犯人を探せ！

町の不動産屋に勤めていた。
サザエさんでいう花沢不動産みたいな。

「警察まで呼んじょったわ」
そう言って上司の木下がウンザリ、って顔で出先から戻ってきた。
家主の秋田さんに呼ばれている、と出て行ったっきりなかなか戻ってこないとは思っていたが警察とは物騒な。
仲が良いわけではないのにこういう風に話を振ってくるときは、聞いて欲しいとき。
そして私もそういう話は嫌いじゃないですよ、と
「なんだったんですか？」
と話に乗ってみた。

警察沙汰とか自分の担当だと胃の痛みしかないが他人事だと全然大丈夫！

「スナック陽子の店舗ガラスが昨日の夜、酔っぱらいに割られたって」
という。

説明しよう。

家主の秋田さんの本業は酒屋である。
酒屋をしながらこの小さな町の小さな飲み屋街でビルを買ったり建てたりしているお金持ちなのだ。
買ったビルはスナックやバー、ラウンジとしてテナントを募集し入居があるとその店に酒を卸すという永久機関を作り出している。
もうすぐ齢80になるらしい秋田さんはいつもニコニコ話をしてくれるのに何か問題が起きたと聞くとこちらの心がビリビリするほどの面相に変わる。
俳優の橋爪功にどこか似ている。
で、そんな店舗の一つ『スナック陽子』が昨夜営業中、派手な音に驚いたママが表に出てみるとガラスが割られていた、と。

変わった造りの店舗でスナックなのにショーウインドウが有り陽子ママはそこを電飾でピカピカさせてポスターや造花を飾っていたのだが、そこがやられたらしい。店内とショーウインドウは壁で仕切られている為、店内からはショーウインドウが見えないのだ。
よって、犯人も見ていない。
「何の音かしらと外に出て見たらうちだった」と。

夜、不動産屋は営業時間外。
ママはその場で同じ夜の街で営業している酒屋で家主でもある秋田さんに連絡をしてその後の対応を任せたそうなのだ。

そうして秋田さんは不動産屋に、というか担当の木下の携帯に夜中だろうが時間外だろうが即TELし今日指定した時間に店舗現地に集まること、と二度手間にならないようガラス修繕の業者さんも連れてくることを約束させた。


ママは日中、寝ていたりあれやこれやで忙しいので今後のガラス業者さんやその他諸々の対応のすべてを木下がすることになった。

修繕費用はひとまず家主の秋田さんが持ち
「犯人が見つかればすぐに請求しちゃるわ！」と息巻いているらしい。

犯人探しは本業の警察に任せるとして、上司の木下は店舗修繕のやり取り（店舗鍵を用意したり、見積もりチェックしたり、その価格で良いか家主に聞いたり）面倒な上に報酬の発生しないタダ働きをすることになった。

仲介で儲けさせてもらっているので仕方ない。人が動いてもお金が動かないこともある。

そんな話をした月末、上司木下が
「BAR中畑の家賃入ってる？」
と聞いてきた。
小さな不動産屋なので私は営業もしながら月末は家賃管理の仕事もしている。
未納者には電話をしたりお家に行ったり、連帯保証人に連絡を取ったりする。

BAR中畑は中畑さんが一人で接客したりシェイカーを振ったりしながらこの町のやはり秋田さんの持っているビルの一室で営業をしている。
「まだ入ってないですね」
未納である。
中畑さんは家賃が遅れることは珍しくないので直接お会いしたことはないが「家賃未納ですよ」のお電話で何度も話したことがある。気だるそうに話す20代の男性だ。

「やっぱり」
上司木下が舌打ちをする勢いで言う。
「あのスナック陽子のガラス割ったの中畑やったわ」
どうやら私が知らぬ間に例の犯人探しは終わっていたらしい。
警察が目撃者か防犯カメラからか知らないがお前かと中畑さんを突き止めて事情を聞くと
「自分がやった。恨みではない。酔っ払ったはずみでやった。ガラスくらいなら割れても問題ないと思っていた。まさか警察が来るとは」
などと言っており、らしい。

それを聞いた上司木下はさぞかし怒るだろう、即刻退去にするのかなと家主秋田さんの反応を予想したが
「…店子か。大事おおごとにしないから、まぁこれからもよろしくね」とガラス代は請求したものの賃貸の契約はそのままに、となったのだそうだ。
なのにその後、一発目の家賃が未納とは。
せめて誠意を見せろ、とぶつぶつ言いながら
「今回の未納請求は俺がしとくから」
と私としては有り難いだけの申し出があったので任せることにした。

しばらくすると家賃は無事入金されていた。

狭く小さい町だ。
ちょっとした事件も悪いことも起こるけど、怒ってばかりではすぐに行き詰まるような小さな町。
人を許したり諦めたりしながらやっていく。

中畑さんはそれからもちょいちょい問題を起こしながらも夜の街で営業を続けている。
入れ替わりが多い夜の街で、そこは本当にすごいなと感心している。