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#28 『てっちゃん』(沖縄)

『ホームレス天国?』

「沖縄には全国から集ってくんだよ」
「そうなんすか?」
「冬に家なくても死なねぇからな。北海道とか東北は、死ぬだろ」
「たしかに、そうですね。でも、夏、暑いっすよね?」
「東京の方が暑いだろ、湿気がすごいから。あと人がな・・・」
「あぁ。まぁ、人、多すぎますね」
「多さじゃねえのよ、人が優しくないのよ」
「あぁ・・・なるほど」

このオジサンは北陸(富山)の冬が厳しくて、大阪、神戸、山口と西に移動して、最終的に沖縄に渡ってきたらしい、7年前に。残念ながら『小倉の自由通路』には行ってなかった。(小倉の自由通路で過ごした話は『#19 『20年借りっ放しの2千円(福岡)』からどうぞ。)

北陸時代のホームがない状態から20年以上経つベテランのホームレスだ。言葉に重みがある。

「暑いと『くっそ〜暑いんだよ、コノヤロー』って、怒りが込み上げてくんだけど、寒いと膝抱えてカラダ丸くしてな『寒いなあ』ってしか出ないんだよ。どうしようもなく哀れになんだよ」

3月〜5月にかけて、まだ寒い頃の野宿を思い出してみた。たしかに「寒いなぁ」って膝を抱えながら寝袋でつぶやいてた。

「沖縄は過ごしやすいから失業率が日本一高いんだよ」

オジサン目線の問題点も指摘してた。たぶん、沖縄の失業率が高いのは、過ごしやすいという単純な問題ではないと思う。過ごしやすいとはいえ、直射日光を浴びてると、優しさを微塵も感じない。

「沖縄の公園は優しいぞ。たいていでっかい木があるからな」

オジサンは、お昼を過ごすための『優しい日陰スポット』をいくつか教えてくれた。オレ自身が期間限定とはいえホームレス中なんで偉そうに言う資格はないけど、その分析力とか調査能力活かして仕事したらええのに。と、ちょっと思ったりした。
まぁ、仕事じゃないから出来る事ってあるわな。

オジサンおすすめスポットの公園に行ってみた。木の下にある日陰って、たしかに優しい気がする。

真昼の太陽を浴びて沖縄をカラダ一杯に感じたいのは、観光や海水浴とかに来たバカンスデスな人たちで、ホームレスはそれぞれにとっての『優しいスポット』で、暑さと人間関係から逃れてるような気がする。


『てっちゃん』

「あの、話し相手って、なんですか?」
「話の相手をすんねん」
「あぁ・・・なるほど、そうですよね」
「あぁ、話し相手やからな」

沖縄から『全国奏でますツアー2000 〜北へ〜 』(たぶんツアーのタイトルはオレと出会ってから作った、というかパクったのだと思う)という旅をスタートさせたのが、てっちゃん(笠井哲男)。

初めて会った日のてっちゃんは、なんとも不安そうな顔して、ギターとリュックを持ってオレの前を通過して、ちょっとしてから戻ってきて、シンプル&ストレートな質問をして、イスに座った。ニコニコというかヘラヘラというか、なんかずっと笑ってた。

コッチがゴールで、てっちゃんがスタートという、なんとなく親心的に?アニキ風を吹かせて?我が家のリビングに泊めてあげたりして、たまに一緒の時間を過ごしたりしてた。

沖縄の朝は早い。8時なのに暑い。朝から家のないオレたちに灼熱という牙をむいてくる。夜に勝負してるオレたちにとって昼の時間帯は、いかに体を休めるかがポイントである。
渡り鳥が木の枝を咥えて飛び、疲れたらその枝を海に浮かせて休むように、いかに浮きのいい枝を見つけるか、つまり好条件で休める場所を見つけるかがカギになる。

オジサンから教えてもらった『優しいスポット』に行ってみたが、基本的に屋外なので、ベテランのオジサンには優しくても、まだまだ経験の浅いオレたちには、短い時間を過ごすのがギリギリで、結局は暑く厳しい場所だった。

てっちゃん


冷房の効いてるデパート(10時開店)や、マクド(お金がかかる)など、いろいろ候補地がある中で、献血ルームは、渡り鳥でいうところの偶然通りかかった遠洋漁業の船みたいなもんで、快適な温度で食べ飲み放題なので『優しさがはみ出してるスポット』なのだが、沖縄に渡ってから肉も食ってないので、血を抜かれるのは逆にアブナイんじゃないかと思う。

そして、最も優しい場所は、県庁の待ち合わせロビーにあるソファーだ。コンビニで売ってる60円の紙パックのさんぴん茶を持って県庁に行くのが、サイコーの時間の過ごし方だった。
ただ、どぉ見ても『旅人1号2号』にしか見えないオレたちが、ガードマンの立ってる入り口を、いかに自然に通過するかが問題だった。そして、短い寸劇が始まる。

「笠井君、今日の会議は何時からだったかね?」
「はい、11時から第一会議室です」
「国際文化交流に関する資料はそろってるのかね?」
「ええ、こちらに」
「担当は宮里さんだったね」
「はい」
「ちょっと早かったかな?」
「そうですね、夏休みなんで、朝イチの飛行機しか取れなくて」
「じゃぁ、そこのソファーで少し資料をまとめておくか」
「わかりました」

ガードマンの前で、会話を交わしながら県庁の門をくぐる。日焼けしたての赤い顔のてっちゃんと、真っ黒に日焼けしたオレ。てっちゃんギター持ってるし、オレ、テーブル持ってる。だいぶ不自然だ。なにより、てっちゃんの芝居が・・・なんかずっとニヤニヤしながらセリフを言ってる。
まぁ、それ以前の問題やな。

こんな2人が県庁の人と会議しない。

毎日、AM6時に、パレットくもじのガードマンに起こされる。その際、必ず注意される。ただ「デパートの吹き抜けで寝るな」と言われるのではなく、「ダンボールで寝るな」と注意される。なぜかダンボールを敷かずにビニールシートだけなら注意されない。
謎のルールだった。
ルールを守って直シートで寝ると朝起きた時、カラダがバッキバキになってる。なので、ビニールシートの下にダンボールを忍ばせながら『ダンボール敷いてません顔』で寝るというのがポイントになるのだが、たいていビニールシートがめくれ上がって、その下のダンボールが見つかって怒られる。
30歳を過ぎてるのに、大人に怒られる日々だ。

AM6時から8時までの2時間を『優しいスポット』で過ごし、その後、県庁のソファーに座ると同時に2人のブレーカーは見事に落ちる。
10時頃に目が覚めると、他のソファーではネクタイをした人たちが、打ち合わせや名刺交換をしてる。そんな日が、何日かあった。
沖縄県庁のフトコロの深さに感謝した。


『中島さん』

夜中の2時、コンビニでトイレを借りて帰ってきたら、オレが座る方のイスに座ってたのが中島さんだった。見た目にはオレが『話し相手』になってもらってる感じだ。
最初に「すんません、そっち、オレの座る方なんですよ」と言えなかったのは、中島さんが『その筋の人』にしか見えなかったのと、イイ具合に酔っぱらってたからだ。で、話し初めてちょっとしたら、突然

「おい、店タタめ」
「いや、これは店ではないんで・・・」
「いいから、はよタタまんかい」

なんぼ怖い人でも、ここでの勝負は譲れん。これをやりに来た訳やし、これしかでけへん。このテーブルだけは、タタむ訳にはイカン。

「はよせいよ。飲みに行くぞ!」
「んッ?飲みにですか?」
「おう。そこで話し聞く」
「あぁ、なるほど。それ、いいっすね」

テーブルはすぐにたたんだ。中島さんのツケのきく居酒屋でだいぶ飲んだ、オレではなく中島さんが。そして、意外な事実が判明した。

「おまえだったか、いつもソファーで寝てるのわ!」
「はい」
「ガハハハハハハハ〜」
「いつもお世話になってます」

中島さんの仕事は、県庁のガードマンだった。見た目には最強のガードマンだと思ったら、見た目だけではなかった。

てっちゃん3

「ほれ、ここ見てみぃ、刺されたところや」
「ガードマンって大変なんですねぇ」
「いや、これは大阪にいた頃に抗争で刺されたもんや」
「へッ、コウソウ?」
「三途の川を渡りかけた時にな、うちのおふくろが雲の上に乗ってきてな『まだこっちに来たらアカンわボケッ!あっちへ行かんかい!あっちへ』って追っ払いよるんよ」

その筋の人に見えたのではなく、その筋の人だった。

「あしたも県庁に来るんだろ?
「明日は土曜日ですね」
「昼飯奢ってやるから来いよ!」
「県庁休・・・みですよ」
「じゃぁな!」
「だいたい、そんなフラフラでガードなんて・・・」

全然聞いてない。中島さんは、明日が休みなので飲んでたし、すでに3時を過ぎてる。だいたい、そんなフラフラでガードなんて・・・たぶん出来るんやろうな、あの人なら。


『年に一度の感謝の日』

「大変です、福島さん!」
「ん?どうした?」
「今、公設市場にいるんですけど、すぐ来てください」
「え?公設市場に?けど雨降ってるし・・・」

てっちゃんから電話が入った。オレとてっちゃんは、夜寝る時以外別行動だ。お互いやってる事も違うし、流されたりすんのもイヤなんで自然とそぉなる。

「メシ無料なんです。メシ無料。」
「え?メシ無料って??」
「急いで下さい。ホント、急いで下さい」
「ん?え、急ぐって???」

何が起こってんのか、詳しい事は分からんかったが『メシ無料』を2回叫んで、『急いで下さい』も2回言ってた。これは・・・かなり大事な事を伝えようとしてるな。

で、公設市場に急ぐはずが、外は朝から雨が降ってて、それも暴風雨。公設市場まで1キロある。が、電話を切ってすぐ雨がピタッとやんだ。そぉ、モーゼの十戒で海が割れ、道が出来たように(たしか、そんな話やったと思う)奇跡が起きた。
神に感謝する時間も惜しんで公設市場まで急いだ。

「コッチです、コッチ」

また、コッチを2回言ってたが、それはそんなに大事でもないやろ。すでに腹を満たしたてっちゃんは、紙皿に山ほどの食いもんをキープして笑顔で立っていた。
次々と出てくるタダメシ、タダジュース、タダ刺し身、タダチャーシュー、タダタダ食った、神に感謝するのも忘れて。

公設市場


「ホント、電話して良かったですよ」
「いやぁ、美味いわ、てっちゃん」
「追加いけます?」
「いける」
「取りに行ってきますね」

完全に裏方、いや、パシリになってくれた。
てっちゃんの笑顔は、喜んでるオレを見てホッとしたのと、電話せずに後でバレた時の事を想像してゾッとしたのが入り交じった複雑な笑顔なんやろうな。
公設市場では、トラメガを握ったオッチャンが

「いつも公設市場をご利用頂きまして、誠にありがとうございます。本日は、年に一度の感謝を込めてのご奉仕です。どんどん食べて下さい。こちらにはソーメンもございます。はい!牛刺しがご用意できました。沢山ございますので、慌てずに、慌てずに」

食べながら、というか手が止まらないまま、何度も心のなかでつぶやいた。

「すみません、いつもご利用してなくて・・・すみません」
「かなりおかわりして・・・すみません」
「あとヒトマグロ・・・いいですか?」

一番つぶやいた言葉は『ありがとうございます、いただきます』だった。県庁のフトコロの広さ、公設市場の太っ腹さに、ありがとうございます。そして、いただきます。


『作詞家デビュー』

夜中に『話し相手』を終えて、いつものようにパレットで寝ようとしたら、好みのタイプの女子と、そんなに好みのタイプではない女子の2人組が、パレットに向う階段に腰掛けてた。
『奏でます〜北へ〜』を終えてパレットで寝ようとギターをかついで後ろから付いて来たてっちゃんに、2人組の女の子がハイテンションで

「ねぇねぇ、なんか歌って、っていうか、曲作ってぇ〜」

さっきまで、パレットから見えるところで歌い続けてたてっちゃんにしたら「階段降りて聞きに来いよ!」って言いたかったやろうが、まだツアーをスタートしたばっかりの彼は、当たり障りのない笑顔を返してた。

「てっちゃん、ここはオレにまかせろ」
「え?歌うんですか?」
「いや、歌うのはてっちゃんや。詞はオレが作る」
「すげぇ」

そう、オレはすげぇのだ。なぜなら1人はオレのタイプだから。そして、その子だけのためにオレの作詞脳が一気に回転を始めた。ハッキリ言おう、ラブソングは得意だ!

♫ 今時のセブンティーン ♫

君と出会ったのは 午前0時を過ぎた頃
階段の一番上に ちょこんと腰かけてたね
話しかけたのは そぉ 僕からだった「彼と待ち合わせ?」
君は ふくれっつらで答えたね「星見えなぁ〜い」

なってない なってない 答えになってない
なってない なってない 会話になってない
今時のセブンティーン

このままずっと続くと思ってた 朝日が見えた頃
おしりについた砂を パンパンって払ったね
別れがつらくて思わず口にした「どこかへ行こうか?」
君も つらそうに答えてくれたね「超こしいたぁ〜い」

聞いてない 聞いてない そんな事聞いてない
聞いてない 聞いてない 話を聞いてない
今時のセブンティーン

なってない なってない 態度がなってない
なってない なってない 化粧がなってない
なってない なってない 日本語なってない
今時のセブンティーン

「ギャハハハハハハ〜、おもしれぇ〜」

笑ってたのはタイプじゃない方の女子だった。そして、タイプの方の女子は聞いてなかった。そう、聞いてない方の女子に作ったのだから。

20年経ちましたが、色褪せない(と思ってる)この歌には、まだ曲がついていません。このnote を読んでくれてるかも知れない、世の作曲者の方、いかがでしょうか?

ツアー中、路上で何かをやってる人と友達になったり、つるんだりする事は、あまりなかったし、その後連絡を取ったりした人は、ほぼなかったのですが、なんだかんだ、てっちゃんとは20年の付き合いになってます。

ただ、1年に1回も会わなかった事もあるし、何度か舞台を見に来てくれた事もありました。彼がバイトしてる珈琲屋さんに珈琲を飲みに行ったこともあるし、その店に行ったら、休みだった事もある。バイトだったのが、いつの間にか社員になってたような気もします。詳しくは知らないけど。

てっちゃんは、今でもたまに歌ってるようだけど、歌だけで食ってるわけではない。そういえば、あの時のてっちゃんが、何を目指そうとしてたのか聞いた事もなかったなぁ。自分がそうだったからというわけではないけど、路上に立つ時(オレは座ってるけど)は、野望というか「これで勝負する」と思って始めたんじゃないかなと思います。詳しくは知らないけど。

あの頃のてっちゃんとは、前回のnoteでの『いちゃられ過ぎ』とは違って、ある意味『いちゃりばちょーでー』的な感じで過ごしたような気がします。

次回は『海ぶどう』という居酒屋さんでの3日間です。

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