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消えた蜘蛛の居場所は知らない。

 戸惑いながら怒るボクに、「ごめんね」とすぐに謝れるキミに恋をするのは1年後のことだった。

 小学校の掃除の時間。共にふざけていた女の子が急に泣き出した。箒の柄の木の部分でボクを叩いて笑っていたその子が、暫くして、ぼーっと他のことに気を取られていたから、ボクはその子の頭にコツンと箒の柄を当てた。すると、その子はしゃがみ込んで泣き出してしまった。すぐに「だいじょうぶ?」と、周りの女の子達が集まってくる。その状況に、ボクは何が起きたかわからず、その場に立っていた。
 痛いはずの無い力加減のはずなのに、もしかしたら、物凄く痛かったのかもしれないとも思った。だけど、それ以上に眼の前の状況が理不尽に思えて腹立たしかった。恥ずかしさもあった。そんな感情で立っていると涙が溢れていた。
 それまでは、全体がひとつの仲良しグループで出来ていて、良いも悪いも一緒なのが平等なのだと疑わなかった。でも、違ったんだ。ボクだけが知らないルール。男と女は違う。一緒に遊んでいれば男も女も平等で、悪いことは叱られ、楽しければ笑っていられるものだと勘違していた。
 ボクは廊下へ飛び出し、今まで1つだと思っていたところから離れるように、ひとりになった。
 廊下の窓ガラスからは、中庭が見える。その窓の隅の方に、汚れて色の変わった所と蜘蛛の巣が重なっている。蜘蛛の居ない蜘蛛の巣。これを見てボクと同じように感じる人は、どこにも居ないのでは無いかと思った。そして、また泣いた。でもすぐにキミがやってきたから、目元をトレーナーで擦ってから振り向いた。友達に泣き顔を見られたくないから。
「ごめんね」と、キミは言った。あの遊びをはじめたのは自分だからとキミはボクに謝った。ボクは首を振って、「だいじょうぶ」と分かりずらい返事をしたけど、キミはボクの気持ちが分かったみたいに傍に立つ。
 それまでと変わらない声で話し、同じくらいのスピードで廊下を歩いた。そのおかげで、中庭の空に浮かんでいる太陽の光が温かい。太陽を見たあとに目の前に浮き出てくる輪っかが、キミとボクを囲んでいる気がした。変わりそうなものが変わらないのが嬉しくて、不安な気持ちが溶けていくようだった。だけど、ボクはキミを好きになる。

 丸い時計は、その淵をなぞる針の動きも滑らかで、すぐにキミのことを好きになる時間が来た。ボクとは違う、「女の子」になってしまうことを望んでしまった。そのとき流行っていた歌がどうしようもなく恋をすることを勧めていたから、これが普通のことなんだと自分に言い聞かせる。
 ボクは、理不尽なボクに腹がたつ。うずくまって泣いたあの子は女の子で、そうじゃないキミが好きだったのに。
 だから、片想いが終わらないまま、恋を終わらせたんだ。そうしないと、世界がおかしくなってしまうから。

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