福島カツシゲ

コメディアン 2021年のテーマは『この一歩から』 2011年WOWOWシナリオ大賞を…

福島カツシゲ

コメディアン 2021年のテーマは『この一歩から』 2011年WOWOWシナリオ大賞を受賞。 現在、全国の銅像に話しかけて、お芝居をする【どうぞう と】はじめてます

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話し相手JAPAN TOUR

2000年3月20日『話し相手JAPAN TOUR 2000』というタイトルで、全国ツアーをスタートしたんです。20年前になりますね。 結果的には東京から西方面だけで終わったので、半国ツアーでした。そして、西へ向かえば向かうほど存在感が大きくなっていくツアーでもありました。 全国ツアーなんていうと、たいてい日時が決まってるもんなんですけど日時どころか場所も決まってなかったので、全国ツアーというには、なかなか無理のある感じでした。 東京から歩き始めて、横浜、静岡、浜松、豊

    • これまで、どうしてきましたか?

      2016年3月11日にSMBC主催の舞台『イシノマキにいた時間』と展示会をやらせていただいた。展示会のタイトルは これまで、どうしてきましたか? これから、どうしてゆきますか? でした。 東日本大震災から5年が経ったこの時、大きく展示された写真には、話を聞かせてもらった人たちの『一番伝えたい言葉』が書いています。 石巻の人、石巻を通して知り合った人、石巻よりも前から知ってた人、石巻をキッカケに濃い付き合いをするようになった人が、大切な人たちを想いながら伝えたいと感じた事

      • そう、出るんです。

        久しぶりに舞台出演のお知らせ。しかし、2日後から本番。 もうちょっと前にお知らせするつもりで・・・ズルズルと。 2011年から【イシノマキにいた時間】という舞台を9年続けてました。その間に、舞台の脚本・演出の仕事はやってたのですが、今回は、脚本と出演という新しいパターンです。 この舞台【Have a good time?】は、2012年が初演で、その時のチラシが ちょっと画質が悪いのですが、まぁ、悪いぐらいでちょうどいいヴィジュアルなので、よしとしましょう。 そして再

        • Arasuji stock始めます。

          ● 『Arasuji stock』って? 心地いい動画には、心地いい音楽アリ。BGMを上手く使ってる映像って気持ちいいですね。ただ、動画をアップする時に、好きな音楽を勝手に使う事は出来ません。著作権の問題をクリアするには、なかなか大変です。 ならば、オリジナルの音楽を作ればいいというだけなのだが、いやいや、それが一番大変なわけで、そういう人のために著作権フリーで自由に使っていい音楽素材を販売してるサイトがあります。 ジャンルや楽器、どんなシーンに合ってるか、など様々な条件から

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        話し相手JAPAN TOUR

          東京から沖縄 歩いたり話し相手したり

          話し相手をしてきた人数は1933人でした。 そんな、東京から沖縄までの日々のアレコレを見出し?目次? とにかくまとめました。 ここからスタートすればいいんじゃない?と思いまして。 【目次】 東京〜名古屋 #0『話し相手JAPAN TOURって・・・?』 #1 『アパート撤退とはじめての話し相手』(東京) #2『江ノ島のえのさん』(横浜・江ノ島) #3『ルール・・・崩壊の箱根越え』(神奈川) #4『惨敗 青葉公園のハト』(静岡) #5『おっちゃんとおっさんと』(愛知) #6

          東京から沖縄 歩いたり話し相手したり

          銅像に話しかける前の舞台裏

          仕事か趣味かライフワークか 2019年から『どうぞう と』という活動をしています。この活動では、お金を稼げていないので仕事とはいえないけれど、趣味というほどお手軽にやってるわけでもなく、投稿の中ではライフワークという言い方をしています。 3ヶ月前に『続けることで仕事になるのか検証中』という投稿をしました。 まだまだ仕事には程遠いという事をご報告させていただくとともに、そんなタイミングで目にした「 #わたしの舞台裏 」というお題企画。 これぞ、表舞台を模索する『どうぞう と

          銅像に話しかける前の舞台裏

          #33 『189 46 111 1933』

          上記、クレジットカードの番号ではありません。 東京を出たのが3月20日、東京に戻ってきたのが9月24日なので、たぶん189日間のツアーでした。ツアー場所は46ヶ所(場所の詳細は、最後に書いてます)テーブルを出していた日数が111日間、78日間は、ただただ歩いていたということになります。そんな歩いてた日も含めて1933人の話し相手になりました。そして、話し相手になってもらいました。 とても貴重な、そして、大切な時間だったと思います。 いよいよ最終回となりました。これまでの3

          有料
          500

          #33 『189 46 111 1933』

          #32 『那覇港出港、その前に』(那覇)

          『畠山さん』 畠山さんと最初に会った日を日記には詳しく書いてなかったけれど、ものすごくニコニコして椅子に座って来たのは覚えてます。 フリーカメラマンの畠山さんは、サミットを取材・撮影に来たのではなく「サミットを取材する報道陣を追いかけに来てん」と言ってました。 撮影期間に沖縄の美ら海に魅せられて「もっかい戻ってくるわ」と言って大阪に帰りました。 戻ってきて再会したのが8月16日でした。僕が恩納村の居酒屋『海ぶどう』から戻ってきた頃だったので、国際通りのいつもの場所で再会

          #32 『那覇港出港、その前に』(那覇)

          #31 『空、飛びにいく』(那覇)

          『銭湯』 沖縄の銭湯の料金は230円。東京を出る前日に入った江古田の銭湯は385円だったので、沖縄の銭湯は実にリーズナブルだ。そしてなんというか趣のある銭湯だった。 銭湯に行くちょっと前にトイレに行きたくなる体になってきた。この状態を『銭湯態勢に入った』と言ってた。 極まれに、銭湯で体にまとわり付いたアレコレを洗い流した後にモヨオスという最悪のタイミングがある。自分に腹が立って悲しくて、しばらく自己嫌悪に陥る。 あんなにキレイにしたのに・・・と。 20年前は、まだネットで

          #31 『空、飛びにいく』(那覇)

          #30 『ジェームズ』(那覇〜コザ〜那覇)

          『靴・・・どこいった?』 靴を盗まれたようだ。 何度か靴を買ったが、今履いてる靴は、いや、さっきまで履いてた靴は、博多でTMネットワークの木根さんに買ってもらった(その時のエピソードは『#20 変わり身の術・忍者〜花屋』)夏仕様で生地がメッシュになってて実に快適な靴だ・・・った。 例え木根さんに買ってもらってなくても、靴は大切なパートナーだ。そんな靴を久々に洗った。ペラッペラの安っすいサンダルを買って履き替え、県庁の外にあった水道で靴を洗って、沖縄の日差しを革じゅうに浴び

          #30 『ジェームズ』(那覇〜コザ〜那覇)

          #29 『居酒屋・海ぶどう』(恩納村)

          沖縄から出るフェリー代(大阪まで)が、15,000円ほど必要だったのだけど、8月4日の所持金が2,006円で、まったくバイトが見つかる気配がない毎日だったようです。 8月に入ってからの日記が、なんだかモヤモヤっとしてました。 観光客が、お土産を買い物に来るメインストリートの国際通り入口に『話し相手』のテーブルを出していたら、何人もの人に声をかけられました。 「名古屋にもいましたよね」 「大阪で会ったん覚えてる?」 「え〜ホントに沖縄まで来たんだ!」 観光地、恐るべしですね

          #29 『居酒屋・海ぶどう』(恩納村)

          #28 『てっちゃん』(沖縄)

          『ホームレス天国?』 「沖縄には全国から集ってくんだよ」 「そうなんすか?」 「冬に家なくても死なねぇからな。北海道とか東北は、死ぬだろ」 「たしかに、そうですね。でも、夏、暑いっすよね?」 「東京の方が暑いだろ、湿気がすごいから。あと人がな・・・」 「あぁ。まぁ、人、多すぎますね」 「多さじゃねえのよ、人が優しくないのよ」 「あぁ・・・なるほど」 このオジサンは北陸(富山)の冬が厳しくて、大阪、神戸、山口と西に移動して、最終的に沖縄に渡ってきたらしい、7年前に。残念なが

          #28 『てっちゃん』(沖縄)

          #27 パレットくもじ(沖縄の宿)

          しばらく連載がストップしておりました。 夏休みを満喫していたわけではなく、むしろ、モヤモヤっとしております。 不要不急というのは、どこからどこまでなのか? 実家に帰省するのが一律で不要不急とするのは、えらく乱暴だなと思ったりします。そして、またモヤモヤっとが膨らんでいきます。 この【話し相手JAPAN TOUR】を読んでくださってるみなさんが、少しでも家族や大切な人との時間を楽しく過ごせていればいいなと思ってます。 20年前のちょうどこの季節(7月20日〜8月31日まで)

          #27 パレットくもじ(沖縄の宿)

          『どうぞう と』中部地方ツアーに出てました

          しばらくnoteの連載【話し相手JAPAN TOUR】の更新が滞ってますが、決して、こんな風に 田舎でノンビリしてるのを母に叱られてたわけではなく もちろん、気の合う友人たちと 避暑地で優雅に過ごしてたわけでもありません。 たまに家族に見送られながら 釣りに出かけたりする事もなく ただ、毎日のルーティーンである筋トレは 失恋で落ち込んでる友人の相談を聞きながらもやってました。 以前、こちらの note にも書きましたが、仕事というか、今の時点ではLIFE WO

          『どうぞう と』中部地方ツアーに出てました

          #26 もののけ彦(屋久島〜沖縄上陸)

          話し相手JAPAN TOURとは 『晴耕雨読』 「屋久島すんごいんすよ」 「お・・・おう」 「機会があったら、ぜひ行ってください!」 「そ、そうやな、機会があったらな」 「で、晴耕雨読という宿にサブローさんという人がいて」 「お・・・おう」 「会ってきてください!」 「そ、そうやな、機会があったらな」 機会は、自分で作るもんですね。 博多の西鉄コンコース前で『話し相手JAPAN TOUR』をやってたのが6月16日からの6月25日までの10日間。 それはそれは沢山の人が

          #26 もののけ彦(屋久島〜沖縄上陸)

          #25 『鹿児島〜沖縄へ』(鹿児島)

          話し相手JAPAN TOURとは 『鹿児島支店のつづき』 「いやいや、お前ら、本店の場所に支店作ったらアカンやろ」 16時頃、ちょっと早めに天文館通りの十字屋に着くと、その場所に『鹿児島支店』があった。 2人とも笑ってたけど、完全にクーデター起こす気やったな。 鹿児島に到着(7月9日)して天文館通りの十字屋の前で『話し相手JAPAN TOUR in KAGOSHIMA』を始めたのが翌日の10日からでした。 その日にダンボールに『鹿児島支店』と書いて、ちょっと離れたとこ

          #25 『鹿児島〜沖縄へ』(鹿児島)