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#19 『20年借りっ放しの2千円』(福岡)

話し相手JAPAN TOURとは


『小倉自由通路』

「こらー、ホームレスども!起きんかい!!」
「お前ら、いくら自由通路やゆうても、自由にしすぎとらんかぁ!」

そう言って夜中の2時に叫んでるのは、この界隈のホームレスのドンだ、と思う。他のホームレスは「またか・・・」という顔で見てる。

ホームレスがホームレスを叱る。

小倉駅で選んだ寝床は、自由通路というホームレス達が集まる場所だった。新宿でいう西口地下通路みたいなもんで、静かな公園とかで寝るより安全な場所だということを、このツアーで覚えた。

ただ、ここでは夜中に、ドンの演説が始まり、ドンが寝るまで続く。

「よぉ聞けよ!ここが、お前らの家やったらワシかてな〜んも言わんよ、せやけどなぁ、ここは通路ぞ!」

もちろん、ドンの家もこの自由通路にあり、間違いなく一番デカイ。ドンは、ひとりひとりに説教をする。この日は、隣にダンボールとブルーシートで出来た一戸建てに住んでるおばちゃんホームレスがターゲットだった。

「おい、ババア、お前メガネはどないしたんや」
「なにが?」
「昨日までメガネしとったやろ」
「しとったよ」
「そのメガネば、どないしたんかって聞いとるんよ」
「どないもこないも、落としたんやけ、しょうがなかろうが」

そんなおばちゃんホームレスの諦めとも開き直りとも聞こえる言葉に、ドンの演説は最高潮を迎えた。

「なくした?メガネばなくしよったんか!そんで見えとるのか?たとえ目の前のもんが見えても、ババアの未来は見えとんのか!」

「うまいッ!」と心の中で唸った。
もうそろそろ終わるだろうと思いながら背中を向けて寝てたオレが、次のターゲットとなった。背中を向けてても視線が突きささった。

小倉

ドンの圧は背中でも感じる。

「おい、新入り・・・コラッ、新入りっちゅうて言うとろうが!」
「(どうもオレの事らしいな)はい、なんですか?」
「お前はどっからや?どっからきたんや?」
「東京ですけど」
「わかっとるわ、そんなもん見たら分かるやろうが」
「(オレが東京から来たって事を分かる?すげぇな、ドンの眼力)」
「東京のどこかっち、聞いちょるんやろが」
「(ここは逆らわず、答えよう)練馬ですけど」
「練馬か、練馬っちゅう事は、ヨッさんの紹介か?」

誰やねん、ヨッさんって!なんや、ここに地方から来るホームレスは、誰かの紹介状を持って来るシステムになってるんか?大学病院かッ!
ドンは気の済むまでしゃべる。で、気が済んだら寝る。

そんなドンは、昼間になるとどこからともなくホームレス仲間のみんなに、弁当を配ってたりする。面倒見のイイ親分肌のおっさんだ。
もちろんオレは貰わなかった。そのラインだけは越えちゃイカンというルールを決めてた。まぁ、いつまで続くかは分からんが。


『誘惑』

「ここ臭くないですか?」
「そーですかねぇ」

サラリーマン風の彼は、最終電車に乗り遅れて、仕方なくココで缶コーヒーを飲みながら始発電車を待っていた。ように見えた。

この自由通路では、ホームレスが寝泊まりというか生活をしてて、昼はアチコチに散らばってるが、夜は『家なき大人』達が、それぞれの活動を終えて戻ってくる。

自由通路の風景に溶け込んで、ビニールシートの上で寝てた時に、声を掛けられた。

「あっちに暖かいところがありますから移動しません?」
「そーですねぇ」

6月になったとはいえ、まだ夜は寒い日がちょくちょくあったので『臭さ』は気にならなかったが『暖かさ』に惹かれて彼と『あっち』に向った。

移動中、彼が美容師である事、自分のお店を新しく出そうとしてる事、その資金をすべて出してくれるお金持ちの男性がいる事、最近奥さんと別れた事、そしてすぐ近くのホテルに泊まってる事を聞いて、なんか薄々だが、彼が声をかけた理由が分かってきた頃に『暖かい』『こっち』に着いた。
彼は、単刀直入に交渉を始めた。

「もぉ、分かりますよね?」
「えぇ、まぁ、なんとなくですけど、分かりました」
「1万円払いますから」
「1万?なんぼなんでも安くないですか?」
「3万円までなら出せます」
「あのぉ、変なこと聞いていいですか?OKする人っていてるんですか?」
「ええ、若くてお金のない男の子たちは、だいたいOKしますよ」
「男の子ですよね?」
「ええ、男の子です」

かなりオレがタイプらしい。ビビッと来たらしい。

小倉3

「すいませんけど(まだ)無理ですね」

この断わり方がどうなんかは別として、『彼』は納得して、実に紳士的に帰って行った。いや、別の男を探しに行った。

彼から貰ったアップルジュースを飲み干し、その場から帰ろうとした時、暗闇から戻ってくる彼の姿が見えた。

「やっぱりあきらめきれないの。ねぇ、ダメかしら?」

しゃべり方まで変えてきたので、コチラも若干さっきより強めに出た。

「ダメやねぇ」
「じゃあ、触るだけでも」
「あかんねぇ」
「お金に困ってるんでしょ?」
「困ってるというより、ナイねんけど、そっちはもっとナイねん。」
「お金、好きじゃないんだ?」
「お金の好き嫌いやなくて、女が好きなだけですわ」

がっくりした彼は、完全に(たぶん)諦めたと思う。
去っていく彼の後ろ姿を見ながら「最悪、攻められた方が我慢できるかな?攻めるのは、なんぼなんでもキツイよな?だったら攻められる方が可能性は・・・ん?可能性?アカンアカン!」

自由通路に戻ると、ドンが演説をぶちかましてた。そして、オレに気づくと

「おい、どこ行ってた、若いの!」
「いやいや、もう若くないねんて」
「ナニ言っとんの、コイツら見てみろ!お前は、まだまだ若いだろうが!ナニやっとんだ!」

ドンに現実に引き戻された。あ、あと、ドン、あんたが一番年上やからな。



『奇跡ふたたび』

6月14日(水)晴れ過ぎ。小倉から博多に向って歩いてた。そして携帯が鳴った。しばらく携帯の着信音は聞いてなかったのでビックリした。そして、その相手に、更にビックリした。

「もしもし岸谷だけど」

突然の五朗さんからの電話だった。前にも書いたが、『話し相手JAPAN TOUR』をやる前に、五朗さんと寺脇さんには全国ツアーに行く事を話したら、ふたりとも笑ってた。

寺脇さんには「おまえは、ホントおもしろいなぁ」と勇気をもらった。
五朗さんには「靴買ってやるから、それをはきつぶして歩いて来い!」と言われた。

買ってくれると言ってた靴は、買ってもらわ(え)ないままツアーに出た。そんな五朗さんからの電話だった。

ちょうどポケットには6円が入ってて、郵便局の通帳には『0』が刻まれてた初夏の暑い日。
とにかく博多に向って495号線を急いで進んでた。博多に着いたら大丈夫という保証は何もないが、なんとなく食い物にありつける匂いがしてた。
右手に海、左手に線路を見ながら『福岡15キロ』の看板が見えて、まだ15キロあるんかぁと思ってた時の着信、そして、五朗さんの声だった。

「おまえさぁ、今、線路沿いを干からびて歩いてるだろ」
「えッ、なんで分かったんですか?」
「今、お前の横を車で通ったんだよ、逆方向だけどな」

そんな偶然ある?ものすごい偶然だ!五朗さんを乗せたロケ車が、都内ではなく九州を、それも3号線ではなく495号線を走ってて、更に、車の移動中に寝てなくて、窓の外を眺めてて、オレが歩いてるのを見つけたという・・・

小倉4

奇跡や!奇跡ふたたびや!!

そんな神様のいたずらで、靴を買ってくれなかった五朗さんと、また会えたのだ、いや、まだ会えてない。見られただけだ。

「これから『海の中道海浜公園』ってとこでロケなんだけど、来たらメシ食わしてやるぞ。」
「ホンマっすか!?」

せっかく福岡に向かって歩いてたが、小倉に戻る方向へ進んだ。干からびて歩いてる後輩を見つけたのに、ロケ車には乗せてくれないところが、五朗さんの五朗さんたるところだ。

オレの選択は正しかったんだろうか?ドンドン博多から遠ざかっている。そんな不安な気持ちになった時、今日2度目の携帯がなった。間違いなく五朗さんだ。

「けっこう遠いぞ」
「そうですね。はるか遠くに、海の中道海浜公園の観覧車が見えてます。」
「まぁ、大丈夫だよな」
「え?」
「お前、東京から歩いてんだもんな、じゃあ」

プチッ、ツーツーツー。五朗さんの五朗さんたるところだ。

10キロ、約2時間半歩いて現場に着いた。警備員に止められても「ドラマの出演者です」と、かまして入って行ったら、観覧車の下に五朗さんがいた。

「来ちゃったよ、歩いてだろ?今、車で来たとこ歩いてきたよ」

と笑ってた。五朗さんの五朗さんたるところだ。「来れるか?」というより「来るんだろ?」的なニュアンスで呼んだ五朗さんが

「今から、ちょっと切ないシーンなんで、お前と飯食ってる場合じゃないんだ。あそこに、うどん定食あるから、ちょっと一人で食っててくれ。」
「いってきまぁす!」

そして、本日の『海の中道海浜公園』での撮影シーンを終えて

「本当は晩飯でも一緒に食いたかったんだけどな」

え?あれれれ?この流れ、オカシイぞ・・・この後、移動して、まだ撮影があるらしく、五朗さんが

「お前に、今1万渡してもいいんだけど、そういう事じゃねえんだろ?」

五朗さんは、後輩に優しい。いや、優しいというか、アッタカイ。ただ優しいだけではなく、ちゃんと怒ってくれるし、奢ってくれる。その時、どういう『お前』なのかを考えて察してくれる。

この時も「お前が楽できる金額を渡すのは違うんだろ?」という事だと思う。もちろん、この時のオレは「いえ、それで、いいんです」という状態だったが、そう言うのもなぁ、という事で

「あ、それは・・・そうですね、はい・・・」
「ここから博多まで歩いてどれぐらいかかるんだ?」
「たぶん、2日で着くと思います」
「じゃぁ、これ貸してやるから持っていけ」

そう言って2千円というビミョーな金額を財布から出して・・・え?貸す?くれるんじゃなくて?貸してくれるという事ですか?五朗さんの五朗さんたるところだ。

五朗さんは、後輩に優しい。いや、優しいというか、アッタカイ。けど

五朗さん、判断ミス!察し方、間違えてる。それ、アッタカイ方ではなくてツメタイ方。アメとムチのムチの方!いま、ムチいらない。今は、ただ優しいだけでいいんです。

と、言いたい気持ちをグッとこらえて、2千円を受け取った(あくまでも貸してくれただけ)さっきまでポケットには6円だったのが、今は2千6円。あとは残高ゼロの通帳がリュックに入ってる。

来た道を引き返しながら冷静に考えた。往復20キロ、あの時の看板には『福岡15キロ』と書かれてた。本来なら、すでに博多にいるだろう。

あのままだったら6円で博多。
今は2千円を、いや、2千6円で博多に向かってる。

ただ、そのうちの2千円は、借りてるだけ。

あれから20年経って、五朗さんには、まだ2千円は借りっぱなしだ。あの後、何度かお会いしてるが、いつのまにか「お前に貸した20万だけどさ」と金額が増えてた。

早く返さないと、あっという間に2千万に膨れ上がるんじゃないかと心配してる。

次回は、福岡で、忍者のバイト・・・


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