その日私は商店街を3歳の娘の手を引き歩いていた。 目的は買い物ではなく商店街を抜けた先にある公園なのだが、この商店街は良い。 シャッターが下りている店舗もあるにはあるが魚屋の活気の良い声がひびき、安いのに質の良い肉が置いてあるスーパーがあり、ライフより安く果物や野菜を置く八百屋がある。 夏にはソフトクリーム、冬には回転焼きを売る小さな店があり時々娘と買い物のついでに食べながら帰る。 そんな商店街を歩いていると 「あれ、いまなんか…」 なにかとんでもないものを目にした気がして
町の不動産屋で働いていた。サザエさんでいう花沢不動産みたいな。 私の担当は賃貸。 その主たる業務の一つが「物件案内」である。 お客様と一緒に目的の戸建てやアパート、店舗に出向きあれやこれやと説明するアレである。 来店されたお客様と「じゃあ、ちょっと見に行きますか?」と急に案内に発つこともあればネットや電話で予約が入り「週末はこの物件の案内」と心の準備が出来ることもある。 私は社内でも方向音痴と知られているのに、お客様を案内する営業車にナビなど立派な装置は付けてもらえぬ力な
8月、夏休み。 大阪に住む私は6歳と3歳の娘を連れて、地元九州に帰省した。 3週間ほどの長い滞在。子どもたちはいとこに会ったり、盆踊りに参加したり、海や花火と楽しんでいるようだが、私は少し退屈し 「たまにはちょっと遠出でもしようか」 と思い始めたある日の夕方、テレビでぶどう狩りの紹介をしていた。 そばで一緒にテレビを見ていた母親と 「いいね、行ってみる?」 「よし、ここへ行こう」 と、そのままの勢いで私の両親分も含めた人数で2日後にぶどう狩りの予約をした。 …してしまった。
もう、虫取り網を持って駆け回れるような夏は戻ってこないんだな。 午前9時。 なのにすでに暑すぎてそんなことを思う。 全然関係ない話だけど、私は虫取り網がなくても素手でセミを捕まえられます。 今でも。 今日も我が子のためにクマゼミを捕まえていたところです。 暑いのに。 そんなことをやって、やつれきった1日の終わりに近頃はバカルディのモヒートをガブガブ飲んでいる。 ミントをガンガン入れたいところなのだが、家の近所ではスーパーのハーブ売り場でも花屋での鉢でも売っていない。
九州の夫の実家から大阪の我が家に肉みたいなマグロが届いた。 いまの私より大量の立派なマグロを持つ者がこの大阪の地に他にいるだろうか、いやいない。 そういうわけで私は今日から浪速のマグロ王になった。 マグロがやってきた日、晩ごはんは既にもう終えていたので娘たちには明日のご飯に出すとして。 私が明日まで待てるわけがない。 前にもマグロをもらった時に 「これは捌いたばかりだから少しおいて食べたほうが良い」 とお義父さんに言われたけれどこの「少し」が素人の私には良く分からな
顔に湿疹のようなものが出来た。 しばらく様子を見ようと10日ほどそのまま過ごしたが、良くなるどころか赤みが増したように見え、何より場所が顔の真ん中鼻の付け根の目立つところなのでいよいよ病院へ行こうと決意した。 この街で私はまだ皮膚科にかかったことがない。 なのでまずは『近くの皮膚科』と検索をしてみる。 狙いをつけた一番近くのクリニックの評価は☆3.1。 このクリニック一見すると平均的、可もなく不可もなくの評価に思えるのだがそのクチコミを見てみると星1と星5の数が群を抜い
『桃祭に行ってきたので、桃を送ります』 というラインが九州に住む実家の母からピロリンと届いた。 何そのすてきな祭り。 と聞いてみると、早生桃の直売に桃ゼリーの振る舞いに何かが当たる抽選会に桃を使った商品の販売に、とその名に恥じぬ桃祭ぶり。 楽しみにしていたらその翌日のお昼にはもう大阪に住む私のもとに『はなよめ』という品種の桃が十個コロンコロンとやってきた。 冷蔵庫に十個の桃。 誰がなんと言おうとこれこそが富豪の冷蔵庫である。 私の幼い2人の娘も大変盛り上がり 「少し
電話なんかしたくない。 歯医者の予約のはなしである。 しかもただの予約ではない。 オペ日の予約電話だ。 今年のわたしの一大イベントに 『インプラントを入れる』 というのがある。そう歯のアレ。 憂鬱過ぎるイベントである。 あれは今年の2月かそこら辺りだった。 まず並びの悪い2本の歯を抜いた。 その跡にインプラントが入るのだ。 麻酔がきれたあと、痛さで苦しんだ。 まさに七回転んで八回倒れるが如く苦しんだ。 比べるものでもないかもしれないが痛みで言うと出産のあれこれの痛みより
洗濯機を買い替えました。 なんか【設計上の標準試用期間】ってやつが去年で切れていてその下の 「その期間過ぎたら発火すらするかもよ」 みたいな警告文が気にはなってはいたんですが、その期間ってのが7年なんでいくらなんでも短すぎじゃないか、と。 うちのばあちゃんちの二層洗濯機はこの前まで現役やったんよ、と。 使い続けていたんです。 その日はなんの前触れもなくやってきました。 日曜、晴れた朝。 洗面所で歯磨きをしながら「すすぎ」の表示をする洗濯機を見るともなしに見て「すすいでん
町の不動産屋に勤めていた。 サザエさんでいう花沢不動産みたいな。 天気もよく気持ちの良い午後。 私は入居者募集中の空き家が汚くなっていないか、などの点検を終え営業車でラジオを聞きながら陽気に事務所へ戻っていた。 その時、バッグの中で携帯がブーブーと震えた気がしたので路駐して表示を見てみると 『事務所』からとある。 こういう電話は大抵良い連絡ではないので、さっきまでの軽やかな気持は消え失せ、重い気持ちで折り返しをすると 「田中さんからちょっと来て欲しい、って連絡もらってます」
あれは4月のこと。 テレビを見ていると韓国のアイドルが 「こうやってするとお腹が11に割れます」 と言って可愛く微笑みながら腹筋のやり方を披露していた。 へぇ、今のトレンドは11字割れの腹筋なのか と思った後 よし、割ってみるか と今までアイドルにも腹筋にも興味がなかったのに本当にその時の思いつきでやってみることにした。 オラ悟空の腹筋よりだいぶ到達しやすそうな見た目だったからかもしれない。 何かが始まる時は大体こんなものなのだ。 こうして毎晩腹筋アンドストレッチ
実家を出て随分経つ。 結婚もしたし子どもも産んだ。 なのに実家の私の部屋は暮らしていた頃とあまり変わらず私の趣味の物で溢れていて帰省するたびに 「いつかなんとかしなければ」 と見て見ぬふりをしているとあっという間に何年も過ぎてしまった。 よし、今こそ。 そう思い、まずは趣味でやっていたベリーダンスの衣装をメルカリで売ることにした。 もうベリーダンスをすることはないだろうし元が高かったので捨てるには惜しすぎる。 ベリーダンスの衣装はキラキラビーズやピカピカラメの飾りが沢山
町の不動産屋に勤めていた。 サザエさんでいう花沢不動産みたいな。 大地主、憧れの称号。 私の町にも大地主がいた。 吉田一郎、吉田二郎、吉田三郎の吉田家の人々だ。 吉田家の誰がどの代で財を成し、どう相続されたのか詳しくは知らないがこの吉田家の人々は皆この町のあちこちに広く土地を持ちその上に貸家を建て家主業をしていた。 みな70代もしくは80代の老人で、顔が似ているので私は最後まで誰が誰だか区別がつかなず、たまに事務所にやってきて話す吉田氏がどの吉田か、前回の吉田と今回の吉
春はいつも花粉症が酷く、杉と檜を大量に植えよ育てよとした者はどこのどいつか個人名まで特定しなければ、と毎年怒りに燃えていたのだが今年は出してもらった薬がよく合っているのか症状がほとんどない。 もしかしてもう花粉は飛んでいないのかもしれない。遂に百合子知事が長年の(私の)悲願である『花粉ゼロ』公約を成し遂げたものかもしれない。 とまで思っているけど、そんなヤフーニュースは見かけていないので医療の進化の賜物であると思う。 とにかく、おかげで私はまだ幼い子どもたちを連れて、例年
私は断然ホームズ派。 なにがと言われたらジャンル説明に困るがルパンやポアロ、金田一や右京さん界隈の話である。 小学生の頃、図書室でシャーロック・ホームズを読んだあの日、その風貌(描写と挿絵による)、クールな性格、推理力に胸撃ち抜かれ恋をした。 まだその言葉はなかったが、彼が私の最初の『推し』であることは間違いない。 集団下校中、友と一言も喋らず 「この折られた木の枝…折れ目が荒い。 ということは道具を使わず素手で…」 「私では背が届かない位置」 「犯人は幼稚な行動からこど
町の不動産屋に勤めていた。 サザエさんでいう花沢不動産みたいな。 「警察まで呼んじょったわ」 そう言って上司の木下がウンザリ、って顔で出先から戻ってきた。 家主の秋田さんに呼ばれている、と出て行ったっきりなかなか戻ってこないとは思っていたが警察とは物騒な。 仲が良いわけではないのにこういう風に話を振ってくるときは、聞いて欲しいとき。 そして私もそういう話は嫌いじゃないですよ、と 「なんだったんですか?」 と話に乗ってみた。 警察沙汰とか自分の担当だと胃の痛みしかないが他人