモに狙いを定めると
叔父さんも横に少し下がった場所で散弾銃を構えた。

「 先に撃て、飛び立ったら俺もすぐ撃つからっ!」

カモが静止した。
息を止め、引き金を引く。
パーン!!
ドカーーーン!!
ドカーーーン!!

すかさず叔父さんの猟銃が2回鳴り響いた。
銃声が辺りにこだまし、ギャーギャーとすべてのカモが飛んで行った。

「 お前っ 何やっとるんだっ!? 弾が全部上に行っとるぞっ!!」

あまりにも正確に当たる銃なので
わざとカモの頭を狙ってみたがギリで外した。
鳥に対するハンデとも云おうか、当たる確率を難しくして
生きる確率に望みを与える。
鳥はもう散々、中学生の頃から空気銃で獲っている。
どうしても鳥肉が食べたい訳でもない余裕が
狩りを遊び感覚に変えてしまったようだ。
どうやら叔父さんも外したみたいだ。

収獲の無いまま、牧場のガタガタ道を前後左右に揺られながら戻った。
小高くなだらかに盛り上がった丘の上に、一本のリンゴの木が生えている。
巨大な陰が木の回りを旋回し、てっぺんに止まった。
でかい鷹だ。
茶色い全身に、オレンジ色の太いくちばしが映える。
はっきりと見開いた鋭い目で、車の動きを追っていた。

「 あれは撃たんのだ。 撃たんようにしとる
この牧場を守っとるみたいだからな
ヘビとか獲って食べる、いい鳥なんだぞ

まだカンカンな陽射しの下、鋭い鷹の目は
地平線に小さく消えてゆく車を最後まで追っていた
 

「 お前、大学出たら、何かしたい仕事とかあるのか? 」

自分が何をしたいかと云う具体的なものは何も思い付かなかった。
ただ毎朝、満員電車に乗って夜遅くに家に帰る。
そんな生活が今後待っているかと思うと将来が嫌になる。

最後のゲートを開き、車を通してまた閉める。
家に戻ると、もの凄い煙が辺りにモクモクと立ち込めていた。
ガウチョ達が家の脇でデカデカと火を焚いている。
でかい網が斜めに掛けられ、その上にでかでかと牛の開きがジュアジュアと
音を立てながら、いい色に焼けていた。
南米名物、アサードだ。
肉に岩塩を擦り込み、炭火でじっくりと焼き上げる。
尾頭付きではないが、牛が背骨から真っ二つに開かれている。
しかし、このガウチョらの焼くアサードは豪快だ。
犬達はいつ祭りが始まるのかと、そわそわと火の回りに集まり、
牛の開きに釘付けになっている。

いい匂いが立ち込め、見ているだけで胃がキュルキュルと鳴り出した。
ガウチョのおっちゃんが焼けてるモモ辺りの肉を
ナイフで切り落とし、皿に乗せてくれた。
フォークをぶっ刺し、肉の塊にかぶり付く。
ハガハガッ、アチチッ!!
噛み切る事も出来ず、上顎を火傷した。
ぐびぐびとビールを流し込むが、ベロリと皮が剥けている。

ヒッ、ヒ~~ッ!! ヘッ、ヘ~~ッ!! ヒ~ッ、ヒッヒ~~ッ!!

ガウチョのおっちゃんらが、超ウケている。
些細な事でこんなに笑うなんて。
ジーパンの後ろポケットから出したナイフをカチっと開く。
笑いが一瞬止まった。
スッと肉を切り、口に入れる。
レストランでもナイフが切れないと、自分のを出すマナーの悪さだ。

しかし、とっても肉が固い。
固すぎる。
強く噛み締める度に、味の濃い肉の脂がジュワッと臭みと共に広がる。
匂いの強いラム肉の牛バージョンをワイルドにパワーアップしたような
ケモノ味がする。
なかなか噛み切れない。

固い肉とはこの事を云う。
日本国内でこれ程の固さの肉は、いくら探しても見つからないだろう。
ケモノ臭を含め、絶対に食卓への流通は不可能なレベルである。
ペットフードなどに加工されるのだろうか。

 あまりにも気の毒そうな顔で、犬達が食べるのを見てるので
骨のとこを見せびらかし、火の端に投げた。
2匹が飛び付こうとするが、ハッっとギリギリの所で体を仰け反らす。
パラグアイの雑種犬でも火の中はキツいらしい。

「 お前ら根性ねーなぁ 」

ハウ~~ン
悲しげな目で俺を見ている。
もう一度、少しだけ離した所に骨を投げると、戸惑いながらも頭と上半身を低くして、
ちょこちょこと前足で掻きながら、骨を取ろうとしていた。

さすがに食べてる近くまで来ないのは
日頃ガウチョにぶっ飛ばされているせいだろうか。
野良犬と飼い犬の線引きが微妙なエリアを生きる犬達である。

 腹八分までいかない、腹三分くらいのところで肉をギブアップした。
前例の無い極度な顎の使用により、急激に顎の筋肉が疲労し
これ以上咀嚼を続けるのは困難。と、診断書が降りるレベルである。
口内上顎も火傷しているのだ。
 
 まだ明るいがもう寝たい。
まだ時差ぼけが残っているようだ。
ビールを飲み干し家に入った。

与えられた部屋のベットの茶色い毛布を剥ぐと、
シーツの上は細かい虫の死骸だらけだった。

「 ひえ~っ!!」

毛布をよく見ると、同じ茶色をした細かい蛾の死骸が死ぬほど引っ付いている。
引っ付いていると云うより、繊維を食べる幼虫がサナギになり、
羽化した蛾が毛布の繊維に引っかかり、そのまま死を迎えた状態である。
まるで蛾の羽で織り上げたような見事な毛布を外で何十回も叩き
シーツと共に太陽の下に干した。
しばらくお昼寝はお預けだ。

「 しばらく使って無かったからなあ、ハハハ~ 」

 ありゃ無いよ~!! と、心の中で訴えた。

「 ところで、カブトムシとかもこの辺にいるの?」

「 あっちの林の倒れて腐っとる木の所におるんじゃないか? 
でっかくて白い、足の長いコガネムシが前におったぞ 」

子分にした犬が一匹だけ付いて来た。
汚れているが元の毛は白いと思われる。
一番大きな犬で秋田犬に似ている。
背中にまたがると嫌がりもせずに前進する、純朴でいいヤツだ。
他の犬と違い、おっとりとしていて優しい目をしている。

俺を見上げる瞑らな目を見ていると多摩で飼っていた愛犬の事を想い出し
胸の辺りがギュッと仕出したので見るのをやめた。
アイツの事を想い出すと何時だって心臓がギュッと締め付けられ
そのまま張り裂けてしまいそうになる。
その後何も出来なくなっちゃうのだ。

白い犬が足にすり寄って来たのでよしよしと頭を撫でると手が臭くなった。
何回か嗅ぎ直すが、やはり臭かった。

 しばらく歩くと、なだらかな斜面に木々が隙間を空けて生えている場所に出た。
中に入ると日陰が広々と広がり、心地よい湿度と涼しさに包まれた。
奥に木が倒れていた。
根元から朽ち、足で蹴るとボロボロと崩れる。
落ちてた枝で木の下や木屑の中を掘ってみたが何もいない。
おもいっきり、かかと落としを決めると、バコッと木が割れた。

 ウネウネと白くてでかいミミズが踊り出る。
よく見ると30㎝程の、ミミズそっくりなヘビである。
目の無い、メクラヘビと呼ばれる仲間だ。
このヘビを乾燥させて作った粉は精力剤として絶大に効くと
サンパウロで乗った日本人タクシーのお爺さんが言ってた。
捕まえようか躊躇する間も無く、白蛇はスルスルと木の下に消えていった。
同時に小さなザリガニのような、5㎝程のサソリが出て来た。
犬が喰い付くといけないので、棒の先で尾の先の毒針を潰し、放置。

 家に戻り干しておいたシーツと毛布を取り込み、眠りについた。
もう蛾の毛布で寝るしかないのである。
ああ鱗粉が・・・

 ウンモ~~~ウ、モ~~~ウ。
あちこちから聞こえる牛の声に目を覚ますと窓の外が暗くなっていた。

外に出ると紫色の空が闇に包まれそうになっている。
牧場の回りには一切の街灯も無く、地平線より下は既に真っ暗だ。

牛達が建物の近くに集まっていた。
あっという間に空が闇に包まれ頭上から地平線まで
おびただしい数の星が輝きだした。
暗くなる程にくっきりと赤や青に輝く星までもが幾つもはっきりと見える。
こんなに壮大な星空は初めてだ。
北斗七星が分かり安い程に他の星々の中で目立っている。
細かい星が密集している所は天の川であろうか。
ひときわ輝いている。
宇宙の大スペクタクルとはこの事か。

ピカピカと白く点滅する星がある。
暗過ぎて空と地の境が分からないがピカピカと確かに地平線より下で光っている。
ピカピカは次第に増え、近くまで広がり白い光の球が点滅しながら
いきなり俺に向かってふわっと飛んで来た。
た、魂!?

「 何じゃこりゃ~~っ!? 」

体を仰け反らせ、フッとスピードを上げてぶつかってくる光の球をサッと避けた。
時よりピカッ!!っと発光する地面をよく見ると
草の間に中型のゴキブリのような虫が光っていた。
でかいホタルである。

あちこちで無数に光り飛び回り始めた。
日本のホタルなんかよりもワット数が断然高く、白くて強い光を放つ。
ピカピカと一面が点滅し、まるでクリスマスのようだ。
しばらくこの不思議で異空間に迷い込んだかのような
点滅と暗闇の景色に口を開けたまま唖然としていた。

服の上からチクチクと無数の蚊に刺されている事に気付き家の中に入った。
パラグアイの蚊はでかいのだ。
ジーパンの上からでもチクチクと痛い程に刺してくる。

叔父さんも寝ているようなのでサンパウロの日本食材店で買ってきた
甘辛生姜味の細いかりんとうをむさぼり喰い、また眠りについた。

 ミャ~、ミャ~と子猫が鳴いている。
かわいそうに、迷子にでもなったのか?
 ミャ~ミャ~、ミャ~ミャ~ずっと鳴いている。
犬どもに居場所がワレて喰われてしまうぞ。

助けに行こうか迷うが真っ暗闇だし鳴き声は少し離れた池の辺りから聞こえてくる。

まあしょうがない。
なるようになる運命だろう。
シカトして寝ちまおう。

ミャ~、ミャ~、ミャ~、ミャ~ミャ~、ミャ~ミャ~ 
ミ~ヤ、ミ~ヤ ミャッ、ミャッ、ミャッ
 兄弟か?何匹かいるぞ。鳴き声が重なっている。
声のパターンも微妙に違う。
子供の頃、ダンボール箱に捨てられてた3匹の子猫を拾ってきた時の事を想い出した。
心配してる間に、スッっと眠りに落ちた。

プワ~~~ンと耳元をつんざくあの音に目を覚ました。
我慢が限界に達し、おでこやら腕を無性に掻きながら電気を点ける。
急な明かりに目が慣れる間も無く、ヤツらは姿を消す。
壁に発見し手で叩くと、ピチャッと白い壁に俺の赤い血が広がった。
赤く刺された個所にプロポリス・クリームを塗った。
腫れとかゆみが直ぐに治まる優れものである。

ミャ~ミャ~、ミャ~ミャ~と、まだ子猫どもはうるさいくらいに鳴いていた。
数が増えたんじゃないか? 
もうどうでもいい。
電気を消してあの茶色い毛布を掛け、眠りに落ちた。

プワ~~~ン
またか!!
いらっとして電気を点け
壁をパチンとひっぱたく!!
また壁に俺の血が広がった。
でかい蚊だ。 2㎝近くある。

電気を消し耳を澄ませていると、子猫どもの鳴き声をバックに
プワ~~~ンと馬鹿野郎が耳元をかすめてきた。
野郎が顔に止まるのをしばらく待ち、顔に止まったところをおもいっきり!!

パチーーン!!
自分の顔を引っぱたいた。

プワ~~~~ン
堪忍袋の緒が切れるとはこの事であろうか。
ベットから飛び起きて電気を点けた。
ベットの下など徹底的に探し出し、4匹程丸めた雑誌で叩き潰した。
壁に俺の血の痕がいくつも残る。
もういないだろうな。
窓も閉まってるし。

蚊を殺すとスッキリとする。
さっきまでの怒りが少し治まったようだ。
ミャ~ミャ~うるさいが、これでやっとゆっくり眠れそうだ。
スッっと眠りに落ちた。

プワ~~~~~ン

ひえ~~っ!!
もうダメだ。
限界がきたら諦めるしかない。
電気を点ける気力なんて残っていない。
とっても嫌だが、あの虫だらけの毛布を頭からかぶり、朝までやり過ごそう。
ミャ~ミャ~とサラウンド・システムでエコーしながら聞こえ続ける
化け猫の鳴き声を気にしていると気が狂いそうになる。

コケッ! コケッ! コケコッコ~~~ッッ!!
甲高い声で鳴くおなじみのニワトリの鳴き声で目を覚ます。

ウンモ~~~ウ、モ~~ウ。
低い牛の声が辺りを取り囲んだ。
窓の外が少し明るくなってきた。
確かに猫の夢を見た。
払っても払っても爪を立てて飛び掛かってくる、しつこくて凶暴な猫の夢だ。
体中を掻きむしりながらベット上の白い壁を見ると
あちこちに血が飛び散り、猟奇的で少し怖い。
壁に斜めに掛けてあったイエス様の額の裏を覗くと
でかい蚊が5、6匹止まっていた。
腹がパンパンに膨れ、俺の血を吸っていやがる。

「  テメーラ、ここだったのかよ!! このクソ野郎!!」
と、罵声を浴びせ

「 この、ろくでなし~~っ!!」
と言いながら、額をおもいっきり壁に押しつけた。
ハアハア、ハアハア

外に出るとまだ薄暗い朝靄の陰にウンモ~~ウと牛の大群が移動していた。
池の方からはまだかすかな声でミャ~ミャ~と聞こえていたが
朝日が一面を照らし出すと鳴き声は消えていった。

日が顔にあたると急激に暑くなった。
今日ももの凄く暑くなりそうだ。

でかくて白い犬が元気に尻尾を振り朝の挨拶をしに寄ってきた。
手が臭くなるので触らない。

俺はいつも自分の顔をツーンと上げて犬に挨拶する。
すると犬も鼻先をツーンと上げて返してくる。
吠えている犬をジッと見つめ、この挨拶をすると吠えるのをやめたりする。

ちゃんと挨拶を返したので中から残った肉や骨を持って来て
白いのに投げてやった。
早朝からの御馳走に犬のテンション上がりまくりだ。
俺を見ながら飛び跳ねている。

すかさず他の犬も集まってきた。
ハアハアとガッ付いている。
もう一度、白い犬に肉を投げてやった。
他の犬は地面を嗅ぎ回ったりキョロキョロとせわしない。
白ちゃんが食べ終わり、お座りをして俺を見上げた。

「 はい、白ちゃん、もう一回!!」
まだ肉の結構付いている骨の所を投げてやった。
他の犬はもうハンハンと変な声を出しながら
ソワソワと俺の手元を凝視している。

誰をひいきしようが俺の勝手だ。
みんなに平等に接する必要もない。
気に入ったヤツにだけ良くしてやる。

バリバリと骨を噛み砕き、白が俺を見上げる。
「 白っ! はい、もう一回 」

結構でかい肉付き骨を投げてやると、白は前足で抱え込むように押さえた。
顔を横にしながら奥歯でガリガリと夢中になっている。
もう大丈夫だろう。

キャオ~~ン!
悲鳴に近い声で鳴き出す犬も出てきた。

「 テメエらも桃太郎の子分になりてえのか? 」

 ハウッ、ハウッ

「 声がちいさぁ~~~い!!」

キャオ~~~ン!!

しょうがないなぁと一匹ずつ骨を投げてやると奪い合いが始まり、
めっちゃくちゃになった。
残りの骨を草の上にばらまき、脇の木になってるレモンを一つ捥ぎ、家に入った。

叔父さんも起きてきた。
ヤカンにお湯を沸かし紅茶を入れ、レモンを絞り蜂蜜をたっぷりと垂らす。
驚く程固くパサ付いたパンに蜂蜜を付けて食べた。

「 ぐっすり眠れたようだか?」

「 蚊がいて寝れないよ~ しかし猫多くない?」

「 猫も何匹かその辺におるぞ 」

「 ず~~っと一晩中ミャ~ミャ~鳴いてるよねぇ!」

「 ああ、あれか あれは猫と違うぞ、あれはカエルだ 」

「 え~っ!? 猫じゃなかったの~!?  カ、カエル!? 
 な、なんだよ、そりゃ~!! 気が狂うかと思った〜!! 

 

ドラド 大
ドラド 小

  

池に近付く


集まってくる牛達
パラグアイ 俺3才
リオの女達
厚木時代


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