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長蛇の列の導くところ そして150円の幸福

 最近、近所を歩いていると、長蛇の列に遭遇する。

 この時勢、長蛇の列が出来る場所と言えば、ドロップインのワクチン接種センター、職業安定所、税務局等の切羽詰まった方々のための機関である。しかし、この界隈にはそのような機関は無いはずである。

 

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 職業安定所などはたとえ長蛇でも、他に選択肢が無いために並ばざるを得ないが、私が遭遇するこの行列は、皆、自分の意志で長時間並んでいるのである。

 そして、長蛇の始点にあるものはパン屋である。

 ストックホルムのパン屋は通常でも繁盛しているが、角を曲がってもまだ延々と続いているほどの長蛇はかつて見掛けたことがない。

 
 それではこの長蛇の目的は何であろうか。


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 それは、上の写真の真ん中に見られる不思議なパンである。Semla(セムラ)と呼ばれるしろものである。

 セムラで検索すれば日本語でもレシピが見つかる。カルダモン入りの柔らかいパンに、アーモンドプードルを乗せ、その上にクリームをたっぷり乗せる、という単純なものである。


 イースターの時期にはこれを頂くのが北欧の伝統となっている。

 しかし、

 私には理解し難いことがある。


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 セムラを頂く日は伝統的にFettisdagen (Fat Tuesday) と称され、2022年においては3月1日に当たる。すなわち、Fettisdagenまでまだ20日近く残っている拘わらず、何故、長時間を費やしてまでこれを購入しようとするのであろうか。

 さらに不可解なのは、一個あたり600円相当のセムラを、客は、嬉々としながら幾つも購入して行くことである。

 サムネイル写真のセムラは、スーパーマーケットにて一個あたり120円相当で売られていたものである。果たして、このカフェの600円のセムラはスーパーマーケットのものよりも5倍以上も美味しいのであろうか。並んでいる時間を自給に換算するとそれ以上の倍率になる。

 それほど美味しいのであれば検証してみるべきか、などと誘惑にも駆られれる。そして、どうせ長時間並ぶのであれば、大量に購入したほうが効率も良いというロジスティクスにも惑わされるかもしれない。

 スウェーデンにおいては、往々にして、「高かろう 良かろう」という傾向がある。


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 このパン屋ほどの行列は無かったが、チェーン店のカフェ、Bröd&Salt(パンと塩)は新種セムラにて競っていた。下写真のピスタチオ・セムラである。そのようなものはかつて耳にも口にもしたことは無かった。写真のナッツはどう見てもアーモンドに見えるが、ピスタチオは中に入っているのかもしれない。

 お菓子に関しては非常に保守的に感じられるスウェーデンが、冒険をすることは、お菓子のバリエーション向上につながるため悦ばしいことである。

 しかし、これはスウェーデンには限ったことではないが、新しい試みがオリジナル商品と肩を並べることは往々にして難しい。三年前日本にて、某社の某日本酒チョコレートというものを購入して難儀をした経験がある。


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 なお、このチェーン店ではラクトースフリーのセムラも販売されていた。検証していないので味の方はわからないが、この試みに依って助かる人も多いであろう。これ以外にもベジタリアン用、ヴィーガン用、グルテンフリー・セムラ等も街中で売られ始めて来ている。食物アレルギーに悩む人たちの生活の質は年々と向上している。


 以前、日本へ旅行する人のための三種類のカードを翻訳させて頂いたことがある。旅行者が滞在先のレストランで見せるためのものである。

 「私はグルテンアレルギーなので、XXXが含まれているものは食べれません」、「私はラクトースアレルギーなのでYYY」、「私は大豆アレルギーなのでZZZ」、と日本語に翻訳して説明した三種類のカードである。

 数か月経ってから翻訳会社から、「この翻訳は正しいか」、との問い合わせがあった。

 ある旅行者が、日本の数か所のレストランにて「当店のメニューは全てを含んでいるので、貴方に提供できるものはない」、と断られ、ひもじく悔しい思いをしたと言う。


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 翻訳は正しかったが、カードをレストランで見せた人が何故そのような憂き目に遭ったのかは想像出来た。

 おそらく、レストラン側としてはトラブルに巻き込まれたくなかったのであろう。日本食であれば(大豆を含む)醤油を使用している可能性は多い、また日本には美味しい(グルテンを含む)パン屋さんも多い。(ラクトースを含む)デザート、クリームソース、シチュー類も多い。

 ラクトースに関しては、国に依っても受け付けられる人の割合が異なる。こちらでは、間違えて購入してしまうほど、市場ではラクトースフリー製品が台頭しているが、日本においては、まだそれほどではないのかもしれない。少なくとも三年前はそれほど見掛けなかった。


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 セムラに関しては、北欧諸国、それぞれ独自の解釈に準じて、多少バリエーションがあるようであるが、スウェーデンとフィンランドのものは比較的似ているようである。フィンランドはスカンジナビア諸国には包括されず、語学体系も(平均的国民の気質も)全く異なるが、隣接しているために食文化的には酷似しているものもある。

 上の写真のセムラは150円相当、サムネイルのセムラも同じスーパーマーケットから購入したものである。どちらも味には違いは感じられなかった。この二つの違いは帽子の形ぐらいであろうか。

 いずれのセムラにせよ、外見に関しても冒頭の600円のものと比較して何らかの遜色があるとも思えない。


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 甘い菓子が苦手苦手と連発しているのに、何故、こんなにクリームたっぷりなパンを暴食しているのか、という疑問が挙がりそうであるが、これはひとえに皆様にご紹介をさせて頂くためである。

 たとえ記事を書くためとは言ってもどうしても苦手なものもある。特に、チョコレートケーキ、ティラミス、ムース、ブランマンジェ全般、ラズベリー系デザート全般、ナッツ系クッキー、ブタペストケーキ系、パウンドケーキ一般。さらに餡子の入っている和菓子。

 しかし、セムラには上述のような濃厚な甘みが感じられない。ほんのりと甘く、食後のモッタリ感が無く食べやすいのである。


 ちなみに、下写真は数週間前に友人がレストランで注文していたデザートである。抹茶のパンナコッタが大量のマンゴソースに埋まっている。

 過ぎたるは猶及ばざるが如し、か。


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 さて、冒頭の600円相当セムラの店の前の再び通り過ぎる。

 閉店後、長蛇を捌いたあと疲れ切った売り子さんたちにお疲れ様の言葉を残して家路を急ぐことにする。

 お菓子のことばかりを3000文字も綴っていると、塩気に飢えて来る、ということでこの日の夕食は同じスカンジナビア国のデンマークに敬意を示して、デンマークの伝統的なオープンサンド(Smørrebrød)を作ってみた。

 ライ麦パンの上に生姜とライム酢漬けのニシン、塩もみ玉ねぎ、レモンスライス、ベジタリアンキャビア、スプリングオニオン。

 何故、ベジタリアンキャビアを使ったのか。単に間違えて買ってしまっただけのことである。こちらも本物と見分けが付かない。


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 ライ麦パンに、ゆで卵のスライス、グリーンピースのHummus、むき海老、レモンスライスベジタリアンキャビア、ディル。


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 ライ麦パンにホースラディッシュクリーム、薄手のステーキ、ガーリックチーズ、塩もみオニオンスライス、アルファルファ、パセリ。


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 スウェーデンは、そこそこ暮らしやすい国ではあり、便利な点も多いのであるが、食生活に関しては、グルメ大国日本の人間としては、物申すべきことが多々ある。

 冒頭で長蛇の行列に並んでいた人たちを、日本のデパ地下に連れて行き、日本がケーキ文化に関して、どれだけの実力を擁しているのか、600円でどれほど美しいデザイナーケーキを購入出来るのかを披露してみたら、卒倒される方がいらっしゃるのではないかと危惧する。

 また、日本においては、各種の食物アレルギーのある方々が気兼ねなく安心して食事を出来る食事処が増えることを望む。


 帰国が出来なくなってからそろそろ三年間の年月が経とうとしているので、日本のデパ地下を散策しながら、その豊富豊穣芳醇な食文化に狂喜している夢ももはや見なくなった。

 そのかわり今は、noteにて多くの方々が投稿される垂涎ものの食事を堪能させて頂いている、150円のセムラを頬張りながら。

 

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今回も長文記事にご訪問を頂き有難う御座いました。

オープンサンドの作り方が果たして、正かったか否か、デンマークのnote友にご検証を頂きたいと思います。また、何かご推奨のオープンサンドの作り方等があればご教授いただければ幸いです。

非常に難しいデンマーク語の国にて、デンマークの詳しい情報を非常に丁寧に配信されているリアさんです。