見出し画像

タイ旅行記

*本投稿は写真が多めです。

3泊4日(1泊機中泊)でタイのバンコク・アユタヤに行ってきた。キツキツのスケジュールと美味しいご飯で、足も胃も披露困憊。帰国してから、まだ体調が戻ってこない。汗

私は今、社会人大学生として2度目の学生をしており、専攻は古代から中世のインド学である。
仕事とはまったく関係のない分野なので、この進学は職場関連の人からそれはそれは白い目で見られた。しかし30数年生きてきて、今ほど心身ともに充実している期間は他にない。後悔は一切なかった。
今回の旅はその中間審査というのか……学習してきた紙の上の知識と、実際に世界で起きている現象とを、この目と耳で繋いでくる目的があった。
そしてもちろん、近いうちインドにも行くつもりだ!


エメラルド寺院。豪華絢爛な王宮の側にあり、王室が運営・利用する寺院。中にはエメラルド仏が祀られており、観光客でごった返す中でも静謐さを感じられる空間だった。

タイでは国民の90%以上が上座部仏教を信仰していて、少数派としてヒンドゥー教・キリスト教・イスラームなどが信仰されています……と言うのはネットやガイドブックの文言だが、これには疑問を抱かざるを得ない。
特にアジアにおいて、信仰というものは層構造になっており、生活、儀礼、精神面などにおいてそれぞれ違う宗教の影響下にあることが一般的だからだ。

涅槃寺の涅槃仏。あまりに大きすぎてフレームには収まりません。

こちらはチャオプラヤ川の向こう岸にある、暁の寺。

トウモロコシのような尖塔(クメール様式)には象に乗ったインドラ神の像が埋め込まれている。ここではあくまで装飾としての像で、信仰の対象ではないようだ。
インドラ神はヴェーダ時代にもっとも力のあったバラモン教の神。雷と武勇の神。しかし時代が下ると人気はすっかり衰え、後身のヒンドゥー教においても信仰の対象になってはいない。
大乗仏教に取り込まれてから帝釈天となり、日本では馴染みの神として再生した。

BTSチットロム駅を降りると。人だかりの絶えない祠がある。

ブラフマー神を祀ったヒンドゥー教の祠。
次から次へと供物が捧げられる。

歌謡と舞踊、いのり。

ブラフマー神の祠から歩いて数分もかからない場所に、シヴァと思しき神が祀られた祠を見つけた(タイ語が分からなかったのだが、三又の矛を持っていたので間違い無いと思う)。
ブラフマーが大人気だったのに反してシヴァは閑散としていた。インドのヒンドゥー教とは逆転の現象。これは考察の余地あり。
悟りを開いた仏陀に、その教えを世に広めて多くの苦しい人々を救うように勧めたのがブラフマー神である。タイにおいては仏教との関連もあって、シヴァよりブラフマーが人気なのかな?と、根拠のない想像。

街中にあるセントラル・ワールド(大型百貨店)の手前。トリムルティ(ヴィシュヌ・シヴァ・ブラフマーの三神一体)の祠。

その隣にガネーシャ像。半分像で半分人間。商売と学問の神様。どこの地域でも普遍的に好かれている気がする。
「タイでヒンドゥー教は少数であり、その神も装飾や象徴である」という情報は、やはり誤解を与える表現であるように思えた。街中で人々が供物を捧げ祈る姿は、やはり信仰であったと思う。
信仰の要素をしっかりと細分化すれば、データに出にくい多様性が見えてくるはず。市民は当たり前のようにその中で暮らしているのに、まとめたり、くくったりする必要性が出てくると急に手続きが雑になってしまう。

話は変わるがインドラと帝釈天の関係のように、バラモン教・ヒンドゥー教と(大乗)仏教の間には神様の輸出入があって、その度に人気順位の入れ替わりが起こる。
人気がなくなって卒業した神が、他の地で人気No.1を取り戻してたりもして非常に面白い。
このような体系を僕は勝手にGOD48と呼んでいる。笑

日を変えてアユタヤ遺跡。

タイとビルマの戦争により滅亡し王朝の遺跡。多くの仏像が破壊・略奪された中で、洪水と木の根に守られたのがこれである。
何百年もの間、争いの醜さを見つめてきた仏頭。
神秘体験は与える者の尊さだけでは成立しない。もちろん受けるものの感受性だけでも。
それは時間や環境の力動や、偶然性だったり……
観光地化は神秘性を薄めるけれど、それでも一度お目にかかれて良かった。


#エッセイ #詩 #小説 #タイ #仏教 #ヒンドゥー教 #バンコク #随筆 #日記 #旅行記

ご支援頂いたお気持ちの分、作品に昇華したいと思います!