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始めないと終わらないので

電話なんかしたくない。

歯医者の予約のはなしである。
しかもただの予約ではない。
オペ日の予約電話だ。


今年のわたしの一大イベントに
『インプラントを入れる』
というのがある。そう歯のアレ。
憂鬱過ぎるイベントである。

あれは今年の2月かそこら辺りだった。
まず並びの悪い2本の歯を抜いた。
その跡にインプラントが入るのだ。
麻酔がきれたあと、痛さで苦しんだ。
まさに七回転んで八回倒れるが如く苦しんだ。
比べるものでもないかもしれないが痛みで言うと出産のあれこれの痛みより酷かった。
(個人差あると思います)
人生で一番の痛み、それが抜歯。
(個人差あると思います)


その痛みも良くなり、3月になると抜歯後の経過を見ていた先生も
「もう大丈夫ですねー」
と言うので
「いよいよか」
と次のステップへの覚悟を決め心を強く持っていたら
「あれ、花粉症ですか?」
と雑談を挟んできた。
「そうなんですよ」
ただ今年は出された薬が合っているのかそんなに症状は酷くないんですよねー
と続けようとしたら
「じゃあ、ちょっとインプラント入れる日をずらしましょうか」と言う。どういうこと?と黙っていると
「花粉症だとクシャミ出るでしょう。術中クシャミ出ると危ないから花粉の終わる5月の連休明けくらいに予定を組みましょう!」
と宣言された。
雑談ではなく大切な確認だったか。

そうかぁ、クシャミは危ないのか。
まぁ、薬で抑えられているけど、敢えて危険期間中に挑まなくてもいいよね。

と納得し解散となった。


それから約二ヶ月。
これだけ間が開くと人はどうなるか。


歯のないことに慣れる。


テレビなんかで歯がないままの人を見るたびに
「これは一体どういうことなのか」
と思っていたけれど、こういうことだったんですよ、皆さん。
歯なしは慣れる。


5月の連休明け、前回予約しておいた日に再び歯医者を訪れ歯のお掃除とか3Dのなんやかんやを撮られ、また別日に術中何かあっても仕方ない、の書類にサインをし
「じゃあ、いよいよオペしましょう。都合の良い日を決めてお電話ください!」
と元気に見送られ帰宅したものの3月のあの日、覚悟を決め強く持っていたはずの心はすでになし。
なんかもう、このままでいい、生きていく。
というとんでもない思いすらこの胸をよぎる。


一、二本くらい歯がなくてもこの二ヶ月生きてこられたしなぁ。

あと、インプラント入れるの、オペって言い方が怖すぎる。

などと思い予約の電話を先延ばししたまま2、3日を過ごした。


だってオペて。
せっかく痛みのなくなった歯茎をまた切るらしい。恐ろしい。
七転八倒再来の予感。


だけど、
だけど、この中途半端な状況を終わらせはしたい。
あと歯がないと例えば風邪をひいて病院での診察時
「口を開けて喉を見せてください」
の時、絶対に気まずい。
それにわたしは無事この一大インプラント事業を終えて楽しく美味しいお正月を迎えたい。

などとなんとか決意を新たにしようとしていた時、お買い物の帰り道で偶然歯医者さんの受付をしている通称「マダム」に出会った。

「あらぁ、こんにちは」
とほほ笑み通り過ぎるマダムに神の啓示を見た、気がした。
「早く電話をしなさいよ」と。


仕方がない。
物事は始めないと終わらないので6月某日、と覚悟とオペ日を決めわたしは遂に予約の電話をかけ、それを受けたマダムは
「大丈夫よ、頑張りましょう」
と電話越しに優雅に応援してくれた。



覚悟を決めた今もすごく気になっているのが、花粉の時期を過ぎてもクシャミは出るもので、術中もしクシャミをしてしまったらどうなるのか、ということ。今度先生に質問してみようと思う。






気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。