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孤独は善,孤立は悪

孤独と孤立.似ているようで両者は全くの別人であり,孤独と孤立は大きな障壁がある.少し前に友人が「孤独は楽しい人間の生き方」と言っていた.

僕はその通りだと思う.孤独というのは自らが望んだ自分の世界線である.君は孤独を求めれば孤独は手に入れることが出来る.

孤独とは本来そういうものだ.一時期社会で注目を浴びた「独身貴族」も同じで,孤独でいる事が自分が家族というコミュニティから解放され自由に貴族のような生活ができるだろう.というものである.

しかし孤立は全くをもって違う.孤立というのは外的要因によって一人になってしまった状態である.

要は「ひとりぼっち」がマイナスの意味を感じるようなものと一緒だ.この孤立というのはイジメや自分の心の置き場のなさから起こる事が多いが,今の日本では半強制的に孤立という現象が起きてしまっている.

僕らも体験している自粛やテレワークといった物理的な距離である.これは自然と孤立を作ってしまう.学校に行きたくても行けない.会社で同期と飲みに行きたい.そんなことができなくなってしまった.新入社員はZOOM飲み会もできないだろう.

社会全体が閉塞感に包まれ自然と一人でいる時間が増えてしまった.孤立である.

そしてコロナ禍が始まってから孤独死の割合増えた.年齢層にフォーカスを当ててみると65歳以上の人数よりも若者(20代)の死者数が増えていることがわかった.

これは若者が孤独を感じた結果に死んでしまい誰からも見つけられぬまま死んでしまったという問題が発生している.この問題の解決は「密」にしかない.

人とのコミュニケーションが取れるシステムが必要である.コミュニケーションの密は物理世界だけでなく仮想世界でも成立させることが出来る.SNSを使えばいつでもコミュニケーションを取ることが可能になる.

まずは孤立しない事が大切だ.そしてコミュニケーションツールは存在している.これは重要なことでこの閉塞感に包まれ物理的な接触が除かれた社会では仮想世界での弱い繋がりが必要になるのだ.

社会とのつながりを仮想世界で作り上げるということが必要になる.誰一人孤立した世界を作らないためには多少のおせっかいが丁度いい世界線だろう.ディストピア思える世界線は意外にもユートピア的に構築できるのだ.

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