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神様のつくり方-Kumartuli工房体験-

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以前から気になっていた神様のつくり方を学びにコルカタのクモルトゥリを訪れた。

クモルトゥリの街角© 2024 Liem

コルカタの陶芸職人が集まる街

クモルトゥリ、もしくはクマルトゥリ(Kumartuli, Kumortuli, কুমারটুলি)はコルカタの北部にある地区の名前。この地区は、イギリス東インド会社(The British East Company)がプラッシーの戦いで勝利を収めた後、本格的にコルカタの街開発に乗り出した17世紀に生まれた地区になる。東インド会社は、陶芸職人をひとつの地区に集め、住まわせたことからクマルトゥリが誕生した。

コルカタにおけるクモルトゥリの役割は大きい。コルカタ最大の祭り、ドゥルガープージャー(Durgah Puja:ドゥルガー女神に祈りを捧げる儀式)や、その他の神々の像を主に生み出しているのが、ここクモルトゥリにいる職人たちだ。いわば神像職人といったところか。

google mapよりクモルトゥリの位置

神像製作の工房でお手伝い

夏の盛りにクモルトゥリを訪れた。気温は40度を超えている。地元コルカタっ子は「こんな時期に、仕事してるかな?」と、半信半疑だった。ところが、いざ、クモルトゥリを訪れると、そこにはカーリープージャー(Kali Puja:カーリー女神に祈りを捧げる儀式)の準備に追われる職人たちの姿があった。

今回は、とある工房で作業を学ばせて頂く機会に恵まれた。毎朝、工房にある祭壇へ司祭が祈りを捧げ、各職人に「祝福」を授けてくれる。私も祝福を頂いて、早速作業に加わった。

司祭が各職人に祝福を授ける© 2024 Liem

私は、バタプライピー、チョウマメの花輪づくりを任された。ベンガル語で、アポロジタ(অপরাজিতা)と呼ばれるその花は、ドゥルガー女神やシヴァ神への信仰に欠かせない花だ。

大量に必要となるアポロジタを製作中© 2024 Liem

「神様のつくり方」概要

この工房にいる職人たちは、親子代々、もしくは、子どものころから作業に携わっていたというわけではなく、「工房に就職」というイメージで、現在の作業に携わっているということだった。

さて、ここで夏季の一日スケジュールをまとめる。朝は8時に作業開始。10時に朝食。13時に昼食・昼休み。17時から20時まで作業し、終業。プージャー前の繁忙期は、さらに忙しさが増すそうだ。

そして、「神様のつくり方」は、ざっとこんな感じだ。

  1. 神像の胴体や腕、脚などの中身は、藁で作られている。藁を束ね、麻縄で縛って形成する。

  2. 神像を支える土台は、木製のイカダ(筏)状になっており、支柱は竹を割ったものを立てて、土台に木製のくさびを打ち込んで固定する。支柱に藁で作成した神像などを固定していく。

  3. 使用する土は二種類。最初は「一つ目の土(エクタ・ミッティ)」と呼ばれ、近郊の村で採取される土に麻を混ぜた土。強度が高く、手やアクセサリーといった、細かいものを形作る際にも使用される。もうひとつは「ガンガーの土(ガンガー・ミッティ)」と呼ばれ、文字通りガンガー川で採取され、近くのバグバザールで採れるとのこと。肌理が細かく、柔らかくて滑らかだが、水に弱い。

  4. 「一つ目の土」を束ねた藁にこすりつけ、像の基礎に貼り付けていく。その後、重ね塗りをほどこす。

  5. 顔、花、アクセサリーなどは、あらかじめ石膏でとった型があり、そこに「一つ目の土」を押し込んで、型を形成する。型がないものは、「一つ目の土」でフリーハンドで形成する。

  6. その後、天日で良く乾かす。

  7. 像がよく乾いたら、湿った布で磨き上げ、表面を滑らかにしていく。石膏で型取りしたもので、継ぎ目が目立つものは、板で軽くたたくなど馴染ませて、表面をきれいに整えていく。

  8. 「ガンガー土」を上塗りして滑らかになるよう仕上げる。

  9. 納品の1カ月前になったら、彩色(アクリル絵の具など)する。鮮やかに発色するよう、あらかじめ白色を塗り、その上に色を重ねていく。布などで覆われてみえなくなる箇所は、彩色しなくてもよい。

  10. 紙や布でできたデコレーションをつける。

  11. 完成

ドゥルガー女神とソナガチの関係

ここで、私は工房の職人に「ある噂」の真相を確かめてみることにした。ドゥルガー女神の像には、「ソナガチ」の土が込められるという噂だ。

ソナガチ(Sonagachi、সোনাগাছি)というのは、クモルトゥリよりさらに北部の地区の名称で、「金の樹」という雅な意味をもつ。ここは、売春街として、密かに、しかし、古くから世界中に知られている場所だ。当然ながら、多くのコルカタっ子は、この売春街に足を踏み入れることはほとんどないが、なんでも、ドゥルガー女神の像を創るには、この売春街の土を頂いて、練り込めないと、ドゥルガー女神の魂が宿らないという話を聞いていたからだ。

最強の女神で、コルカタのみならず、インド全土の信仰を集めるドゥルガー女神。その像に、最上の力を吹き込むことができるのが、世間で蔑まされている女性たちが住んでいる売春街の土から得られるエネルギー。この二極がなければ、完成しない神像の存在がずっと気になっていた。

この話を職人に聞いたところ、「その話を知っているのか…。そうだな。結論から言うと、クモルトゥリで作っているドゥルガー女神の像に、ソナガチの土は混ぜていない。例えば、ドゥルガー女神の製作を個人で依頼する人や、何か特別な願掛けをする人から、ソナガチを土を込めてほしいという希望があったときに作られているよ」と。今回の訪問で、ソナガチの土で作られた神像は、特別仕様であることが判明した。

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像の土台は、設計図もないまま大量の藁を縛って製作する。麻縄できつく括りつける必要があるため、「良い仕事だろ?だけど、手が麻縄で擦れて、切れて、傷だらけだよ」と、職人ははにかむ。

藁を麻縄で束ねる© 2024 Liem
土台となる木材をノミでくりぬく© 2024 Liem
手元の木材を定規に測量する© 2024 Liem
木材をくさびにして打ち込む© 2024 Liem
支柱は竹材。軽く、しなって丈夫だからとのこと© 2024 Liem
藁でできた像を土台に固定する© 2024 Liem

藁に土をこすりつける作業。季節や貼り付ける場所によって、微妙に土の粘性を変えている。藁が飛び出さないように、上手く整えている。

藁に土を馴染ませる© 2024 Liem
藁の土台になじませる© 2024 Liem
耳は木材を差し込んで骨組みにする© 2024 Liem

型取り用の石膏は、各工房でのオリジナルに製作している。土を練り込んで、細部まで型を移しとることが必要。型が不要な個所は、フリーハンドで形成する。

土に麻を混ぜて「一つ目の土」をつくる© 2024 Liem
石膏に土を押し込む© 2024 Liem
天日で乾燥させる© 2024 Liem
乾いたら「ガンガーの土」で滑らかになじませる© 2024 Liem

彩色は細かい部分まで丁寧に描かれる。他の箇所に移らないよう、納品1か月前、作業中は他の神像には布をかけて進められる。

彩色は他に色が飛ばないよう気を付ける© 2024 Liem
細い絵筆で描く© 2024 Liem
紙片や紐でできた飾りを製作する工房も© 2024 Liem
近年はファイバーで作る工房もある© 2024 Liem

まとめ

今回、主に二つの工房で作業を体験させて頂いた。閑散期であるにも関わらず、常に職人たちの手は動き、休む時間もないほどだった。

私自身も初めて作業に加わったが、見ているだけとは異なり、その作業の難しさたるや…。職人たちはこの仕事で給料を得ているので、彼らの前で悠長なことは言えないが、私としては「神様への奉仕活動」に近い感覚が得られて、とてもやりがいを感じられた。

コルカタっ子によると、このような神像を購入する際も、ひどい値引きを要求するひともいるらしい。近年、ドルゥガープージャーなどの宗教儀式に資金を投じる人も少なくなってきている今、彼らの行く末はどうなるかなと、少し心配にもなる。幸い、これらの神像は、儀式の後はガンガーという聖なる川に流されることになっているため、土や竹といった自然に還る材料で作らなくてはならない。そういった意味では、彼らの仕事がなくなることはないと思うが、この仕事ぶりが、世界的にも評価される日が続けばよいなと感じている。

神様が生み出される瞬間© 2024 Liem

お世話になった工房

今回は主に下記2つの工房でインタビューや作業を行った。ありがとうございました!

  • Ms. China Pal House

  • Dhananjoy RudraPaul & Sons.


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