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P#9 自由と孤独

それほどの怪我ではなさそうだ。

そう思ったリエベンは、パムをおんぶして屋敷に運ぶと言った。別の使用人ハンナに支えられ、左足一本でようやく立ち上がったパムは、そのままもたれかかるようにリエベンの背中にのった。泣き騒いだ後でまだひくひくと肩が前後している。

七歳といえど、力なくだらんと背中に乗っかているだけのパムは意外にもずしりと重い。リエベンはバランスを崩しそうになりながら立ち上がった。

大きな安心感に包まれるとパムの呼吸も整い始めた。リエベンの心臓の音が彼の背中を通してパムの全身へと伝わる。

しかし最初、パムにはそれが心臓の音だとわからなかった。

今まで両親とも心臓の音が確認できるほど長い時間抱き合うなんてことはなかったし、ましてや、人の背中におんぶされることなんてなかったからだ。

リエベンの心臓の鼓動はそのうち心地よいリズムとなって、パムは自分の心臓の音と重なり合っていくのがわかった。

心臓の音と呼吸に集中するあまり、パムは自分の足の痛みのことなどすっかり忘れてしまった。それはまるで、自分がリエベンの体に溶け込んでしまったかのようだった。

屋敷に着くなり、ハンナがサラとアルベルトに報告をしに屋敷の中へと駆けていった。リエベンは背中のパムに優しく話しかけた。

「パムお嬢様。屋敷に着いたから安心してください。」

それまで、リエベンの心臓の音に集中していたパムははっと我に返り、

「パム。パムがいい。友達なんだから・・・・。」

と言った。つい「パムお嬢様」と呼んでしまうリエベンを小さな声で力なく諭したのだ。

リエベンは、しまった、と思い、そしてゆっくりうなずいた。パムはまだ幼いとは言え、リエベンの雇い主の愛娘である。自然に呼べるようになるまではまだ時間がかかりそうだ。

「とりあえず、居間に行こう、パ、ム・・・。」

リエベンはそう言ってなんだか急に恥ずかしくなった。背中ではパムが満足げに微笑んでいるのがわかった。

パムはもうほとんど足の痛みを感じていなかったし、もしかすると一人で歩くことができるかもしれないとさえ思った。ドクンドクンと聞こえるリエベンの心臓の音が一回一回パムの足まで響いて治してくれているかのようだ。余りの心地よさに、足の痛みを感じていないことはまだ少し内緒にしておこうとさえ思った。

居間のソファにゆっくりとパムを下すと、リエベンはパムの赤いブーツの靴ひもを解いていった。

「パム、痛い?」

リエベンは今度は自然に「パム」と呼べたことに、言った後で気づき恥ずかしくなった。パムはにこにこしながら大丈夫と言った。くるぶしまである赤いブーツが足首を守ってくれたのかもしれない。

主人と夫人が真っ青な顔をして居間に駆け込んできた。

「パム。大丈夫か?痛みはどれくらいあるか?」

主人はそう言いながら、パムの足を両手で優しく持ち、リエベンが先ほどやったようにゆっくりと足首を回し始めた。パムはもうほとんど痛みを感じていなかったし、実際、目に見える腫れもなかった。しかし、夫人はいぶかしげにリエベンを睨み付けている。

「少年。きみを信じて任せていたのに、どういうことだ。」

主人が落ち着いた口調で静かにそう言うと、驚いたことに質問に答えたのは一番幼いパムだった。

「お父さま。リエベンは何も悪くないわ。それどころか、すぐに手当てしてくれたの。リエベンにここまで運んでもらっているうちにどんどん痛みがなくなっていったの。リエベンは何もしていないし悪くない。何かしたとしたらそれは私の手当をしてくれたってことよ。リエベンはお医者さんみたいだった。」

一生懸命話すパムの前で、夫人は腑に落ちない様子だ。リエベンの顔をまだ見つめている。

「パム。痛みも腫れもないようだが、念のためドクターバルトに診てもらおう。」

主人はそういうとアルベルトに手配を頼んだ。もう出かけなければならない時間だった。

「パム。とにかく大事に至らなくて本当によかった。パパはこれからお仕事だ。足が完全に治るまでの間、外遊びは禁止だ。いいな。」

そう言われてパムは一瞬口を尖らせたが、リエベンが口をぎゅっと結んでこちらに向かって頷くので、仕方なしに「わかった」と主人に返事をした。

あとのことは頼んだぞとアルベルトに言い残して、主人は夫人とともに足早に居間をあとにした。

両親にそんな風にポツンとおいて行かれたパムを見て、リエベンは何かを感じていた。立場は全く違うのに、二人には共通の何かがあったのだ。

それは、パム自身、まだ幼すぎて気付いていない『孤独感』という黒いベールだった。


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