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#6 『ナナちゃん前劇場』(名古屋)

話し相手JAPAN TOURとは

最初に車に乗せてもらった区間。
箱根の山頂でアキレス限界を感じて三島までが、初めてのルール崩壊。
#3 ルール崩壊

東京のお台場をスタートして5日目にして『歩く』という自分ルールを破ってました。

豊橋〜蒲郡を越えて名古屋に向かいながら、今回の目的は、決して歩いて鹿児島まで行くというのではないんだ!
路上で『話し相手』をするんだ!

というのを自分に言い聞かせてました。

その結果、名古屋までは『歩く』というのが、ルール(法律)というよりマナー(条例)みたいな感じで、ちょいちょい破られていました。

罰則はないけど、ちょっとうしろめたいみたいな感じだったと思います。

『まっすぐ』
明け方の5時過ぎ、簡易宿泊所ジョイフル(ファミレス)を出た。

まぁ、勝手に宿泊所って名付けてるけど、ジョイフルさんは、宿泊所にしてるつもりはなく、こっちが勝手に泊まってるというか、夜を過ごしただけだ。

もちろん堂々と横になって「ダリィ〜わ」って寝てる10代の若者もいてるが、30代はそんなことしない。

『考え事してる風』に腕を組んで瞼を閉じてただけだ。

だけだって偉そうに言うてるが、非常に感謝してる。

感謝の気持ちを表すために、長い時間『考え事』をしたファミレスでは、トイレの洗面所のカガミに飛び散った水をペーパータオルでキレイに拭いて出てくルールを実行してきた。

最後に掃除のチェックシートにオレの名前を書いておおこうかとも思ったが辞めといた。

明け方という時間帯は歩きやすいのだが、箱根を越えてからは、ずっと

「無理なんちゃう?」
「この足で名古屋は無理って言うか無茶なんちゃうの?」
「アキレス腱、またプラプラしてるやん」
「あれ?曲がっちゃイカン方向に曲がってないか?」
「越えたで、これは限界を越えたで、ほら、感覚ないも〜ん!」

って自問自答し、頭の中にいる天使と悪魔の声を聞きながら前に進んでた。

なんなら歩くというルールを『ヒッチハイクじゃないと移動できない』というルールに変更しようかとも思ってたぐらい自問自答は悪魔が勝利宣言してた。

足の感覚が完璧になくなってた時に止まってくれたのが、夜勤を終えて家族の寝静まる家に帰る途中の大浦さんだった。

「いやぁ〜最初、外国人かと思っちゃいました」
「よく間違われるんですわ、東南アジア系でしょ?」
「うん、フィリピンね」
「そんな、ピンポイントな感じです?」

足を引きずりながら、でっかいリュックと、テーブルには見えない荷物を持った東南アジア系の外国人、いやフィリピン人のルックスをした男・・・

よく車に乗せてくれたなぁ〜と、改めて思う。

大浦さんは

「昔ねぇ、BE-PALっていう雑誌が好きで、ヒッチハイクで旅してる人のコーナーをよく読んでたんですよね。だから、ヒッチハイカー見つけたら絶対乗っけるんだって思ってたんだけど、なかなか出会わないもんですね」
「いや〜、ラッキーやったなぁ、オレ」
「こっちこそ見つけた時はうれしくてうれしくて」
「いやいや、うれしいのはこっちですよ」
「ホントはちょっと迷ったんだけどね」
「外人に見えたからですか?」
「そうそう。」
「どう見ても怪しい感じプンプンしますもんね」
「プンプンした。でも笑ったなぁ〜。ダンボールに『まっすぐいきた〜い』って書いてあるんだもん。まっすぐってどこまでだよ!って思いながらブレーキ踏みましたよ」

挿絵修正

そう。この時オレは、ファミレスの裏にまとめてあったダンボールを一枚いただいて『まっすぐいきた〜い』とだけ書いてリュックに背負って歩いてた。

そのおかげで拾われた。そんな心のあったか〜い大浦さんに乗せてもらって5分程したら

「オレの家この辺なんですよ」
「えッ・・・」

心の中で「もう?もはや、ヒッチハイクというよりは、チョットハイクやん・・・」と思ったのが表情に出てたのか

「だいじょーぶですよ、この後家に帰るだけで何もないんで、もうちょっと走りますから」
「あッ、いや、えッ、そぉ〜ですか?」

心の中で「よかったぁ〜」と、ホッとしてた。

「なんかいいですね、オレもなんにも縛られずにやってみたいなぁ〜」
「そぉっすか?オレは、めっちゃ縛られたい派ですけど。なんなら『いかないでぇ〜』って言われたら・・・」
「でも、行くんでしょ?」
「行きますね。でも、最後にギュって抱きしめられてからね」
「抱きしめるんじゃなくて?」
「いや、どっちかというと抱きしめられたい派なんですよ」
「けっこう受け身なんだ」
「投げられるより投げられたいっすね」

なんか話は横道に逸れ、道はまっすぐ進んで『話し相手 in the car』も弾んだおかげでなのか、乗せてくれた大浦さんの方が「もうちょっと、もうちょっと」と言って走ってくれた。

「大浦さん、キリのエエところで」
「じゃぁ、この先に、トラックとかが休憩してるドライブインがあるんで、そこでイイで。」

別れの時が来た。

「最後にギュって抱きしめてもらえます?」
「アハハハハハハ〜、頑張って下さい」

大浦さんに抱きしめられることなく笑顔でUターンして去って行った。

名古屋まであと30キロ。

三島の後もそうやったけど、いい出会いをした後は、どこまでも歩ける気がする・・・無理やけど。

さっきまでアキレス腱プランプランして限界超えてる気しかしてなかったのに、また歩けるような気がする・・・無理やけど。

マラソンランナーにランナーズハイがあるように、アキレス腱にアキレスハイが・・・ない。そんなもんあるわけない。

その日、名古屋までの30キロを歩いてセントラルパークに到着した。

セントラルパークの隣にロサンゼルス広場がある・・・名古屋の栄なのに。そうなると、隣に天安門広場とかあってもいい気もするが

希望の広場だった。

『名古屋初日』
名古屋での初日、ツアー場所?テリトリー?シマ?とにかくテーブルをどこに出すかは、結構重要なポイントだ。

栄の賑やかなところにするか、名鉄ビルのナナちゃん前(東京でいうハチ公前みたいな感じ)にするか?

目立つようで隠れてるようなビミョーな場所でないと、話しに来たくても来れなかったりする。

そんな細かい心遣いもしてあげて・・・なかったなぁ、そぉいえば。そういう気の使い方が必要なのかもしれん。

ただ、やっぱり『話し相手』というパフォーマンスを、どんだけ印象づけるかが勝負で、正直、ツアーに出る前は「1日せいぜい2〜3人の『話し相手』が来るぐらいちゃう?」って感覚やった。

それが横浜では予想を大きく裏切ってくれた、もちろんいい方に。そして、ここ名古屋では更に予想をはるかに裏切ってくれた。

4000万の借金を10年かけて0にした葬儀屋のおやじは、借金返済の軌跡を上機嫌で語り、名刺と600円を置いてサウナに行った。明日は朝イチで新幹線に乗って千葉へ出張らしい。

さすがに苦労人だ。一度断ったが、それでも「あって困るもんでもないだろ」と置いて行ってくれたお金も、非常に手堅いというか妥当というか

もうちょっとあっても困りませんけど・・・とは言えずに、ありがたくいただいた。

不倫をしてるという17歳の女の子は、地面に体育座りをするんで、パンツ丸見えだ。注意しても別に照れない、逆にオレが照れる。

23歳男子。将来の夢は『ギャバクラの経営者』と言い切った。「いや、これ、おもしれぇわ。うちのキャバクラでやろ」という彼は、まだ、キャバクラを経営してない。そして、キャバクラで話し相手は・・・ふつうだ。

どうやらオレをVIPにしてくれるらしい。早く夢が叶うよう祈っています。でも、夢が叶った時、きっと彼はオレをVIPにはしてくれない気がする。

5人組のスケーターが盛り上がってた。

「コイツんとこ泊まればいいじゃん」

と、互いに譲り合ってた。いや、どっちかと言うと押し付けあってた。オレは一切泊まりたいと言ってないのだけど「いいじゃんいいじゃん」と盛り上がってた。何がいいのか分からんし、そもそもだれも

「オレんとこに泊まればいいじゃん」

ってヤツがいなかった。

青森、長野、九州を鳶(自称)で渡り歩いて30年になる『よいちさん(自称)』は、息子もいる。

鳶のベテランであり、また、よいちさんは

「俺はなぁ、ホームレスもベテランなのよ」

と言ってた。

鳶のベテランで息子がいて、青森、長野、九州と渡ってきた。単身赴任ではなくホームレス、しかもベテラン。ホームレスって奥深い。

名古屋の初日は、知り合いが知り合いに知らせて、知らない友達と『見物』に来てくれたり『確かめ』に来てくれた。みんな思う事はおんなじで

「食べてないんでしょ?」

と、差し入れ祭りになった。テーブルの上には、たくさんの食べ物が集結して、もちろん嬉しいけど、出来れば別々の日に来て欲しかった。

もしくは、日持ちするモノが・・・

贅沢を言っちゃいかん。いただいたものは、いただいたうちに。そんな思いで名古屋での最初の夜は満腹でふけて行った。満腹は久し振りだ。

栄のセントラルパークにて、ひとり初日祝いをして、3人掛けのベンチにホームレス対策の手すりが付いてるのに怒りを覚えながら寝た。

『祝★初献血』
「お時間ございますか?」
「もぉ〜たっぷりございます。なんなら2〜3泊させてもらえれば、血ィ抜かれっぱなしでもかまいません。」

今回のツアーでの『初献血』は、名古屋の金山駅前献血ルームやった。


ここでの献血との出会いが、後のツアーにとって非常に大切な『智恵』を得るきっかけとなった。

今回のツアーに限っては、人のための『献血』ではなく確実に己が生きて行くための『売血』やなと。

名古屋の人の情報で、ストリートミュージシャンが多いのはナナちゃん前と、栄、それに金山駅前らしい。

で、金山駅前に行ってみて、ふと目に入ってきた『献血ルーム』の文字。

「最近人のためになる事してなかったなぁ〜、よし、献血でもするか」

という純粋なる善意が頭をよぎる事もなく

「あのルーム(部屋)は小腹と喉を潤してくれるオアシスや!あわよくば、携帯の充電!」

そんなオレの都合だけが頭の中を支配してた。

献血の種類の中で『成分献血』っていうのがある。

血液の中から(たしか)血小板の成分だけを取って、抜いた血液を体に戻すんで、体に負担がかからないらしい。血を献上しない献血なのだ。

出ていった血が戻ってくる・・・菊池寛の『血血帰る』だ。

ただ、この成分献血は、血を戻す時間が必要で1時間程ベットの上で寝たきりで動けないんで、忙しい日本人にはあんまり好まれないようなのだ。

で、冒頭の

「お時間ございますか?」というわけだ。
「ベットで1時間寝たきり?それいきましょ、オレに最適!」

大変感謝されたが、こっちはもっと感謝した。

名古屋3修正


なんせベッドで寝て、小腹も喉も潤い、充電も赤から緑に変わって、久し振りのフル充電。

それよりもなによりも、この時『成分献血』初体験のオレは驚愕の事実を知る事になった。

いつもオレがやってる400ml献血は、20分ほどで終わるものの、体が血を作って次に献血出来るまで3ヶ月も間を空けんとイカン。つまり、3ヶ月に1回しかオアシスに行けないのだ。

ところが1時間ベットで休息をとれる『成分献血』は、なんと2週間経てば、また休息込みの献血ができる。

しかも、はい、ココ大事!テストに出るよ!

献血に1時間もかかるので、謝礼として図書券500円分をもらえる。(現在はもらえないようだが)

つまり、これからのツアーでは、オレの血が断られない限り

2週間ごとにベットで休息をとれて
500円の図書券が転がり込んで来る

その図書券は、金券ショップに持ち込むと、450円に姿を変えてくれるのだ。

成分献血万歳!
約2週間に1回、全国各地の献血ルームでオレの疲れた羽(アキレス腱)を休められるのだ。

「サラサラしたきれいな血液ですね」

血液検査をしてくれた看護士さんが笑顔で言ってくれた。

肉ばっかり食べてると血液がドロドロになるそうで、魚とか野菜とかを食べてると、血液は血管をつまらせる事なくスムーズに流れるらしい。

まぁオレの場合は、どちらもあんまり食べてませんから、色が赤いかどうか分からんが、ツアーに出て、これまでで一番快適な時間を過ごした。

血は抜かれてるが。

しかも、今回の献血、オレの人生で10回目という記念だったらしい。記念品としてクリスタルのグラスをくれた。

いらない・・・ぶっちゃけ、使わないし、重いし、ガラス、危険やし。

ただ、さすがにいらないとも言えず、その日の『初話し相手』に押し付け、いや、プレゼントして献血の素晴らしさを広くアピールした。

ビックになったら献血イメージボーイになれるな。いや、もうボーイではないし、献血の動機が・・・不純すぎる。

後に分かった事なのですが、オレはサイトメガロウイルス抗体陰性という、輸血に適した血を持っているらしく、しばらくの間、全国各地から『献血のお願い』という手紙が届いてました。

次回は、名古屋から出るまでのアレコレを。

ひとりオモシロ企画のスタート。
話し相手JAPAN TOUR #0 半年間、話し相手に行ってきます

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