「禅の響 -ZEN no OTO- | 霧海篪」佇む心
私は大海原で濃霧に呑まれ、一寸先は何も見えない状態である。
波に身を委ね、無心で尺八を吹く。
海鳥のように、または生まれたての赤子のように。
浜辺にいる者は、そうした得体の知れない音に聴こえたかも知れない。
意図とは常に自身の思惑とは異なり、他者の心に反映されるものである。
そして、そうした偶然的必然が、“それ”を呼び起こさせる。
人生で何度、濃霧に包まれるような経験をしただろうか。私は失敗を恐れない傾向があるので、大抵、濃霧の中を漂っている。失敗から学び180度、生き