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ウィズコロナと森羅万象

2020年のコロナパンデミックが起こってから早3年を迎えた.人々の暮らしは物理的コミュニケーションを伴う質量ある世界から仮想的コミュニケーションを行う質量のない世界へと移転した.(移転途中)

21世紀以降インターネットとモノが双方向多数に散らばり、人は個々人の世界へ突入した.それをコロナウイルスが最大まで加速させた.

リモートワークで会社というコミュニティ,共同体から一脱し自由な時間で自由な働き方を求め始めた.ワークアンドライフが重要視されてきた世界は崩壊しライフとワークの概念が混在した世界を迎えたのだ.

人は技術革新よりもマスクに気を遣い,性能よりもコミュニケーションを気にした.

多分この世界は変わる事はないだろうし、議論の中にコロナ前の世界を取り戻そう.という議論は無意味で不可能な暴虐世界観だろう.

そういう文化的な変革と同じように顕在化してると感じるのは資本主義が真正面に出始めたことだと思う.

お金のある人はコロナ禍でも他方コミュニケーションを気遣わないし、旅行も、全てが変わらない世界線だった.

落合陽一「半歩先を読む思考法」の最後ら辺話を読んで考えたんだけどリモートで人はリビングに生活をする者と外で物理的体験を行う者で差が出る.っていう話.

それは富裕層はお金を出してソーシャルディスタンスを買えるし、企業や体験者側としてもそれを望んでいる.

例えば、音楽会のコンサートがあるとする.でも通常通りの開催となれば密は避けられない.だったら感覚を空けて顧客単価を増幅させればいい.あとはリモートで観覧できるようなシステムを構築してリビングの世界で体験をしてもらえればいい.

そういう全てにおいて資本主義世界が現れてくる.野球の観戦だってディナーのレストランだって資本を持っていれば解決する.

コロナが全てを加速させた.と結論付けるのはあまりいい判断ではないが少なからず関わっていることは容易に考えられる.

人とモノとテクノが森羅万象となり、僕らの世界は何も理解できない世界に突入しようとしている.

僕は経済が少しだけ得意かもしれない.パソコンを組み立てることができるかもしれない.AIに構造的な部分では少し詳しいかもしれない.

しかし全体で見れば超極端な知識で何も理解できていない.パソコンを組み立てると言っても「電気剥離テープに関する事で本を書け」と言われたらちょっと難しいし、「AIについて知ってるんだったらAIを使ったサービスを100個教えてくれ」と言われても多分できない.

「魔法の世界」とはこう言う事なのかなと少し勝手に理解してしまった.全てのモノが森羅万象し分散され一部の人には理解されていても僕らには理解できていない世界が存在する.

魔法だ.(ちょっとワクワクしながら)

テクノロジーがその先端だと僕は思っている.低解像度のピクセルに打ち出された芸術物理世界に存在する質量ある作品よりも劣っていると考えられるだろう.仏像がピクセル世界に登場しても低解像度では再現できない作品のディティールが存在する.

でもピクセル世界の作品にも命は宿っているし、常に最新技術の構築により僕らには考えられないほどの文化と芸術がテクノに変容している.

とても面白い.

コロナ禍を経て僕らは元の世界よりも確実に面白い世界を構築できるし、できているんじゃないかなとも思う.

ウィズコロナ禍が作り出した仮想世界の加速と可能性の拡張は指数関数的グラフの中で今後も飛び抜けていく.そんな世の中を楽しみながら生きていきたいなと思った.

ちょっと疲れて半寝で書いた21世紀の電車の中より.

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