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蛇は悪魔?神?

自粛生活のさなか、僕は学童期にハマっていたゲームを再び楽しんでいた。物語も終盤に差し掛かった頃、ある敵と遭遇して僕は叫喚した。

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ヴリトラ!!!???

この大蛇はインド最古の文献*『リグ・ヴェーダ』に登場する悪者です。

(*文献と記しましたが『リグ・ヴェーダ』は口承で伝えられたものであり、文字に起こされたのはもっと後代とされます)

ヴリトラがどんな悪さをしていたのか見てみましょう。

ダーサ(悪魔)の妻として、アヒ(蛇)に看視されて、水は閉じこめられたり、牝牛がパニ(悪魔)によってのごとく。

ヴリトラはどうも水を閉じ込めていたようです。この詩文が登場するのは、『リグ・ヴェーダ』の中の「インドラの歌」です。僕のnoteにも度々登場するインドラですが、彼とヴリトラはいったいどんな関係だったのでしょうか?

彼(インドラ)はアヒ(蛇)を殺し、水を穿ちいだし、山々の脾腹を切り裂けり
彼はは山にわだかまるアヒを殺せり。(中略)乳牛のごとく、水は流れて、速やかに海に向かった。
インドラは、肩を広げたる、最も頑強なる障碍、ヴリトラを殺せり、偉大なる武器ヴァジュラによって。斧もて伐り倒される木株のごとく、アヒは大地の上に俯伏に横たわる

あ〜、ヴリトラはインドラに殺されちゃったんですね。なぜ殺されてしまったかというと、生命の根源である水を閉じ込めて独占していたからのようです。

切られし葦のごとく、かくあわれに横たわるもの(ヴリトラ)の上越えて、水はマヌ(人類)のために流れゆく。ヴリトラがその威力によって占め囲みたる〔水〕、その〔水〕の足下に、アヒ(ヴリトラ)は〔今〕横たわる。

水を独占して人類を困らせていたのだから、殺されて当然! インドラ様、万歳!!
……でしょうか?
このインドラ讃歌にはヴリトラの背景はいっさい描かれていません。さらに言えば、この詩文の中でヴリトラは母親もろとも殺されているのです。ちょっと可哀想じゃないかしら?(しかも何回も何回も殺戮の描写が……)

インドラ讃歌は、討伐なのか、それとも侵略なのか、という問題を孕んでいます。
この問題を考えるとき、僕は下の記事に書かれている児童研究のことを思い浮かべます。

桃太郎の鬼は果たして悪者なのか?という問いを立てた児童(小学校高学年)の研究です。問いが立つことも素晴らしいのですが、彼女の凄いところは200刷の『桃太郎』の異伝本を読み込んだところにあります。その後の異伝本の区分や仮説の展開もすさまじいてす。周囲の大人の協力があったとは言え、普通はできないことです。

マヌ(人類)の立場からすれば、ヴリトラは独裁者、インドラは英雄、そしてヴリトラ討伐は革命です。しかしヴリトラからすればそれは強奪や反抗だったかもしれません。

インドラによるヴリトラ討伐は、世界創世神話の一種なので、そこまでヴリトラに加担する必要はないとも思います。討伐がなければ人類は死に絶えていたのでしょうし(だからあくまで創作だってw)。

古文献を現代の価値観で再解釈することは禁忌だとしても、問いを立てる材料にすることは大事だと思います。

「その神話、今は果たして通用する?」と

もし今だったら、ヴリトラを殺戮しないで水を得る方法を考えるかしら? 説得? 折半?
そんな想像をするのも楽しいものです。

さて、蛇(もしくは龍)の討伐は、世界に広がる神話の共通コンテンツですが、必ずしも悪役として描かれているわけではないようです。中国でも龍は鳳凰と並んで神聖な生き物ですよね。

さきほど『リグヴェーダ』を紹介しましたが、これはアーリア人(紀元前10-15世紀頃にインドに移住)が持ち込んだ伝承なんです。
しかし、その頃のインドには先住している人々がいました。ドラヴィダ系言語を話すゴンド族もその1つの集団です。彼らによって伝えられた神話・民話が長い時と大地と海を越えて、一冊の絵本となって僕の手に届いたのです。

『夜の木』素晴らしい絵本です。中をお見せできないのが残念なくらい(嫌なやつ)
この絵本の中にもヘビについて描かれているので紹介しておきます。

蛇と大地
蛇の女神は地中でとぐろを巻いて、大地をしっかりと抱えている。そしてまた、木々の根も地中で大地をしっかりと支えながらとぐろを巻いている。大地を描こうとするなら、とぐろを巻いている蛇をかけばよい。同じことなのだから。

あら〜、神聖視されてる。蛇の扱いがアーリア人とはだいぶ違いますね。

インドラが蛇を殺戮する『リグ・ヴェーダ』が編纂されたのは紀元前12世紀頃とされています。しかし、その後のインドで蛇は意外ともてはやされていて、、、先在の信仰にもナーガ(蛇)信仰というものがありますし、ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の寝床になったり、仏教では仏陀の守護獣になったり、なかなか大忙しみたいですね。

もしアーリア人らが蛇を悪魔とみなしていたものが、先住民族の蛇を神聖視する信仰に影響を受けて変化していったのであれば、素晴らしい文化の変遷だと思います。
とかなんとか言っておきながら、冒頭で出現した敵ヴリトラをバッサバッサと討伐しまくった矢口れんとでした。
妄想を多分に含んでおりますが、蛇についての考察を終わります。読んで下さりありがとうございました。


【参考文献】
世界神話事典(角川ソフィア文庫)
リグ・ヴェーダ讃歌(岩波文庫)
夜の木(タムラ堂)
南アジアの歴史(有斐閣)

【参考ゲーム】
ロマンシング サ・ガ2


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